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東京・日本橋にある「マンダリン オリエンタル東京」は37、38階の高層フロア中心に10のレストラン、バー、カフェが集まる東京屈指のガストロノミー・ホテルだ。 しかし4月の緊急事態宣言発出以降、イタリア料理「ケシキ」、フレンチダイニング「シグネチャー」、広東料理「センス」、寿司「鮨心by宮川」さらに「タパス モラキュラーバー」「ピッツァバー on 38th」「センス ティーコーナー」「マンダリンバー」「オリエンタルラウンジ」、ブッフェ「ヴェンタリオ」とすべてのレストラン・バーが休業に突入。再開はいつなのか?と多くのファンが心配する中、一部のレストランが営業を再開したのは10月のこと。ようやくすべてのレストラン・バーが営業を再開したいのは11月に入ってからだ。

半年に及ぶ前代未聞の休業期間の間、全レストラン・バーを統括するイタリア人エグゼクティブ・シェフ、ダニエレ・カーソンは各レストラン・シェフと緊密に連絡をとりあい、全スタッフのモチベーションを維持することに務めていたそうだ。安全第一の観点から100人以上いる全レストラン・スタッフが自宅待機となる中、ダニエレ・シェフは12以上あるという厨房にたった一人でこもって仕事をしていたという。休業にあたり厨房機器の管理に加え、膨大な食品在庫をどうするかというのが大きな問題だったがダニエレ・シェフは以前からコラボしていた慈善団体と連絡を取り、生鮮品や乾物などを上野のホームレスの人たちに寄付した。自ら病院に食料を届けるなどの行動はとらなかったが、人知れずイタリア人シェフが日本の生活困難者たちに手を差し伸べてくれた、その行為には頭が下がる。



マンダリン オリエンタル東京のエグゼクティブ・シェフが作る現代風ピッツァ。

さて、再開した「マンダリン オリエンタル東京」でのダニエレ・シェフのメインステージは38階にあるカウンターのピッツァ・コーナー「ピッツァバー on 38th」だ。「エグゼクティブ・シェフがピッツァ?」と意外に思う人もいるかも知れないが、ダニエレ・シェフが目指すのはいわゆるナポリスタイルのクラシック・ピッツァではなく、今イタリアでトレンドとなっている現代風のピッツァ。具体的にはイタリア産5種類の上質な粉(タイプ00、タイプ0、ライ麦粉、硬質小麦粉、マニトバ)を独自に配合し、80%という多加水率で48時間長時間発酵。生地の出来を左右するミネラルウォーターにもイタリア産を使うという徹底ぶり。そうしてできたピッツァは軽くてさっくり、歯切れも口溶けも良く胃にもたれず、太らない。最後に非加熱で上質な食材をトッピングするのも特徴だ。なによりの違いはピッツァ職人ではなく、シェフが作るピッツァ、という点がそもそもの出発点としての大きな違いだろう。
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こうした現代風ピッツァはピッツァ・ダウトーレ(シェフのピッツァ)ともグルメ・ピッツァとも、あるいはイノヴェーティブ・ピッツァ、コンテンポラリー・ピッツァなどと呼ばれているが、現在進行形ゆえにまだ名称が決まっていないのがイタリアでの実情だ。しかし現代風ピッツァのムーブメントは如実で「ピッツェリアにもミシュランの星を」という声がジャーナリストの間であがっているのも事実だ。ちなみにイタリアでは、1970年代にリストランテ・ピッツェリアとして星を獲得した店は存在したが、ナポリ風、ローマ風、コンテンポラリーを問わず純粋なピッツェリアとしてミシュランの星を獲得した店はまだ歴史上存在しない。



旬の食材も豊富にヘルシーかつライト! おまかせコース仕立てで楽しむガストロノミー・ピッツァを提案。

thepizzabaron38th_ph01(写真上)前菜「北海道産2種類のトマトと水牛のモッツァレッラ」。

ある日ダニエレ・シェフがおまかせで用意してくれたのは、まず前菜として「北海道産2種類のトマトと水牛のモッツァレッラ」。その日使う食材をまず味わってもらう、という考えは寿司屋の感覚に近い。丁寧に湯むきした甘みと酸味が異なるミニトマトに冷たく冷やしたモッツァレッラのコンビネーションは南イタリアの熱い太陽を思い出させる。どちらもピッツァのメイン食材だけに、その味わいは出来栄えを大きく左右する。そしてトッピングにはEVOのペルラ(真珠)。こうした最新技術がところどころに顔を出すのが通常のピッツェリアとは異なる点だ。

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(写真上)「トリュフの香るマスカルポーネチーズのピッツィーノ」。

続いて登場したのは「トリュフの香るマスカルポーネチーズのピッツィーノ」。ピッツィーノとは一口サイズのミニピッツァのことだが、軽くて歯切れのよい生地にはライ麦を配合してあるので茶色がかった感じが写真からお分りいただけるだろうか。クリスピーで軽快、なによりも通常のピッツァと違って手で持ってもべたべたしないのがいい。脂肪分の強いマスカルポーネとトリュフの極薄スライス、そしてシブレットの組み合わせはどこかふぐの白子を思わせる。

thepizzabaron38th_ph05(写真上)「マリナーラ」。

ピッツァ界におけるクラシックのひとつ、マリナーラ。本来はトマトソース、ニンニク、オレガノが王道だがダニエレ・シェフはオレガノの代わりにマジョラムをプラス。上質でコクのあるトマトソースにニンニクとマジョラムの香りが、これまた南イタリアの思い出を呼び覚ましてくれる。生地は薄いがすっかりクリスピーなので、手でつまんで持ち上げても決してだらりとしない。これがダニエレ・シェフの作るピッツァ生地の特徴であり、ゆえにさまざまなトッピングを生かしたフィンガーフード的コース仕立ても可能になるのだ。
thepizzabaron38th_ph06(写真上)季節のピッツァより、きのこのバラエティ。数種類のきのこのクリームを塗り、きのこをトッピングして焼き上げ、トリュフときのこのパウダーを仕上げに。

そしてこの日のハイライト「きのこのバラエティ」。シイタケ、エリンギ、ポルチーニなど数種類のきのこを生やソテーなど切り方や調理法を変えて全て異なる食感に仕上げ、その下にはキノコクリームがたっぷり。この時点ですでになんともいえない秋らしい芳醇な香りがカウンターに漂うのだが、ダニエレ・シェフはさらにトリュフをスライスし、きのこのパウダーを仕上げにふりかける。これがまた香りを増幅させ、わずかに散らしたマジョラムの効果もあって森の中を歩いているかのようだ。一切れ口に含めばキノコのさまざまなテクスチャーと味わい、それをまとめるコクのあるクリームと上質なトリュフの香り。実に素晴らしい一枚だった。
thepizzabaron38th_ph02 (写真上)季節のデザートピッツァ。ぶどうのコンフィチュールを塗って焼き、シャインマスカット、ピオーネ、巨峰とマスカルポーネをトッピング、仕上げはドモーリのチョコレートをマイクログラインダーでふりかけ、ミントをあしらう。

仕上げはブドウを使ったデザート・ピッツァ。甘いピッツァ?いやいや、これが実は好相性で、ガストロノミー・ピッツァでは一口サイズのコース仕立てになっていて最後に甘いピッツァが登場することもあるのだ。これはぶどうのコンフィチュールを塗って焼き、最後にシャインマスカット、ピオーネ、巨峰とマスカルポーネをトッピング。さらにイタリア産ドモーリのチョコレートを削って散らし、ミントで仕上げ。チョコとミントという好相性に加え、複雑なブドウの味わいがなんともいえない豪華なデザート・ピッツァだ。
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ローマ出身のダニエレ・シェフはハインツ・ベックの3つ星レストラン「ラ・ペルゴラ」やカイロ、バンコクのフォーシーズンズホテルでキャリアを積んだ後、2013年に「マンダリン オリエンタル東京」エグゼクティブ・シェフに就任。就任時の希望に自ら窯の前に立つピッツァ・コーナーを作るという構想がすでにあった。ローマでは日常的にライトでクリスピーな切り売りピッツァ、あるいはさらにパンに近いピンサなどが食べられているが、日本でその文化を提案したかったというダニエレ・シェフ。「ピッツァバー on 38th」オープンにあたり、かつてホテル学校時代の同級生だったローマの有名パン&ピッツァ職人ガブリエレ・ボンチのもとで改めて学び直した努力の人でもある。生地はヘルシーかつライト、旬の食材を最新技術でトッピングし、コース仕立てで最後まで飽きさせずに食べさせてくれる。イタリアでも和食の「OMAKASE」というコンセプトと単語はすでに市民権を得ているが、日本初おまかせで楽しむコース仕立てのガストロノミー・ピッツァ、それがダニエレ・シェフのスタイル。ピッツァは太るからと敬遠していた人も、そのライトな美味しさに足しげく通うようになる、そんな新しいピッツァのムーブメントもここから始まるのではないかと密かに期待している。

Photo&Text Masakatsu Ikeda




restaurant information


ピッツァバーon 38th マンダリン オリエンタル東京

住所:東京都中央区日本橋室町2-1-1
レストラン総合予約Tel:0120-806-823
営業時間:ランチ11:30~14:00(L.O.)、ディナー17:30~21:00(L.O.)
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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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