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作家・食ジャーナリスト 山根泰典が綴る、食にまつわるよもやま話を集めた連載コラム。

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二十年ぶりに母方の墓参りに長崎へ行ってきた。一泊することになったので、釣り仲間の一人でもあり、東京勤務から地元長崎に戻った友人と晩飯を共にすることになった。

指定された通り、思案橋横丁の入口で路面電車を降りて落ち合った。両側に小ぶりな飲食店が立ち並ぶ横町へ入り、左手すぐにその店はあった。袖看板にただひらがなで「おこぜ」と書かれてある。私はゾクッとした。友人は魚好きの私に気を利かせて、虎魚専門店に予約を入れてくれていたのだ。というのも、以前千葉の漁港にオニカサゴを釣りに行った時、釣り座で隣同士、釣れない時間に世間話がてら、私がオコゼの味を誉めちぎっていたことを友人は忘れていなかったのだ。

入口の水槽にはブクブクと気泡を上がり、オコゼが何匹か腹を沈めている。間口の狭い店舗に入ると、カウンターが誂えてある。空席はひとつもない。斜め座りをして無駄話をする客は一人もなく、みな皿に向き合い舌鼓を打つ客ばかり。ひと目で客筋の良い地元の人気店なのが窺えた。

私たちは女将から奥の小上がり座敷に招じ入れられた。席に着くなり初っぱなからガラス器に注がれた日本酒をクッとあおり、突き出しのオコゼの胃袋と皮の湯引きを噛みしめ食感を楽しむ。続いて、平皿に盛られたオコゼの薄作りとそぎ造りに引いた刺身がドーンと搬ばれてきた。

刺身にはポン酢と山葵の刺身醤油。ふた通りで食べさせてもらえるとは思いつかなかった。まずは薄作りをポン酢にチョンと浸して口にする。シャリっとしてツルン、サックリと繊維質が割れる。ふぐ刺しとは異なる淡白な味わいが実に美味い。生臭みのない肝はそぎ造りにのせて山葵で食べる。甘口の刺身醤油が白身の甘みをさらに引き立てて、これまた美味しい。刺身になったオコゼの食味は、タイやヒラメというよりもどちらかというとカワハギかカレイに近く、ほんわかと磯の匂いがするように思う。

オコゼという魚、実は頭とカマの皮と骨にはさまった身の部分が重宝される魚である。続いて出されたのが、少し甘めに煮た粗炊き。こういう一品は箸で上品に口に運んだってダメである。したがって、指でベトリとくっつくゼラチン質を口に運び、胸びれと骨についた皮と身をねぶるようにして食べるのである。唇を閉じ、じわっとほぐれる身を味わえば、目を細めながら鼻からため息がフッと漏れ出す。骨入れの器にほうったねぶり倒した骨をもう一度口に入れてみたくなっていると、今度は一口でパクつける大きさの唐揚げが出された。油で揚げられて余計な水分をはたき出し、キュッとなった白身に塩味がギュッとして被さっている。サクリとしてこれも美味い。

ここでちょっと、ビールで口を洗う。そして最後に味噌汁と白飯、漬物。まさか味噌汁までオコゼが出るとは予想していなかった。汁を啜り、粗焚き同様、骨離れのよいプリプリンの身と皮を優しくしがんだ。フーッと溜息を口から漏らし、全ての料理が終了。オコゼの小ぶりな魚体のどこに、ハタやクエのようなこれほどダイナミックな味覚がつまっているのだろうか。

さて、このオコゼ。どう贔屓目にみても関東はおろか全国的にポピュラーな魚ではない。青森や新潟、佐島の港にも水揚げされるのだが、どちらかというと西日本で重宝がられることが多い。背びれには毒のあるマッチ棒みたいな棘があり、目を凝らすと体皮をカキ殻のようなカサブタが覆い、目は小さく、とにかく見た目の可愛くない魚なのである。200メートルの深場から沿岸あたりまでの岩礁帯に潜み、あまり移動せずに棲息している。したがって底びき網で漁獲されるため、網へのダメージはやむを得ないところだ。25センチもあれば立派なもので、成長は遅い。春と秋に産卵することから、栄養を魚体に獲り込むシーズンが二度あり、冬場は別格としても、ほぼ周年を通して味わうことが出来る。

生きたまま流通されることが好ましく高値がつくことから、高級魚とうたわれてしまうのだろうか。料理屋さんに入って献立書きに「おこぜ」の三文字を認めたらば、ぜひとも調理人の包丁の冴えに任せて一皿、一品注文してみてほしい。

白身魚の奥深い味わいをきっとお分かりいただけるかと。


文/山根泰典



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山根泰典(やまねたいすけ)/ 作家・食ジャーナリスト

1964年、東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、放送局に勤務。退職後、実家が営む老舗料亭に戻り、日本料理業界においては東京日本料理組合理事、日本料理文化振興協会理事、東京ふぐ連盟理事を歴任。その後、自身の体験に基づく老舗料亭における人間模様を描いた小説の執筆を機に、作家に転向し創作活動をスタート。日本の地方食文化や食材食味、流通、料理にまつわる取材・執筆を行う。また、昭和の時代の社会現象や戦争と平和をテーマにした創作活動をライフワークとしている。

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