題名のない子守唄
どうしてもやらなければいけない仕事を「だってイヤなんだもん」的な理由でやらない人に出会うと、はー、なんだろねと思う。私だってそう思うことは年中だが、やらなければ誰もお金をくれず、お金がなければ食べられないという事実は私を許しちゃくれない。

この理屈で自分を丸め込める才能は、ある意味、私の弱点でもある。この原稿が締め切りを遅れているというのにこんな例を出すのは恐縮だが、原稿の締め切りをのらりくらりと先延ばしに出来ない。「入稿日は**日だから、それまでにこれこれこう作業もあるわけで、++日にはいただかないと困るんですよ」とプレッシャーをかけられると、律儀に守ってしまう。そこいくと開き直れる人は強い。そういう人に理屈とか常識をせつせつと言い含めても、最後には「だって書けないんだもん」とすべてをひっくり返されてしまう。理屈無用の人種は、かくも強い。良くも悪くも、その最たるものは母親だ。

映画の中に登場する“理屈無用の母親No.1”は、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のビョーク演じるシングルマザーだ。殺人罪で投獄され、弁護士費用にあてるはずの金を失明しつつある息子の手術費用にして、自分は甘んじて死刑を受け入れる。感動して泣いた観客と同じくらい、かんかんに怒った人がいた理由は、この母親が子供側の理屈をまったく無視しているからである。だが母親にとって子供は自分の一部だから、その理屈に頭が行かないのは当然なのだ。父のいない(もしくは日本の家庭のように父性の存在しない)家庭での母親の存在は、いわば中小企業の社長である。社会の掟も1人で生きる術も知らない子供たちを抱え、迷っていたら家庭の舵取りは出来ない。子持ちの友達のドーンと揺るがない自信と貫禄は、ここから滲み出す。

題名のない子守唄

いや、私だってこの年まで働いているんだから自信はないことはないが、何しろ彼女らは出産と言う修羅場を経験しているのだ。聞くところによれば、それは「鼻の穴からスイカを出すくらいの経験」らしい。もはや超常現象である。 さて実は今回紹介している映画は『題名のない子守唄』で、映画史上No.5くらいの独善的な母親が登場する。内容は面白くなくなるので書かないが、「母親の死」と「自分の失明」を子供に選ばせなかったビョークのように、この母親も愚かで懸命だ。「鼻からスイカ」を理屈としてありえないと感じる人なら、その理屈無用の強さに“負け”というより“感動”すら覚えるに違いない。 (text / Shiho Atsumi )

題名のない子守唄

『題名のない子守唄』

監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:クセニア・ラパポルト、アンヘラ・モリーナ、マルゲリータ・ブイ、クラウディア・ジェリーニほか
配給:ハピネット
劇場情報:2007年9月15日より、シネスイッチ銀座、新宿バルト9ほか全国順次公開!
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