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9月13日以来、ファッション誌ばかりでなく、日本メディアが諸手をあげてH&Mイメージ戦略に加勢している恐ろしさに気がつこう。まるで、「ファッション黒船」到来の状況。『S(シングル)・スタンダード』*で生きてきた平和な僕たちにとっては、ファッション・グローバリズム時代の黒船到来かも知れない。



(写真上)ドイツ・ハンブルグ店。H&M(ヘネス&モーリッツ)は、スウェーデン発の大手“ファスト・ファッション”ショップ。ヨーロッパを中心に世界で1,600以上の店舗を展開 ©H&M

「黒船」と戦うのは誰か?

先ず、H&Mのターゲットが日本では何処なのか? それによって、ライバルも変わるでしょう。グローバリズム以降のアメリカやヨーロッパと違って、新たな顧客層としての『新世代のイミグレーター(移民)、カラード(有色人種)による新・大衆』と彼らのもたらす『W・スタンダード』*が存在しない日本の消費社会では、時代が変わってもターゲットの本質は変わらない。ですから依然、「世代+テイスト」で斬る人口比率のマーチャンダイジング発想になるでしょう。

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彼らの本当のライバルは「ユニクロ」よりはむしろ、「ZARA」、または「ラフォーレ原宿」的な、ファッション感覚に目聡いがお金がそんなに使えない、使いたくない層に向けたところがメイン。そして最近増えつつある「アウトレット」と競合するでしょう。国内アパレル系のヤングブランドとセレクトショップ系のオリジナルブランドにとってもライバルに。「ユニクロ」とは商品の育ち、即ち、『べーシック』が違いますので立ち上がり期はライバルとなりますが、最後は日本的な折り合いの中で落ち着くでしょう。

(写真左)2008年9月13日にオープンした銀座店の行列 ©Masaki Hiroyasu/H&M  

今後の日本のファッションビジネスの発展性、許容量にはもう残念ながら’90年代の様な伸びはありません。なぜならば、外国のように日本国内に異民族(イミグレーター/カラード)が共生している社会環境構造が皆無に等しいからです。従って、主軸はいつの時代も変わらず、新たな層の人口が増えない限り、この『S・スタンダード』には限界があり許容量が読めます。ファッション情報はますます進化してイメージが先行し、バーチャルな世界へ。反面、トレンドの賞味期限は切れる。経済不況が続く。これらが大きな原因でしょう。

グローバル企業も注目するジャポニズム

H&Mが海外で成功した要因は、移民たちによる新世代ターゲット、『新・大衆』が誕生したことと『トレンドの賞味期限』が切れ始めてきたこと。そのため、『トレンド』はマークダウンして売らなければ売れない、そして、グローバリズムという時代性を背景に熟知したファッションメディアを使った、世界的イメージング戦略によるものでしかありません。かつて、アニエス・ベーに続いて、A.P.C.の登場時は『衣料品のトレンド化』(普段着に旬のトレンド性をくっつけてイメージ戦略でモードの世界へ持ち込むこと)でしたが、今や『トレンドの衣料品化』(加工され商品化されたトレンドを普段着に落とし込むこと)までトレンドの鮮度が低下してしまった『豊かさの蔓延』現象。H&Mは、そこでトレンドそのものの価値が虚像化してしまった時代性をうまくコンテンツにディレクションしてきた頭のいい、グローバルなファッション企業です。しかし、ユニクロはいまだに「衣料品のトレンド化」のカテゴリー。ここが育ちと『W・スタンダード』の違いです。とはいえ、日本人の目新しさ好きとめずらし物好きと外国コンプレックスで何年奔れるかが、本当のところでしょう。

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それと共に、彼らは日本上陸により、渋谷、原宿界隈からのマーチャンダイジング情報を逆輸入して世界戦略に利用することも大きな目的としているはず。H&Mも今後の中国拡大作戦の一つとして、日本を味方にしなければならないと知っています。日本で話題を作り、それなりの商売を日本で展開する。その裏で日本発ストリートトレンド『ストリート・ジャポニズム』のマーチャンダイジング情報と新・素材情報をも収集して、世界発のこのブランド・レベル(カラードたちと中国をはじめとするアジア)へマークダウンしたH&M流トレンドを発信してゆくことの方にプライオリティを置いているはずです。その証拠に、彼らが選んだ立地場所(銀座、原宿、渋谷)を見てください。ここには、彼らたち流の『W・スタンダード』が読めます。

(写真右)2007年3月、香港にアジア初のショップがオープンし、マドンナの巨大広告が話題をさらった。アジアの既存店は、香港、中国4店舗、日本の銀座で、現在6店舗 ©H&M 

海外では、上記の『新・大衆』をマーケットにしたい場合は『漫画、アニメ、TVゲームそして、MTV』が世界規模での重要なファッション・コンテンツ。日本の平成生まれたちはもうこの漫画、アニメの世界がファッションの世界へ直結している世代。平成生まれに限らず、現代日本人にはこれら要素が多少なり潜在的にも持ち得たリアリティ、即ち『育ち』として、取り込まれているはずです。

この辺で、僕たちの『日本人としてのアイデンティティ』をこのファッションの世界でも持ちましょう。これからは日本発がトレンドという自信と、これらをコンテンツとした今の時代感での『ジャポニズム』を意識するべき時代です。「モード=外国から」という発想ではないもっと自由なところからの視点で自分たちに合ったモードを、日本人の持っている細やかさ、優しさ、穏やかさ、器用さ、気真面目さ、熱心さと素材の開発力などによって考えていきませんか? ――H&Mも上陸したのだから。

*S(シングル)・スタンダード;自分の国では成功事例によって、自国の価値判断だけで十分であるという狭義な常識と現実しか持ち合わせていないこと。(最近の若者に増えつつある)  W(ダブル)・スタンダード;自分の国でも、また世界のどの国へ行ってもそこでの価値判断は複数であることを経験と認識の上で理解していること。グローバルな世界観には必要な発想。   文責;平川武治/巴里市モントロイュ街55番地にて

KEYWORD

グローバリズム、トレンドの賞味期限切れ、アウトレット、イミグレーター(移民)、カラード(有色人種)、新・大衆、少子化現象、トレンドの衣料品化、W・スタンダード/S・スタンダード、ストリート・ジャポニズム、逆MD戦略、世界的イメージ戦略

平川武明/Takeji Hirakawa

平川武治/Takeji Hirakawa

モードクリニシュエ(モードの解剖学者)。1978年からモードの世界へ。’84年からパリコレクションを見続け、海外の美術大学や企業などが主催するコンテストの審査員や、企画展のキュレーションもこなす。「ファッションとは自由の産物であり、時代の最表層である。良いクリエーションは良いビジネスを生む」という視点に立ち、辛辣な評論活動を行う。平川武明の名前でも活躍。