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劇場に行く。それは、日常の中で極めて特別なイベントだ。考えただけで胸が高鳴り、何日も前からどきどき、そわそわしてしまう。とはいえ、劇場に行くことは、決して特別すぎることではない。舞台芸術は人生を豊かにし、日常に喜びを与えてくれる身近な愉しみなのだ。 CD、DVD、インターネット、ハイビジョン放送など、メディアのデジタル化、高性能化がどれほど進んでも、再生メディアはライブの迫力に勝つことはできない。目の前で人々が生の演劇なり演奏を繰り広げてくれる時だけに流れる特別な空気。開始直前に照明が落とされたときの緊張感。上演中に舞台から客席へ、客席から舞台へと波及していくヴァイブレーション。ハプニングが起きたときの驚き。フィナーレへと向かっていくときの高揚感。同じ瞬間を共有している他の観客たち、役者たちとの一体感。今と同じ舞台は二度と生まれないという刹那主義的贅沢。これらが、何世紀にもわたり人を惹きつけてやまない理由だ。いずれもが、撮り直しもカットも、編集もない真剣勝負の世界だからこそ生まれるものだ。



2013-05-28_142542そんな真剣勝負を目の当たりにする以上、観客もそれなりの覚悟が必要とされる。それは例えば、途中入場しない、上演中の会話は慎む、迷惑になるような物音はたてないことはもちろんのこと、昼間の公演でもカジュアルすぎる服装は避けるなど。すべては公演に水を差さないための最低限のマナーであると同時に、舞台の上の世界観、そしてそこでパフォーマンスを披露する演奏者や俳優らに対する敬意の問題なのだ。それを理解する者だけが、恩恵にあずかることができる文化。だからこそ、舞台芸術は成熟した大人のための文化と呼ばれているに違いない。実は、日本における客層は、クラシック・コンサートや歌舞伎などのジャンルを除き、20代後半以降の女性たちが多いという。それに対し、海外ではコメディだろうとミュージカルだろうと、ジャンルを問わず40代以降の男女と圧倒に客層が幅広い。映画に比べてチケット代が高めなせいもあるだろうが。

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(写真左より): 「オペラ座の怪人」、「シカゴ」、「コーラスライン」©PLAYBILL JAPAN

NYのブロードウェイとロンドンのウエストエンド

2013-05-28_142814演劇の本場、NYとLONDONでは出し物のスケールに応じて区分けがある。NYならブロードウェイ(800席以上)、オフ・ブロードウェイ(500席以下)、オフ・オフ・ブロードウェイ(100席程度)、LONDONにも同規模のウエストエンド、オフ・ウエストエンド、フリンジがある。それぞれ幅広い層の人々が、演目の知名度に関わらず、楽しんでいるのが現状。本場では、新しい才能、素晴らしい作品を発掘する楽しみも舞台芸術の醍醐味というわけだ。

日本ではアイドルやタレントが座長を務める公演などが人気を博したり、有名俳優が出演する作品に人気が集中したりしがち。だが、海外ではあくまでも総合芸術としての見方が強い。出演している誰かを観に行くというより、作品を観に行くことが大前提。誰が制作し、誰が演出し、誰が演じるのかという総合的な判断によって話題性が生まれてくるのだ。

(写真右):「オペラ座の怪人」©PLAYBILL JAPAN

2013-05-28_142917多くの役者たちが舞台を愛する理由とは

とはいえ、映画界でお馴染みの世界的に有名な俳優たちが舞台に出演することも現代のNYやLONDONでは珍しくない。ニコール・キッドマンは舞台で全裸になって話題を呼び、ユアン・マクレガーは『ムーラン・ルージュ』で披露した歌声を惜しみなく聞かせ、ケビン・スペイシー、アル・パチーノらもシェイクスピア劇に果敢に挑み、舞台とスクリーンの世界を行き来する。

だが、映画1本で億単位の高額ギャラを稼ぐ彼らが、破格のギャラで、より要求と完成度の高い仕事を進んで行うのにはわけがある。演技者としての技、喜びの追及のためだったり、生の観客の前で演じる緊張と興奮、感動を純粋に求めてのことだったり。実力がそのまま露呈してしまう厳しい世界ゆえ、もちろん、その挑戦にはリスクが伴う。ジュリア・ロバーツが出産休暇からの復帰に選んだ舞台で、散々な評価を受け、これまでのキャリアが危うくなったことも記憶に新しい。作品の質、俳優の才能など、すべてにおいてレベルの高い熾烈な競争が繰り広げられる世界では、オープニングから1週間で打ち切りということも。それでも、多くの役者たちが舞台を愛してやまない。これだけでも、その魔力がどれほどのものかおわかりだろう。

舞台という極めて限定された狭い世界の中で、観客の想像力を味方につけた舞台芸術は、CGによるリアリティなど必要のない、驚くほど広がりある世界観を作り出す。つまり作品を完成させるのは、想像力を駆使した観客の役目。劇場に行くという時点で、自分も作品を形成する要素になることができるのだ。『ライオンキング』の成功で世界に名を馳せる演出家ジュリー・テイモアは舞台には「演劇が生まれる瞬間がそこにある」と話していた。劇場でのみ体験できる“魔法の瞬間”に立ち会ってみたくはないだろうか。もしかすると、今、ちょっと興奮気味にこう考えていたりしないだろうか。「劇場に行こう!」と。

(写真左):「シカゴ」©PLAYBILL JAPAN

text / june makiguchi




CELEBRITY PHOTOS
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話題の演劇のオープニングを飾る夜はゲストも華やか。「マーティン・ショート:フェーム・ビカムズ・ミー」のブロードウェイ・プレミアに訪れたのは、サラ・ジェシカ・パーカーと夫のマシュー・ブロデリック。彼は「プロデューサーズ」の舞台と映画両方で名演を見せた。
「ヴァーティカル・アワー」のオープニング・ナイト。演出を手掛けたサム・メンデスは、妻で女優のケイト・ウィンスレットを伴って。サムは映画『アメリカン・ビューティ』でアカデミー監督賞に輝き、ケイトはアカデミー賞5度のノミネートを誇る。彼らも、舞台と映画を行き来するビッグカップル。
プレミア・ナイトには、舞台で活躍する大物の姿も。「マザー・カレッジ・アンド・ハー・チルドレン」のオープンニングにて。パブリック劇場の芸術監督オスカー・ユースティスとメリル・ストリープのツー・ショット。

写真提供:PLAYBILL JAPAN

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