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この季節に食べたいものといえば、鮮やかな緑色と新芽の香りが楽しめる春野菜。野菜と考えてまず思い浮かんだのが、今回紹介する六雁だ。ここは自社農園のものも含む野菜だけの和食がコースで食べられる和食店。野菜だけと聞くと「質素・簡素」などと連想しがちだが、ここの料理はそんな言葉では表せない。 まるでスイーツのプレートのように美しくデザインされた野菜たち。創作料理ではないし、精進料理でもない。あえて言うなら野菜のアート。女性なら思わず嬌声を上げてしまいそうな料理の数々をご堪能あれ。

(写真上)野菜だけのコースといえど、お酒に合うように味付けもしっかりされていて食べごたえ十分。コロッケ、ゼリーなど、バリエーション豊富で飽きのこない調理法を用いた一口サイズのごちそうが並ぶ季節の万華鏡。アクセサリー入れとして売られていた器にも注目したい。

六雁銀座、並木通りにオープンして早6年。日本料理の六雁は、知る人ぞ知る名店だ。素材ひとつをとっても日々築地で旬の魚介を仕入れるだけでなく、千葉の六雁農園で畑を耕し、料理人たちの手で常時30種類ほどの無農薬野菜を育てている。上質な素材の持ち味を最大限に引き出すべく調理された料理。それを提供する店ならほかにもあるだろう。あえて六雁に足を運ぶ理由は、その世界観にある。月替わりの4つのコースは、一品ずつの料理のデザイン、そして料理をのせる器選びまで、計算しつくされたものだ。特に器は、自分たちが発掘した若手作家にデザインを依頼し、六雁の料理のために誕生したオリジナルも少なくないという。色も形もさまざまな器の上で展開される、アートのような料理。スイーツとも見間違う、キュートで遊び心にあふれた和食は、この店に関わる料理人たちの表現に対する貪欲さにあるといっても過言ではない。

(写真右)上:季節野菜の煮こごりは、フランス料理の野菜のテリーヌを思わせる、美しく、洗練された一品。六雁の野菜料理が、「新・精進料理」と呼ばれる由縁は、野菜を敬し、それを生かしてなんとか美味しく作ろうとする料理人自身の精進の気持ちが託されているから 中:自分たちの農園で取れた野菜の新芽などを使用。シャキッとした食感が楽しい朝摘み野菜のおひたし 下:コースを締めくくるデザート。柚子の香りのお菓子「柚の香」と、この季節ならではの桜のマカロン

料理人たちを統率するのは、若干34歳で料理長に抜擢された秋山能久さんである。秋山さんは18歳で故郷の茨城県から上京してすぐミシュラン東京の初版で一ツ星に輝いた目黒・鷹番の「すずき」の鈴木好次氏のもとで修行を始めた。築地の買い出しから調理の下ごしらえまで、東京の父のように慕う鈴木氏のもとで10年間来る日も来る日も修行を積む。さらに別の和食店を経て、それまでの経験を生かす場所として選んだのが「六雁」だったというわけだ。

六雁

まったく異なるタイプの名店で修行を積み、六雁で6年間腕を磨いてきた今も「まだまだ自分の料理に満足していません。もっともっとオリジナリティを追求していきたい」と研究に余念がない。休日には趣味のインテリアショップめぐりを欠かさず、常に流行にアンテナを張り巡らせ、その刺激を素材のカットやプレゼンテーションに反映する。同時に、日本全国津々浦々を旅し、消えつつある地方の郷土料理や調味料に再び脚光を当てるという築地市場のプロジェクトに参加しているそうだ。 「地方は日本の宝です。素材への敬意を忘れず、地方の味を東京の洗練した料理に仕立てて、人々に再確認してもらうのが僕たちの役目」と豊富を語る。

(写真左)若いながらも探究心旺盛で骨太な料理長、秋山能久さん。店内の中央に備えられた広い厨房が、まるで舞台のように演出される。六雁の魅力を最大限に味わいたいのなら、料理人たちの掛け合いを舞台演出のように楽しめるカウンター席がおすすめ。ほか、テーブル席ふたつと6つの個室もある

秋山さんが今回すすめてくれた8皿からなる野菜づくしのコース(¥7,000)は、彼のセンスと理念が存分に堪能できるメニューだ。まず最初にいただいたのは、ポン酢のゼリーとごま酢のクリームが爽やかな、百合根や椎茸、金美人参、金時人参など、11種の野菜の煮こごり。次は、野菜のシャリシャリとした歯ごたえがうれしい、六雁農園でとれたばかりの野菜を用いた朝摘み野菜のおひたし。そして、野菜のへたで作った東北地方のみそ「ままけは」、のびるやめかんぞうのテリーヌ、苺のミルフィーユなど、13種が並ぶ美しく美味しい野菜の万華鏡。いずれもフランス料理にも似た洗練された美しいプレゼンテーションは、凝りすぎることが邪道とされていた和食のイメージを覆す。ほかにも煮物椀や炊き合わせ、Kushi揚げなどが楽しめる全10品のコースの最後には、エルブジの前衛的な技術をも彷彿とさせる、柚の香とさくらみそのマカロンのデザートが供され、華やかな響宴に幕を閉じた。食事を始めてから終わるまで、約3時間。その間ずっと、枯山水を思わせる木のカウンター越しに料理人たちの華麗なパフォーマンスを眺め、厨房が発するさまざまな音を聞く楽しさもまた、六雁のプレゼンテーションのひとつなのである。

五感で味わう料理とはまさにこのことだろう。クリエイティブなのにクラシカル。伝統を踏襲しているのに古くない。新しい驚きに出会いたい人は、ぜひ訪れてほしい店だ。

六雁

自宅でも味わいたい和風マカロン

デザートとして提供されたマカロンが詰まったテイクアウト用のボックスも購入できる。自宅への持ち帰りはもちろん、お持たせに最適。「ごま、桜、よもぎクリームのマカロン10個入り」 ¥1,830

photo/chikahito nagai , text/kiri ishizawa






restaurant information


六雁六雁(むつかり)

住所:東京都中央区銀座5-5-19 銀座ポニービル6・7階
Tel:03-5568-6266
営業時間:17:30〜23:00(L.O.20:30) 
定休日:日曜・祝日