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3歳年上の姉から送られた一冊の写真集が、当時小学生だった著者の人生を変えた。内気でひっこみ思案な女の子だった著者は、イタリアの風景を撮ったその写真集の写真家に興味を持ち、大胆にも出版社経由で手紙を出した。

その後も自分の日々の出来事を綴って手紙を何通も出すうちに、思いがけないことに写真家から返事がきた。その後も著者は手紙を書き続け、写真家からはイタリアから絵葉書が届いたりして、2人の交流は続いた。

家の事情で大学を辞めて働いていた著者はある日、「イタリアの日本料理店でウェイトレス募集」という広告を目にし、これだ! とひらめいて応募し採用された。写真集を通して小学生のときから夢見ていたイタリアに飛んだのが1985年。そしてその地で現在の夫と出会って結婚。以後、イタリアに根を下ろし、息子と娘の二人の子どもを育て、レストランを経営する夫を助けながら暮らしている。本書は著者が長く日記のように書きつづってきた文章のなかから、54編を選んだエッセイ集である。

暮らしている人でしかわからない情報は多々盛り込まれているものの、憧れのイタリア暮らしを「上から目線」で語っているものではない。訥々とした語り口で書かれた、家族と生活を大切にするイタリア人の丹念な暮らしぶりを読むうちに、著者の生真面目さと繊細さからくるのであろう、「生きることの重み」のようなものが迫ってくる。義父と初対面のとき、2人で市場に食材を買い出しに行ったエッセイが特にいい。2人とも互いを一生懸命気遣い、一生懸命であるあまり、不器用にしか気遣いが表現できない。そんな様子がうかがえて、はらはらしながらも胸を熱くさせる。

ミラノ 朝のバールで

全編を貫いているのが「出会い」の美しさである。写真集と写真家との出会い。夫やその家族との出会い。友人たちとの出会い。子どもを通わせる学校との出会い。おいしいもの、おいしいワインとの出会い。そしてイタリアとの出会い。出会いの一つひとつの場面を通して、相手と自分の心のなかに起こる化学反応のような変化を著者は描く。出会う対象と自分とを縦糸と横糸にして織りなされたエッセイ集は、さながら「美しい出会い」というタイトルがつけられるタペストリーのようである。

(text / motoko jitukawa)

『ミラノ 朝のバールで』 宮本映子著 文藝春秋¥1,450(税込)