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志村信裕<Dress> 2012/2015年 撮影:加藤健

美術館で出会った作品を、無言で受け止める人はいない。その場を無言で通り過ぎていたにしても。日々、世界との対話を重ねながら生きている私たちは、何らかの「感想」という名の落書きをしたためてから、その体験を自分のなかにしまい込む。TwitterやSNSによって、どこに行った、何を見たという無数の記憶が堆積されていくのは、私たちが鑑賞行為、すなわち世界との対話を、自分の言葉にしないままに受け止め続けてはいられないということの立証でもある。

古典的な美術鑑賞のスタイルである「立派な額に入って美術館の壁にかけられた絵画とそれを仰ぎ見る鑑賞者」という関係を壊し、見るものと一体となる作品、見る人と作品と世界が一体となるような出逢いがほしいと思う。アーティストたちもそのような、未知なる出会いや新たな地平の開拓に、すべての力を注ぎこんでいるのだろう。

改めてそのようなことを思ったのは、東京都現代美術館で開催中の「未見の星座<コンステレーション> つながり/発見のプラクティス」展で<Dress>という魅惑的な映像空間を作り出していた志村信裕の作品に出逢ったからだ。

—美術館が建つこの場所はかつては海だった。このような自分が知らなかった史実からインスピレーションが生まれ、創作が始まる。埋め立てと開拓を重ね、江戸時代に最も早く開発された人工都市・深川の歴史に興味を持つ。絵画や写真のような視覚的な資料だけでなく、文章のなかに残されたこの街の情景からもかつては人々の生活と川の水が密接に結びついていたことが分かる。そして開削されたこの地の川にまつわる水運、治水の来歴を辿ると、姿を変えた川の、現在の見え方が変わってくる。物事は見直すことで、つねに新しい文脈が生まれる。作品では過去の風景をイラストレートするのではなく、自分が感じたこの場所に横たわり、今も眠る水の記憶に光をあてたい。水面を境に内と外、昼と夜、生と死、見えるものと見えないものが表裏一体となって現れてくる。見慣れた現象が鑑賞者に新たな知覚を呼び起す時、作品が異なる境界の架け橋となることを期待しています。—

「未見の星座」展カタログの作品<Dress>に寄せて綴られた作家の言葉である。最終行にあるように、「鑑賞者に新たな知覚を呼び起こす」ことが作家の目指すところであることはあきらかだろう。その仕掛けに鑑賞者がまんまと嵌っていくことができたとき、幸福な鑑賞体験が訪れるのだが、それは一度ならず二度も私に訪れた。そして会期中再び、足を運んでみたいと思わせる。一回きりの逢瀬で鑑賞は終わったと思う作品も多いもので、何度も出逢いたいという魅惑を投げかけてくる作品と出逢うことができたときは幸運だ。そして、その作品に秘められた謎を解き明かしていきたいと思うのだ。


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<Dress>の展示室について、あらためて考えてみる。「志村信裕 Dress ビデオ、リボン」。展示室の入り口にあるキャプションにはシンプルにそう記されている。暗闇の展示室に映像が投影されているのだが、その映像は部屋の中央付近に天井から床まで6mの高さに500本つり下げられた、1.2センチ幅のリボンの列に、投じられている。なじみのある、向こう側が透けて見える、ポリエステルのあのリボンである。リボンの行列に夕陽の川面の映像があてられるだけで、こんなにも美しい空間が立ち現れるのか。そんな驚きとともに、その場を離れずにずっとそこに居たいという気持がわきあがってくる。名づけようのないセンセーションの向こうには、しかし、シンプルな構成による美しい展示室を創りあげた作家がたしかにいる。そのドアをノックして、生なる作家の声を召還したい。

林: この作品に<Dress>というタイトルをつけたのはなぜですか?
志村: 「Dress」には、衣服を指し示す言葉以前に、整える、~を整列させるという動詞があります。
林: そうだったんですね。身近な言葉だと思っていましたが、そうした意味をもつとは知りませんでした。
志村: 水面の乱反射を90度倒すことが唯一のルールであり、作品の重要な秩序になっています。
林: 「水面の乱反射を90度倒すこと」、身近な言葉から突然な飛躍が出て来て驚きました。そのフレーズは、映像との関係を示唆するのでしょうか。この展示室で、スクリーンに見立てたリボンに投影されているのは、この美術館の近くを今も流れる小名木川に反射する、夕陽の映像だそうですが。
志村: 水面の襞が動く様子を観察していると大きな布のようなものを喚起させてくれるので、ストレートに洋服をイメージさせやすい言葉として「Dress」をタイトルに選んだというのも理由の一つです。映像を90度倒すというシンプルな仕掛けによって肉眼では見る事のできない景色が現れ、水面の揺らぎという見慣れたものが、火に見えたりデジタルのノイズに見えたりします。
林: そうしたプロセスによって、見慣れているもののはずだけれど見たことのないものに囲まれている、という作品体験が引き起こされているのですね。なるほど、と思います。
志村: また「Dress」には料理や庭などを「仕上げる」という意味も含まれていて、とても多義的な言葉なのでタイトルとして気に入っています。

現在、山口県在住の志村とのメールでのやりとりは一端、ここで途絶える。そのやりとりにいくつもの気づきをもらったばかりではなく、ファッション誌でながく仕事をしてきた私としては、志村によって「Dress」という言葉にあてられた新しいひかり、新しい視点に驚かずにいはいられない。さらには、自分のなかで堆積されていた「Dress」という言葉にまつわる貴重な思い出が現れ、そのことについて新たな考えを上書きしたくなった。

つまり、<Dress>との出会いによって、装うことや服をつくる行為、「拡張するファッション」展にも参加した一人の作り手スーザン・チャンチオロという人の世界にたいする私の思いは新たに塗り替えられ、彼女の制作姿勢に対する再定義へと導かれたのだ。この原稿を、Veritaで過去にかつて寄稿したこともあるスーザンというアーティストへの再考へとつなぎたいと思う。このように、鑑賞者のなかで新たな思考の連鎖まで創出することが、アーティストのもてる力なのであるという新たな自覚とともに。

現代アートという言葉に「現代」という文字が含まれている理由、ファッションはつねに「時代」とともに再定義されていくものだという本質、その両方に関連している重要なポイント(装うことは必須な行為かもしれないが、私たちはなぜ生活のなかで必ずしも必須ではない行為「現代アート」の鑑賞を行うのか? という問い)にも、光がさしてくることを願って。

(text / nakako hayashi

>>(2)「I DRESS YOU スーザン・チャンチオロの言葉と精神」へ続く。


「未見の星座〈コンステレーション 〉 -つながり/発見のプラクティス」
期間:2015年1月24日(土)~3月22日(日)10:00〜18:00*入場は閉館の30分前まで
会場:東京都現代美術館 企画展示室1F、ほか
URL:本展詳細はこちら

<志村信裕(しむら のぶひろ)プロフィール>
1982年東京都生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科映像コース修了。現在、山口県在住。
鉛筆、画鋲、マッチなど見慣れた日常イメージをスケール変換して投影する映像インスタレーションを数々手がける。展示される場所の文脈を採り込み、その空間を異化することにより、そこに眠る歴史や物語を見る者の脳裏に静かに立ち上げる。
主なグループ展、個展に、2010年「あいちトリエンナーレ 2010 都市の祝祭」(長者町会場)、2013年「ヴァンジ彫刻庭園美術館コレクション展 この星のうえで」(ヴァンジ彫刻庭園美術館)、2014年 「パランプセスト 重ね書きされた記憶/記憶の重ね書き vol.5 志村信裕」(gallery αM)ほか。
http://nshimu.blogspot.jp/

1988年、ICU卒業後資生堂に入社。宣伝部花椿編集室(後に企業文化部)に所属し、『花椿』誌の編集に13年間携わる。2001年よりフリーランスとして国内外の雑誌に寄稿、2002年にインディペンデント出版のプロジェクト『here and there』(AD・服部一成)を立ち上げ、現在までに11冊を刊行。著書に『パリ・コレクション・インディヴィジュアルズ』『同2』、編著に『ベイビー・ジェネレーション』(すべてリトルモア)、共著に『わたしを変える”アートとファッション” クリエイティブの課外授業』(PARCO出版)。2014年、茨城県の水戸美術館と四国の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催された同名の展覧会の原案となった書籍『拡張するファッション』(スペースシャワーネットワーク)に続いて、展覧会の空気や作家と林央子の対話を伝える公式図録『拡張するファッション ドキュメント』(DU BOOKS)が発売された。



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「日々の生活が、アートになる」スーザン・チャンチオロ:MIMOCA「拡張するファッション」展より journal by林央子
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