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フランス南東部、中央山地南東麓に位置するアルデッシュ。フランスで、もっとも人口密度が低く、山谷に囲まれた土地の50%が、フランスの原風景として描かれる森の大部分がここに集中しているのだ。この土地を訪れた人々は、自然が語る生命力に感動を受けては、生き方を揺さぶられ、再訪する。今回の特集は、癒されるフランスへの旅の魅力が満載! とっておきの宿・水療法・お料理を一挙公開。

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アルデッシュの自然宝庫を豊かな姿のままに存続させているのは、紛れもなく、そこに住む人たちの生活の営みにある。場所によっては、光ファイバー回線を引く工事も数カ月待たなければならない。携帯電話が繋がらないことも頻繁にある。だからといって、人々が困っている様子は全くない。「郷に入っては郷に従え」とは、こうした側面からもうかがえる。

傾斜地を棚田式に有効利用した風景には、砕いた石を、一つずつ人の手が積んでいって出来上がった石橋や石垣が必ずある。一日にしてならずとも、年月をかけた人間の痕跡を風景が語る。点在する家々も、同じように。


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インテリア・デザイナーでプロダクトも手掛けるStéphane Duplan(ステファン・ドゥプラン)氏を訪問した。迷いながらたどりついた敷地には、現在増築工事中の家と裏庭で石垣を積んでいる男性の姿が見えるだけだ。「ステファンは、下にいるよ」と合図を送るその男性は、ステファンさんの父親である。彼らは、こうして家族で、家作りに励んでいる。

開放された玄関から入ると、そこは母屋とリビング兼ショールーム。まだ完成していない状況ではあったが、新旧がしっくりと融合する空間が待ち構えている。天井から床までの窓ガラスからは、山と森林が見渡せる。籠やテーブル、書棚などのステファンさんの作品が陳列してある。帰宅した子供たちが、普段見ることのない日本人の存在に少し驚いた様子であるけれど、「ボンジュール!」と大きな声で挨拶をする。当たり前のことなのに、都会ではあまり見かけない、のびのびとした子供らしさだ。

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ステファンさんは、パリなどの大都市でデヴェロッパーの大規模建築現場の監督を勤めてきた。キャリアを積んだ実力者である。しかし、残業の連続で、仕事だけに没頭していく自身の姿を将来に反映させていくと、どうもしっくりとこなくなり、家族で生まれ故郷に帰省した。キャリアは、人脈を築いてきた。だから、現在でも人里離れた土地で、仕事を絶やすことなくクリエーションをつづけることができる。 村に一軒しかないレストランでランチをしながら、ステファンさんとの話はつづいた。

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パリで仕事をしていた時代のストレスに嫌気がさして、ブルターニュ出身のThierry Lebeuz (ティエリー・ルブーズ)氏は、雄大な環境に魅了されて家族でこの地に移住してきた。そして木工職人としての腕で、工房と商品を販売するショップをはじめた。工房とショップはガラスで仕切られているので、お客が入ってくると工房からも確認できる。夏のバカンスシーズンには、実演をしてみせることもある。店内には脚部が木製のシャンパングラス、フルーツボウル、プレート、剣玉、ゲームなどのテーブルウェアから娯楽、装飾品など全て手作りの木工細工商品が並ぶ。

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左上から:ティエリー・ルブーズさんの工房外観。こんな景色に魅了されてこの土地に根付いたのだろう。木工細工の説明をするティエリーさん。長男が経営しているピッツァリア。ティエリー・ルブーズさんの工房内。工房とガラスで仕切られたショップには手作りの木工細工商品が並ぶ。ティエリーさん。次男坊がお小遣い稼ぎに制作したキノコ・キーホルダー。稼ぎでバイクを購入できたそう。

訪問した日は、近所のレストランから依頼を受けたという、アペリティフプレートの試作品を製作中であった。来店するお客の中には、木工の研修を受けにきたいと熱心に頼み込み、マンツーマンで対応することもあるそうだ。根っからのサービス精神旺盛な人柄がうかがえる。工房で削りだされた木くずは、馬小屋の寝床や可燃材料として使用させる。工房の片隅には、木くずでいっぱいになった袋が置かれている。

隣接する小屋では、息子さんがピッツァリアを経営しはじめた。「息子のところにも、次回は寄ってあげてな」とおやじさんの側面をのぞかせるところも、またもや人情だ。

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「クラクションを鳴らしてください」と手書きの札がかかっている表の鉄門前で躊躇する。都会から来た人には、即座に田舎流儀を実行できないので、呼び鈴を押して待つことにした。そして、念のため、名前を呼んでみた。 おもむろに家の扉が開き、登場した白髪まじりで黒く太い眉をした男性は、「鉄柵を押して入っておいで」と言っている。握手をしようとすると、作業中で汚れているからという動作で、右手首を差し伸べた。「今日は、どんな用件で? あいにく、暖炉の火が消えているから実演はできないが」と、黒い眉をひそめている。職人気質をばりばりに見せるPierre Plan(ピエール・プラン)氏の第一印象だ。

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栗籠を制作する達人の話を聞きたいと伝えると、テーブルの上に道具を並べ始めた。栗の木を選択して、それから籠をつくるまでの工程について、次から次へと質問を投げかける。奥さまが、コーヒーとクッキーをプレートにのせて「どうぞ」とテーブルに運んでくださる。話に夢中になっていると、「コーヒーが冷める前に飲みな」とピエールさんは言う。いつの間にか、テーブルの上には、栗の枝、ナイフ、今まで制作した籠で埋め尽くされている。 「よ~く見てな。この結び目は肝心だから」と言って、注意をひく。さきほどまで近づき難かった様子が、どんどん消え去っている。「さあ、次はどこにこれを通すべきか、分かるかな?」と指導者の口調になっている。「ここですか?」「お~よく分かったな」と嬉しそうだ。
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ピエールさんは、物心がついた頃から、お祖父さんから栗材で籠を編むことを覚えたそうだ。籠に適した栗の選定も森に入って覚えたという。「これは、じいちゃんがつくったトレーだ。もう100年以上になるよ」と見せてくれた。 10月は、栗拾いの時期だ。肩に乗せるといいあんばいの形状に編まれた籠をもち、山に入る。疲れたら、小椅子のように座っても頑丈だ。ピエールさんの籠は、びくともしない。半世紀以上も手が覚えてきた感覚に勝るものはないようだ。

INFO:アルディッシュ地方への交通手段

パリ・リヨン駅からValence TGV (ヴァランスTGV)駅下車。
連結バスに乗り換えて、Aubenas(オブナ)まで。
Aubenas(オブナ)からVals les Bains(ヴァルス・レ・バン)までは、タクシーで6kmほど。
パリからオブナまでは半日がかりなので、オブナで一泊するのもいいだろう。
Vals les Bains(ヴァルス・レ・バン)と Neyrac les Bains(ネイラック・レ・バン)の間(14km)もタクシーがお勧め。 山道なので、運転好きであっても、地元運転手にまかせたほうが無難。