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作家・食ジャーナリスト 山根泰典が綴る、食にまつわるよもやま話を集めた連載コラム。

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トランプ大統領来日を翌日に控えた週末の都心。私は都バスを新橋駅で降りた。茜色に色づく摩天楼をやり過ごし、生まれ育った木挽町の路地を銀座東一丁目に向けスタスタと歩いていた。

路地(と言っても商業ビルに囲まれているのだが)一帯に夜の帳が降りる頃、料亭、料理屋の橙色が打ち水のされた路面を仄明るく照らし、妖しく陰影を宿している。路地を抜け、新聞社の脇に差し掛かる横町に、座敷へ急く若い芸者衆二人とすれ違った。薄っすらとシャボンの香りが漂い思わず振り返った。

この日の私は友人と銀座東一丁目の焼き鳥屋で落ち合うことになっていた。そこへ行くのにわざわざ、新橋でバスを降りたのは運動不足解消のために少し歩こうと思ったからである。 待ち合わせた店は歌舞伎座の裏路地を進んで宝町に出る手前に存在する。古くさい5階建てと8階建ての商業ビルに挟まれたその店は、正面に縄のれんのかかるカウンター9席の小さな所帯である。

ガラガラと立て付けの悪い扉をずらすと、入口のガラス戸を背にして友人はすでに座っていた。いつもの定位置だ。客は私たち二人だけだ。「先にやってたよ」と言いながら、私が席に着くなり、友人は大壜ビールを私のグラスにも注いだ。時候の挨拶も、冷えたビールもそこそこにして切り上げ、「龍宮(黒糖焼酎)」を注文し、〆は冷やのまま一献傾けた。お通しのおろし大根と黄ニラの浸し、それと七色(なないろ)野菜(千切り)サラダを肴に、焼き鳥が焼けるのを待つことになった。

友人が皮鞄の中からおもむろに冊子を取り出し、私の顔前に差し出した。 江戸小紋の格子柄に「第95回東をどり」と金文字が浮かんでいる。友人は取引先との付き合いで、その日の夕方、新橋演舞場でしんばし芸者衆の公演を観た帰りだと私に伝えた。 私は7、8年前まで「東をどり」の興業に少しだけ携わったことがある。友人もそのことを知っていて、プログラムのページを開く私に「懐かしい?」と訊いてきた。私は「まあね」と一言、少し首を傾げた。番組ごとに出演する芸者衆の決めのポーズが映えるグラビア頁をめくってみた。

注文のいつも通りの焼き鳥のはじめの三本が供される。カウンターのガラス越しにかんてき(焼き台)を覗くと、相も変わらずねじり鉢巻きのご主人が、赤々と膨れる炭火スレスレに鶏肉をかざして滋味を閉じ込めている。いつ覗いてみても決して大きくないかんてきの中は、指の太さ程の備長炭がカンカンと音をたて、常にビッシリ、キッチリまるで寄せ木細工のように整っている。それがこの店のすごいところだと私は思っている。いつも砂肝とハツ以外の串物はタレと塩両方の味で食べきることにしている。だから結局、一人15、6本は腹に納まるのだ。

串焼きを食べながらグラビア頁に目をやると、一幕目「長唄吾妻八景」とある。垢ぬけた日本の色彩の着物姿が六人、裾を引き、扇を手にポーズを決めている。櫛(くし)・簪(かんざし)が艶やかに日本髪に映えている。二幕目の番組は「新橋はるあき」。実にシンプルなタイトルである。グラビアの中でコバルトブルーの生地に、若沖が描いたような衣装を身につけたベテランの芸者衆の立ち姿。その後は「新橋五人衆」から始まり、若手が太鼓の前でバチを持つ「座敷唄メドレー」へと続いていた。おそらくは端唄、小唄を口ずさみ、踊るレビューのようなものだろう、そう思って私は、唐突に友人に観劇した感想を訊いてみた。

友人曰く、「黒い衣装で一列にズラーッと並んで踊るやつ。あの唄だけはなんかさぁ、耳に残っているよ」と。確かにフィナーレで踊られる芸者衆総出の立ち姿は、大宴会が催されるお座敷にいるような圧巻のパフォーマンスだったのであろう。今のご時世、滅多なことでは料亭のお座敷に上がり、金屏風の前で踊る芸者衆の姿を拝むことはないかもしれない。

96回を迎える来年の「東をどり」は、必ず5月に開催される。機会があれば来年も同じ頃、同じ銀座で会食の夕方に、「東をどり」を観劇するのがいいかもしれない。

少し補足することにしよう。
明治の初頭、文明開化の真只中蒸気機関車の起点となった新橋。その新橋で日本でも有数の“花柳界しんばし”は花開いた。大正モダンのさばけた空気の中、新橋演舞場は大正十四年に開場する。そのこけら落としとして、新橋芸妓の温習会の極めつけ「東をどり」が始まった。先の大戦で焦土と化した戦後の東京、演舞場も例外なく焼失してしまう。昭和23年演舞場再建に伴い、「東をどり」もまた復活を遂げた。一流料亭のお座敷において、しんばしの芸者衆は数多の賓客を、枠を極めた唄と踊りで酒宴に彩りを与え、もてなしてきた。そのしんばしの芸者衆は、花柳、西川、尾上の踊りと長唄、清元の家元の手厚い指導と監修の元、日々研鑚と修行を重ね、令和の今日まで脈々と「東をどり」の晴れの舞台をいきいきとつとめあげているのだ。


文/山根泰典



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山根泰典(やまねたいすけ)/ 作家・食ジャーナリスト

1964年、東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、放送局に勤務。退職後、実家が営む老舗料亭に戻る。その後、自身の体験に基づく老舗料亭における人間模様を描いた小説の執筆を機に、作家に転向し創作活動をスタート。日本の地方食文化や食材食味、流通、料理にまつわる取材・執筆を行う。また、昭和の時代の社会現象や戦争と平和をテーマにした創作活動をライフワークとしている。著書に、広島の原爆を題材にした『広島のみじかい夏やすみ』がある。

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