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前回同様パリの話。 今回はレコーディングの為だけに来ているのでまるっきり仕事モード。ほとんど休みもなく、ほぼ毎日スタジオとホテルの往復。日本人スタッフはみんな帰国してしまい、 残っているのは僕だけ。

もちろんまわりは全員フランス人。通訳兼コーディネーターのフランス人 の友人はいるけれど、結構孤独なものだ。本当に超過密スケジュールで、三週間近くこの感じだと 相当参ってくる。

唯一の楽しみは御飯くらい。フランス料理はもちろん、イタリアン、タイ、チャイニーズ、 ベトナム、イスラエル、トルコ、モロッコ、インド、スペインetc・・・と毎日様々な国の御飯食べた。 それでまっすぐホテルに戻って部屋でくつろぐのが毎日のパターン。部屋では普段日本では まったくと言っていいほど観ないMTVをBGM代わりにつけっ放し状態。エミネムとかケミカル・ブラザース とかディスティニー・チャイルドとか、普段クリップなんてまともに観ないだけあって、 たまに観るとなかなか面白かった。ちょうど普段あまり食べない様々な国の料理を食べる感覚とどこか共通していた。 しかし毎日観ているとON AIRされているのはほとんど同じものだと気が着き飽きてきた。 同様に食事もそろそろネタが尽きて和食が恋しい。

そんな時たまたまオペラ座近くを歩いていると信じられない看板が目に入った「野田岩」。 そう、下北沢にある鰻の蒲焼きの名店である。こんな所に「野田岩」が・・・目を疑ったが次の瞬間すぐに店に入って鰻重を注文。 パリに来て三週間近く経っていたが、まともな日本食を食べたのはこれが初めてだった。

食べなれた味が体と心に染み渡り、大げさかもしれないが救われた気分だった。 至福な時を過ごしホテルの部屋に戻るともうMTVを観る気になれなかった。 そう言えばほんの数枚だけ持参していたCDがあった事を思い出した。

ニーナ・シモン

そうだニーナ・シモンでも聴こう。

小さなスピーカーから聴きなれた声が響いた。 ニーナ・シモンと言えば一昨年このフランスで他界した説明不要の 名ジャズ・ボーカリスト。一番好きなボーカリストと言ってもいい。 これが効いた。 こんな雰囲気のある部屋だったかな?と思うくらいにもう飽き飽きしていたこの部屋もまんざら悪くないと思えた。

少しだけ窓を明けると冷たいけど気持ちいい新鮮な空気が流れ込んで来た。 孤独なパリで鰻重とニーナ・シモンが 僕を救ってくれたのだった。

Shimoda

下田法晴/ Michiharu Shimoda

1967 年生まれ。 SILENT POETS /サイレント・ポエツ、グラフィック・デザイナー
1991 年に美大で出会ったメンバーと SILENT POETS を結成。 今までに通算 6 枚のオリジナル・アルバムと 7 枚のリミックス・アルバムなどをリリースし、海外からも高い評価を受ける。現在は DJ Yellow を共同プロデューサーに迎えた次回作を制作中。
その他、 ISSEY MIYAKE のパリ・コレクションの音楽やUA のプロデュースや平井堅のリミックス、またグラフィック・デザイナーとしても活躍している。

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