きつねと私の12か月
30歳前後になると、一人旅を始める女性が増える。特に私の周りにいるのが好奇心旺盛で行動的なマスコミ関係者が多いせいもあるが、そうでない友達もニューヨークだ、韓国だ、ミラノだ、キューバだと、「意外とへーき」とか言いながらポンポン飛び出してゆく。

もちろん一人旅は危険度も増す可能性が高いし、誰にでもオススメできるものじゃないが、そこには絶対にふたり以上では味わえない体験がある。「ひとりでいること」だ。『きつねと私の12ヶ月』は、美しいフレンチアルプスを舞台に、そんな一人旅を疑似体験できる作品かもしれない。

主人公の少女リラはある秋の日に森で見かけたふわふわキツネに一目惚れし、テトゥと名づけて森の中を捜し歩く。山の中腹の一軒家に住む彼女は、どうやら両親と暮らす一人っ子で、どこに行くにもいつもひとり。小なバッグで紙に包んだサンドウィッチを入れて、森の中をテクテク歩くのだが、ぜんぜん寂しそうな感じがしない。時々立ち止まって、胞子をふわふわ出しているキノコをポンポン叩いて遊んだり、風が動かす木々のざわめきに耳を澄ましたり、歌を歌いながら動物たちの足跡を追いかけたりして、至極楽しそうなのだ。「森を歩くこと」は好奇心ひとつで、その一言では収まりきらない体験になる。これが友達が一緒でおしゃべりでもしていたら、一言で語れる体験になってしまう。好奇心と感受性を総動員することで、「ひとりでいること」はものすごく楽しい経験になる。別に旅に限らず、日常の中でも同じだ。アンテナを張り、新しいものを見つけ、ひとりで行動する。これを面倒くさいと考えるか、新鮮と考えるか。そこが三十路の分かれ道である。

20代の頃は、「楽しいこと」を望めば誰かしら楽しませてくれ、それでそこそこ楽しめちゃったものだが、30代にもなればそうはいかない。楽しませてくれてるつもりの相手には気ばっかり使うことになり、真に楽しませてくれる人はほとんどいない。絶対に確実に自分を楽しませてくれる人がいるとすれば、それは自分しかない。友達の存在ももちろん大切、それはわかってる。

きつねと私の12か月

実はこの映画、リラとキツネの友情を描きながら、その部分にも触れている。でも見終わって私が思うのは、友達だって結局は自分とは違う人間で、一緒にいられる時もあればそうでない時もあるってこと。でもだからってそんな時に、ひとりでウジウジしてるなんてバカバカしい。お金だって時間だってないわけじゃない。「ひとりでいること」を楽しめたら、30代女性は無敵に楽しくなれるのだ。

(text / Shiho Atsumi) 

きつねと私の12か月

『きつねと私の12か月』 

監督・原作・脚本・脚色:リュック・ジャケ
出演:ベルティーユ・ノエル=ブルノー、イザベル・カレ、トマ・ラリベルトゥ
配給:松竹
劇場情報:2009年1月10日(土)より新宿ピカデリー、恵比寿ガーデンシネマ、丸の内ピカデリー他全国にてロードショー
© Bonne Pioche Productions-France 3 Cinema-2007