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鮨屋 煮蛤(ニハマ) 吟醸酒。鰻屋 白焼き ぬる燗。立ち呑み モツ焼き カップ酒。蕎麦屋 そば味噌 生一本。湯治場 漬物 大吟醸。とまあ、日本酒の嗜み方は人それぞれである。

酒と肴(関西ではアテという)の取り合わせは千差万別、多種多様。相性の善し悪しは別として、飲みたいお酒、食べたい肴を脳が描き、舌が感知し、そして胃袋が欲するままに気にせずやればいい。そう、周りからとやかく言われる筋合いはないのである。平目の握りに赤ワインを合わせようが、莫久来をウォッカで試そうが、生牡蠣にアイラモルトを垂らそうが、黒酢の酢豚のむせ返りをブランデーで静めようが、しゃこ貝の刺身を泡盛でクチュクチュやろうが、美味しいと思えばそれでいい。
戦後が落ち着きをみせた昭和の時代、日本料理に合わせて食中酒にワインやウィスキーを嗜むことが不思議ではなくなり、その後日本酒(米の酒)文化が変化を模索し、今日まで行ったり来たりしている。ヨーロッパでは、日本で醸造された日本酒が旨味の素、出汁の文化とともに注目され、人気だと聞く。それは私たち日本人がワインを飲んだところで、舌が反応し、喉ごしが良いと感じ、美味いと感知するのと同じなのだろうか。

そこで今回は、日本酒(純米酒)と肴(フランス料理)の食べ合わせを、六本木の国立新美術館近く、ヤヱガキ酒造の直営店「長谷川栄雅 六本木」で体験してきた。

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この店舗はお酒の直販だけでなく、1日5組限定、純米酒「長谷川栄雅」に5種類の肴を合わせた体験スペースが設けてある。有り体に言えば、酒蔵直営の“ジャパニーズサケフライト”である。 店舗に入ると、漆喰壁の蔵を思わせる一室の奥に別室が有り、引き戸を開け中に入ると、左手は仄暗く斜交い(はすかい)に壁がせり出し、奥の明りとりから注ぐ光の陰影が六畳敷の小上がりをぽっと浮かび上がらせている。

さて、座敷に着くと酒肴のお品書きにまずは目を通す。お酒はそれぞれが適温に冷やされている。一客ごとに四角四面のお膳、その上に猪口に注がれた「長谷川栄雅」のお酒、その向こうに広尾のフランス料理「Ode」の生井シェフがこしらえた肴が5品こじんまりとまとまっている。膳の右手に槌打(つちう)ちされた錫の器が目を引く。

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酒:肴(アテ)
栄雅 純米大吟醸:コーヒー/昆布のピューレ
栄雅 特別純米:瀬戸内キャビア/茄子
長谷川 純米大吟醸 三割五分:梅/赤じそ
長谷川 純米大吟醸 五割:スイカ/ジュニパーベリー
長谷川 特別純米:フォアグラ/生姜

お品書きを見ただけではサッパリわからないのでお店のスタッフがすすめる通り、左から順繰りに酒・肴の五味を試すことになった。

「辛」:1品目は、昆布を包んだコーヒー風味の求肥を口にした。昆布の塩っ気がほんのりとコーヒーを嗅ぎとり、大吟醸の豊潤なコクを引き立てる。
「鹹」:2品目は、小ぶりなアルミ缶(軟骨の缶のような)にビッシリ詰まった香川県産のキャビアをスプーンですくい口にする。(火を入れて刻んだ茄子と一緒に)プチプチの食感に、角の取れた純米酒は味わいが深い。
「酸」:3品目は、極薄のガラス器に透けた梅ゼリーをチュルッとすする。(色はピジョンブラッド)それに合わせ純米大吟醸を口に含むと口中がスッキリした。
「甘」:4品目は、丸くくり抜いたスイカの実と、ジュニパーベリーを点に盛ったクリームをスプーンですくう。程よい甘みをしゃりっと噛みしめる。酒の味がほんわか丸く合わさった。
「苦」:5品目は、錫を畳紙のようにした器にフォアグラのプチパイが乗っている。表面には飴がコーティングされており、口に入れるとサクッ、パリッと香ばしく、嫌味なくほんのりと苦みが口に広がった。

良い悪いは別として、西洋料理の肴の五味を口あたりの良い純米酒と合わせ、味わえるという試みは、曖昧さの中にバランスの取れた味わいを感ずる日本酒の奥深さに触れている。個人的にはこれからの暑い季節、シャキッとした菜の青さの1品、もしくは温かいすり流しのような1品がアクセントになるかもしれないとも思う。けだし、そんな具合に日本酒と肴の愉しみ方の想像を掻き立てる、鮮やかな食体験だったというべきだろう。

取材・文/山根泰典

shop information


hasegawainfo長谷川栄雅 六本木

住所:東京都港区六本木7-6-20 1F
Tel:03-6804-1528
営業時間:12:00~20:00
定休日:火曜
長谷川栄雅 公式Webサイト




odeinfoOde(オード)

住所:東京都渋谷区広尾5-1-32 ST広尾2F
Tel:03-6447-7480
営業時間:ランチ 12:00~13:00(last entry, Close 15:00)、ディナー 18:30~21:00(last entry, Close 23:00)
定休日:日曜日

生井 祐介氏(Odeオーナーシェフ)
1975年、東京都生まれ。音楽の道を志していた最中、25歳で料理の世界に惹かれ転向。都内フランス料理店で働いた後、2003年より「レストランJ」(東京・表参道)、「マサズ」(長野・軽井沢)の植木将仁氏のもとで約5年間修業。同じ軽井沢の「ウルー」で3年間シェフを務めた後、2012年11月、東京・八丁堀の「シック・プッテートル」のシェフに。2015年度版ミシュランガイドでは一つ星を獲得した。2017年3月より新店準備に入り、同年9月に「Ode」(東京・広尾)をオープン。2019年度版ミシュランガイドにて一つ星を獲得。






profile


山根泰典(やまねたいすけ)/ 作家・食ジャーナリスト

1964年、東京生まれ。慶應義塾大学卒業後、放送局に勤務。退職後、実家が営む老舗料亭に戻り、日本料理業界においては東京日本料理組合理事、日本料理文化振興協会理事、東京ふぐ連盟理事を歴任。その後、自身の体験に基づく老舗料亭における人間模様を描いた小説の執筆を機に、作家に転向し創作活動をスタート。日本の地方食文化や食材食味、流通、料理にまつわる取材・執筆を行う。また、昭和の時代の社会現象や戦争と平和をテーマにした創作活動をライフワークとしている。著書に『広島のみじかい夏やすみ』がある。
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