シンガポールで、身体から発するオーラの写真を撮ってもらったことがある。真偽はともかく、ピンボケのような写真には、当時、金髪だった僕の頭から真っ赤な太い線が上に伸びていた。
「you are simple man(あなたは単純な男です)」 機械に弱そうなおじさまからの説明は、それだけだった。ビール一本程度の撮影代では仕方のないことかもしれない。

高校生の時に小遣いを貯めて初めて買った赤の自転車、世界一周を一緒に旅した赤のトランク、フィンランドの美容室で赤く染めてもらった髪型、西アフリカの市場で黒人がトマトに手を伸ばした時の光景…赤にまつわる記憶は限りなく出てくる。

僕が着ていた赤のニットジャケットの話題から、いつしか赤の記憶の話になっていた。車好きの友人は、スマートフォンに保存していた赤のイタリア車の写真を出してきた。
「いい色だろ?でも、買えないんだよなぁ」
「買わない」ではなく、「買えない」である。それは金額が高いからという理由ではなかった。
「普段、乗れないからね」
彼は当たり前のようにつぶやき、「お前は会社勤めじゃないし、子供がいないからわからないだろうけど、いろいろあるんだよ」
と付け加えた。目立つ色の車で会社や子供の通う学校に乗っていくと、口には出さなくても人の妬みをかうことがあるのだそうだ。マイナスに働くことは多くてもプラスに働くことは少ないとまで言い切った。もちろん全ての会社や学校というわけではないだろうが、僕の知らない日本の社会の一面を知り、以前、日本は奇妙な没個性の国だと評して、母国に戻ったフランス人を思い出した。

日本は色彩が豊かで、美意識の高い国だと僕は思っているが、車や家電製品などに色が反映されないのは、こういった背景があるのかもしれない。車ひとつとっても欧米は日本より色の種類が豊富で、中にはカラーバリエーションが30種類を超える車種もあるらしい。色に対する個人の好みを大事にする国と、「とりあえず無難な色で」となりがちな日本の違いのようなものだろうか。
しかし、実は日本人も潜在的には色の好みは多種多様持っているのではないだろうか。つきあいの長い彼が鮮やかな赤が好きだということも、この時、初めて知ったのだから。
「そうだなぁ。確かに、家の中に自分が色で選んだ物って、何も思い浮かばないもんなぁ」

家電製品の色も意識せず、適当に黒か白を選んでいるのだとか。家電製品くらいは自分の好きな色を選んでみてはいかがだろう。好きな色が身近にあって、毎日、家で眺めるというのは、精神的にも影響を及ぼすと思うんだよなぁ…と、ジャケットと同じ赤ら顔の僕は、酔った勢いで述べた。
「家電の色で変わるかなぁ。お前は相変わらず単純だよな。でも、せっかくだから考えてはみるよ。とりあえずワインを赤に変えてみようか?」
彼は笑いながら、空いたグラスに白ワインを注いでくれた。やはり、僕は単純な男のようだ。

イシコ
1968年岐阜県生まれ。静岡大学理学部数学科卒。女性ファッション誌編集長、WEBマガジン編集長を経て、(有)ホワイトマンプロジェクト設立。国内外問わず50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動が話題になる。 2008年、世界を一都市一週間のペースで旅をするプロジェクト「セカイサンポ」を始め、「SKYWARD」(JAL機内誌)や「SANKEI EXPRESS」(産経新聞)など新聞、雑誌、WEBで様々な連載を通して独自の散歩目線でエッセイを発表しながら旅を続け、2009年帰国。その模様を綴った「世界一周ひとりメシ」(幻冬舎文庫)が、2万部を超えるヒット作品に。 また、2010年より生家の岐阜に移り住み、除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギマニアになりつつある。

関連リンク:
「世界一周ひとりメシ」
「セカイサンポ」