バー ルパン
昭和初期、街を闊歩していたモダンボーイ、モダンガール。彼らが愛した日本の粋を今に伝える名店がある。近代的な華やぎと伝統が息づく銀座の街角で、古き良き時代の香りを残すバー「ルパン」。怪盗アルセーヌ・ルパンの顔が描かれた看板に誘われドアを開き、地下へと続く階段を下りる。 すると、そこには歴史と出会える空間が広がっている。

店に入ってまず目に付くのが、ヤチダモの重厚なカウンター。昭和11年の改装以来、ルパンの顔ともいえる存在だ。ほかにも、昭和3年から店に佇むスタンドや細工の美しい木製ボックスシートをはじめ、時代を経てきたアンティークが。そんな空間に身を置いていると、まるで時を遡ってしまったかのようだ。

バー ルパン銀座バー「ルパン」は、昭和3年、“カフエー”という女給のサービスでお酒を飲ませる洋風の酒場として始まった。開店を支援した里見、泉鏡花、菊池寛といった文壇の著名人が集ったため、 文豪が愛したバーとして知られるが、その他にも名だたる画家、演劇界の重鎮、映画界の巨匠ら、常連には錚々たる文化人たちが名を連ねる。昭和26年以来そんな彼らの交流を目にしてきたバーテンダーの高崎武さんは、時代の移り変わりをこんな風に語る。

「50年で日本人のお酒の飲み方も変わりました。昔は、退社時間を待ちかねて、5時の開店ともなれば人が集まってきて、まずはお酒を飲んだもの。その後、遊びに繰り出したり、食事に行ったり、映画に行ったり。今は遅い時間にいらっしゃるお客様が多いですね」。

木村伊兵衛、濱谷浩、秋山庄太郎ら有名写真家も多く来店。中でも、やはり常連だった林忠彦が撮影した織田作之助(左)、坂口安吾(中央)、太宰治(右)の無頼派三氏のポートレートはあまりにも有名。その他にも、永井荷風、直木三十五、武田麟太郎、川端康成といった文壇の著名人、藤島武二、藤田嗣治、有島生馬、安井曽太郎、岩田専太郎、東郷青児、岡本太郎といった画家たちや古川緑波、小山内薫、宇野重吉ら演劇界の重鎮たち、小津安二郎監督をはじめとする映画界の巨匠も常連だった。 モボ、モガたちが行き交った頃の銀座に想いを馳せ、彼ら流の楽しみ方を真似してみるのはどうだろう。

バー ルパン (写真左)高崎武さん。今年でバーテンダー歴54年。初代オーナー雪子さんの弟で、文化人たちが愛したこの店の歴史を最もよく知る人物。時間が許せば、貴重な話を披露してくれる。「女性お一人でもぜひどうぞ。皆さん初めての時は緊張していらっしゃるけれど、きっかけを作ってこちらから声をおかけすることもあります。ゆっくりとお店の話をしてさしあげられるので、ぜひ込み合う前の早い時間にいらしてください」とverita読者に優しいメッセージ。高崎さんがカウンターに立つのは、毎週火曜日と木曜日のみ。

(写真右)チャーリー・チャップリン。高崎さんのお得意は、スタンダードなカクテル。「よく知られたカクテルでも、他で飲むより少しでも美味しくお出ししたい。53年、そう心がけてきました。こういった店ですから、多くのお客様がいらしてくださいます。でも、また来ていただくためには、飲んだもの、食べたものが美味しくなければ」。そう言って作ってくれたのはルビー色が美しいカクテル、チャーリー・チャップリン。高崎さんのインスピレーションが効いていて、巷で知られるレシピに“銀座らしさ”を醸し出す一工夫が加えられている。


仕事の後、帰途に着く前に、または遊びに繰り出す前に、仕事の匂いを消してくれる至福の一杯を。一日の疲れを癒すために静かに一人きりでというのなら、高崎さんが語る貴重な“ルパン昔噺”に耳を傾けるのがおすすめ。もちろん、大切な誰かを待ちながらグラスを傾けるというのもいい。 あまりにも有名な銀座のバー「ルパン」。歴史と逸話が詰まった名店ながら、決して敷居は高くない。ほんの少し勇気を出してドアを叩けば、その奥には美味しいお酒を愛する人たちを心から歓迎してくれる、極上空間が待っている。

text / jun makiguchi photo / yosuke omura

bar information


バー ルパンBar Lupin バー ルパン

住所:東京都中央区銀座5-5-11
Tel:03-3571-0750
営業時間:17:00〜23:30(ラストオーダー 23:00 )
定休日:日・月※但し、国民の祝日は休業。その週の月曜は営業

看板の絵は、怪盗ルパンの原作本の口絵からとった怪盗アルセーヌ・ルパンの顔。原作者モーリス・ルブランも、「ルパン」の存在を知っていたとか。
名前の由来、常連客、インテリア…どれをとっても興味深い物語が隠れている、まるで宝箱のような店。ルパンのような老舗のバーで一人、グラスを傾けられるようになったら、大人として一人前といえるのかもしれない。