ボーダータウン
例えばニコール・キッドマン級の美女の場合、「お美しい」なんて生まれてこの方言われ続けている。「ミミタコなんだよ」とか思うんじゃないだろうか。つまりぜんぜん誉め言葉にならない。美人は美人ゆえに“美人であること”の価値が分からず、「美しいなんて言われてもぜんぜん嬉しくない、あたしは“あの演技は素晴らしかった”って言われたいのよ」とか思うわけで、結果、『めぐりあう時間たち』では“つけっ鼻”までして美しさを封印し、ついにオスカーを獲得するのである。

逆に「頭がいい」と言われ続けてきた人は「かわいい」とか言われたいワケで、例えば東大卒の某タレントなんかは妙にカワイ子ぶったりする。い、痛い。人間のあくなき“ないものねだり”が。ジェニロペは、そんな私の“痛いランキング”の上位にいた女優である。CDプロモーションのビジュアルでは常に髪を風になびかせて挑発的な視線を投げ、ラテン爆発のド迫力ボディでガンガン踊るジェニファー・ロペス。肩幅バーン、おっぱいバーン、お尻バーン。なのになんで、シンデレラを夢見るマンハッタンのメイドとか、ドメスティック・バイオレンスにおびえる女とか、そーゆー役ばっかりやるの。強くてセクシーでカッコよく、捕まえようと縄を打った男を引きずるくらいの女が似合うのに、自分の魅力とは正反対のつまんない役ばっかりやりたがるのだ。

そんな彼女の最新作『ボーダータウン 報道されない殺人者』は、私のこれまでのモヤモヤをすべてふっとばしてくれた。行く手を阻むあらゆる危険を顧みず、真実を求めて体当たりで突き進む、タフな女性新聞記者。これだよ、これ。なんてカッコイイの、ジェニロペ。彼女が追うのは、アメリカ・メキシコ国境地帯で実際に起こっている連続女性暴行殺人事件なのだが、これが10年で数百件も起こっているという実話である。その背景には政治的・経済的に入り組んだ問題があるのだが、事態がここまで最悪になった理由のひとつには、ラテンアメリカ独特の男性優位主義がある。女性は男性にとって都合のいい役割に、いいように押し込められているのだ。

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ふと思ったのは、ラテン系を支持基盤に持つ彼女は、意識的にラテンアメリカの伝統的価値観に合う役を演じていたんじゃないかってこと。“ないものねだり”じゃなく“ないものねだられ”。もちろん人間は誰しも“ないものねだり”しちゃうもの。だが“あるもの”だってなかなかなものなのに、その価値には自分が一番気づいてない。この映画のカッコいいジェニロペは、“あるもの”の価値を、改めて教えてくれるのである。

(text / Shiho Atsumi )

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『ボーダータウン 報道されない殺人者』

監督・脚本:グレゴリー・ナヴァ
出演:ジェニファー・ロペス、アントニオ・バンデラス、マーティン・シーン他
配給:ザナドゥー
劇場情報:2008年10月18日(土)、シャンテシネほかにて、ロードショー
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