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41歳の美しい陶芸教師と、教え子の15歳の少年の情事――まじめな道徳家なら「とんでもない!」と眉をひそめるにちがいない。ほかの職業ならばともかく、教師と教え子である。しかも教師は結婚していて子どももいる。

少年は品行方正のいい子というわけではないが、それでもナイーブで無防備なごくふつうの15歳だ。年上の女と少年の恋愛なんてきれいごとではおさまらない。女性教師が年齢や職業のタブーを破って、少年をたぶらかした、という見方がたぶん一般的だろう。しかし何がどうスキャンダルなのだろう? ただモラルに反しているというだけでなく、その関係が支配/被支配であるがゆえにスキャンダルなのだ、と作家は言う。

語り手は陶芸教師と同じ学校に勤める60歳前のベテラン女性教師、バーバラ。彼女が陶芸教師(シバという名前)からの告白を聞き書きする形でストーリーは進む。しかし最後のページまで読み終わったところで、読者は首をかしげる。

「さて、これは本当にスキャンダルなのか? もしかするとすべてはシバとバーバラの妄想なのではないか?」

少年と教師の関係だけでなく、バーバラとシバの関係もあやしい。バーバラはシバをひと目見たときから、彼女を自分の支配下において、意のままに操りたいという欲望を感じる。その感情をなんと呼べばいいのだろう? 恋心? それならシバと少年の情事も「恋」のはずだ。恋とは相手を支配したい、操りたい、という欲望の発露なのか?

本書はアメリカで実際に起こった事件をもとにしている。メアリ・ケイ・ルトーノー事件といわれたスキャンダルは、全米を騒がせた。ルトーノーは4人の子持ち。小学校で美術を教え始め、生徒の1人と関係を持ち、あろうことかその生徒の子どもを2人も身ごもったというのだ。作家は舞台をイギリスに移し、バーバラというもう1人の「支配者」を設定することで、恋における支配/被支配の関係と、それが生み出すスキャンダルに焦点をあてた。

あるスキャンダルの覚書

恋をしたときの複雑な感情と、相手との微妙な関係に新しい視点を与えてくれる小説である。読後は苦さが残る。だが、恋愛関係を正面から見据えるとき、甘いだけではないこういう醜い一面も見失ってはいけないのだ、と心しておきたい。

(text / motoko jitukawa)

『あるスキャンダルについての覚え書き』 ゾーイ・ヘラー著 栗原百代訳 ランダムハウス 講談社