美しい人
例えば殺人事件の容疑者のセクシー美女に、彼女を犯人だと睨みながらも欲望ムラムラの刑事が対峙する。「被害者の保険の受取人はキミだ」「彼が勝手にしたことよ」「キミが仕向けた」「そんなことできるわけないでしょう」「彼はキミに溺れていた」「あなたも私にそんな魅力があると?」と女が挑発的な視線を投げ……ってところで、ブチっ。

テレビで映画を見るとこんな風にCMが入り興冷めする。正義なの欲望なのどっちなの〜ってタメの緊張感が、「電話代ウキウキお得ーちぇ!」とかいう言葉でヘナヘナとしぼむ。別世界に入り込むには、緊張感と感情の持続が必要なのだ。

これは演じる側にも言えることで、その場合に緊張感を削ぐのはCMでなく “カット” である。9人の女性の人生のある瞬間を、1シーン1カットで描いたオムニバス『美しい人』のエピソードのひとつに、こんな裏話がある。物語は昔の恋人同士の、スーパーでの偶然の再会。未練を残したまま別の人と結婚した二人の感情は、波のように寄せて返しながら高ぶってゆく。そして男が “意外な行動” に出るのだが、これがなんと男優のアドリブ。セリフ言って1カット、正面のアップで1カット、2ショットで1カットというふうに撮影すれば、役者の感情もブツ切りになるが、カットなしでとる長回しは、役者の中で高まるキャラクターとしての感情をそのまま鷲掴みにできる。途切れない緊張感と感情で役者は虚構という別世界に入り込む。そして別世界に入り込んでしまったからこそ思わぬ行動をしてしまった。詳しくは劇場で見てもらいたいが、これがなかったらこの話が締めくくれないというほど印象的な行動で、まさに1カットが生んだミラクルである。

美しい人この1シーン1カット体験、実は誰もが日常的にしている。分かりやすいのは恋愛の始まりである。なんか二人きりになる。会話がなんとなく途切れがちになり、緊張感が走り始めたらあなたの1シーン1カットの始まりだ。続く緊張感と高まる感情が思わぬミラクルを引き起こせば、二人はもろとも恋愛と言う別世界へ。

絶えられずについ面白いこと言っちゃうアナタ、恋愛にならないのは自ら入れてしまった “カット” のせいなのだ。

(text / Shiho Atsumi )
美しい人

『美しい人』

監督+脚本:ロドリゴ・ガルシア
出演:キャシー・ベイカー、エイミー・ブレナマン、エルピディア・カリーロ、 グレン・クローズ、ダコタ・ファニング、リサ・ゲイ・ハミルトン、ホリー・ハンター、 アマンダ・セイフライド、シシー・スペイセク、ロビン・ライト・ペン
2005年ロカルノ国際映画祭最優秀作品賞・最優秀主演女優賞(9人の女優に対し)受賞
配給:エレファント・ピクチャー
劇場情報:2006年7月1日(土)よりBunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開!