吉田修一の描いてきたもの、描いてきたこと。そしてその向こう。

毎日出版文化賞と大佛次郎賞をダブルで受賞した吉田修一のベストセラー小説『悪人』が映画化となり、9月11日から公開される。妻夫木聡に「初めて自分から演じたいと思った」といわしめた作品は、発売から3年の月日が経ちながらもぐんぐんとセールスを伸ばし続けている。また時を同じくして英語翻訳版の悪人『Villain』が英米で発売。ウォールストリート・ジャーナルでも紹介されるなど、海外でも高い評価を受けている。

意欲的に作品を生み出し評価され続けてきた吉田修一は、ひとつの大きなピークを迎えているのだ。そんな彼が今考えていること、考えてきたこと、そして描いてきた作品。それらを紹介しながら最も輝いている作家に迫る。

−『悪人』は、「最高傑作」と紹介されることが多い作品です。事実二つの高名な賞にも輝き、吉田さんの代表作と言えますよね。

吉田修一(以下吉田) そうですね。『悪人』は、自分の今まで書いてきたものの集大成とも言える作品です。都市と地方、肉体労働者、出会い系サイト、暴力…。過去にも描いてきたモチーフがちりばめられています」

−自身でも手応えを感じていた作品だからこそ、映画化の際には自ら脚本を手がけたいと思われたんですか?

吉田 それは大いにあると思います。また、妻夫木聡さんがこの作品を読んで主人公の清水祐一を演じてみたいと思っている、という話も人づてに聞こえてきました。そんな中で自分でも何か(映画化に)携わりたい、と思うようになり(映画化権を獲得した)東宝に申し出たというのが経緯です。

−とはいえ、吉田さんの作品は今までも数多く映像化されています。それらに関して制作に加わりたいと思ったことはなかったんですか?

吉田 なかったですね。今回が初めてでした。

自作の中でもっとも長い作品、しかも高名な賞をダブル受賞した自身最大のベストセラーといえば、作者の思い入れも強いだろう。しかし、吉田修一にとっての『悪人』は、そんな思い入れ以上の“何か”を感じる。自ら「代表作である」と語ったこともある作品。そして志願した脚本づくりや、積極的なプロモーション活動。何故『悪人』だけが特別なのか。この作品にしか存在しない何かが、あるのではないだろうか。

−『悪人』の舞台になっているのは福岡、長崎、佐賀という北部九州地域です。それは吉田さんの出身地・長崎も含め、馴染みのある場所ともいえますよね。

吉田 そうですね。子供の頃から福岡には遊びに行ったりしていましたし、確かに馴染みのある所です。

−ということは、この作品では自分が今まで見てきたものが描かれているとも言い換えられると思います。自分が育ったところで、一体何を見てきたのか。それが『悪人』には集約されているのではないでしょうか。つまり、吉田さんはこの作品で自身のルーツと向き合い、描いていこうとしたのではないか、と思えるのですが。

吉田 書いていた当初は、そんな意識は全くありませんでしたけれど、いわれてみればそうかも知れません。この作品は、自分のルーツと向き合うぐらいの覚悟を持って取り組んだのは確かです。生い立ちが反映されているわけではありませんが、育ってきた場所で見てきたもの、感じた事柄…そういうものの結晶なんだと思います。

−そう考えると、『悪人』だけが吉田さんの中で特別な存在であることも、うなずけるんです。

吉田 もしかしたら、小説を書き上げた時点では、九州と自分の関係を描いたという重い事実と、上手く決別できていなかったのかも知れません。だから映画になるという機会を得て、改めてこの作品と向き合いたかった。そんな風に思います。

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