music_main
平 安寿子さんの小説には「非常識を恐れない」人たちが登場する。『グッドラックららばい』では、ある日突然旅回り一座の巡業に加わって何年も家を留守にするお母さん。『素晴らしい一日』では元カレの超ダメ男となぜだか一緒に借金を申し込みに行くことになる女性。

世間の「家庭とは」「女性・男性とは」「人生とは」という常識から逸脱することを恐れず、自分が欲しいもの、やりたいこと、これと信じたことをがっちりつかみとるという女性を描かせたら、今のところ平さん以上の作家はいないだろう。

本書の「非常識を恐れない」人は、30歳の梨央である。梨央はトビ職人にひと目惚れしたことがきっかけで、リクルート雑誌の副編集長の座をあっさり捨てて建築の仕事に飛び込む。しかも肝心の無骨なトビ職人は、彼女の一途な気持ちにちっともこたえてくれない、いわば完璧な片思いなのだ。工務店の女社長の前で「何もなかった土地に一軒の家が建つ家庭に立ち会えるのって、ワクワクしません?」とまるで小娘のようなことを言って就職を勝ち取り、持ち前のバイタリティで女性には不向きと言われる建設業にのめりこんでいく。

くうねるところすむところ

だが、梨央は欲しいものがあるからといって、自分の根本的な生き方をねじまげて突っ走ることはしない。それよりむしろ、周囲をどんどん自分の色に染めていくタイプなのだ。梨央も「非常識を恐れない」あまりに壁に突き当たったり、泣く泣くあきらめたりと回り道はする。それでもけっしてあきらめず、すねず、徐々に「非常識」を周囲に納得させて、最終的には欲しいものをちゃんと手に入れる。

「50の坂を越えてわかったのは人生、必死にならなければ何も得られないということです」と本書の帯に平さんは書いている。必死になる、ということの中のひとつに「非常識を恐れない」ことが入るだろう。本書の梨央にならって、周囲の目や自分の見栄なんかぱっぱと捨てて、本当に欲しいものを必死に追いかけてみたい。

(text / motoko jitukawa)

『くうねるところすむところ』  平 安寿子著 文藝春秋 \\1,750