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父親が誰か分からず、母親は麻薬中毒の売春婦で、ストリート・キッズとして路上で育ったニール・ケアリーが、11歳のときグレアムという探偵に拾われ、知恵、知識、体力と三拍子そろった一流探偵となって活躍するシリーズ4作目。

本書は実質的にシリーズをしめくくる作品でもある。

『ストリート・キッズ』でミステリー・ファンの前に鮮烈デビューをはたした探偵・ニール・ケアリーは、へらず口をたたくナマイキでナイーブな少年だった。グレアムとニールの義理の父子は、大物銀行家が作った秘密団体の特命を受けて働く探偵。ニールは、銀行の大手顧客から出される無理難題にこたえるべく、あるときは中国に、あるときはヨークシャーの荒野に、あるときはネヴァダの山中を走り回ってきた。一流でなければ、そしてストリート・キッズとして培ったたくましさがなければとっくの昔にお陀仏になっていただろうと思わせるほど、ニールは艱難辛苦を乗り越えてきたのだ。

だがシリーズ最後となったこの作品では、ニールは精神的にも肉体的にもどっしりと落ち着いた青年となっている。それもそのはず、愛しい恋人のカレンとネヴァダ州のドがつく田舎に引っ込んで、こむずかしい文学研究にいそしむ平穏な毎日だからだ。

ところがそこに育ての親である探偵のグレアムがやってくる。「じつに簡単な仕事」をたずさえて。人気バラエティ番組のホストでTVネットワークのオーナーであるジャック・ランディスが、秘書、ホリーからレイプ容疑で訴えられた。このスキャンダルをめぐって世間は大騒ぎ。ホリーはマスコミばかりでなく、ネットワークにからむ投資家、ランディスがかかわるマフィア、ポルノ雑誌の編集長までにしつこく狙われ、身を隠さざるを得なくなる。その身辺警備をグレアムはニールに頼んだのだ。

簡単な仕事のはずが、家の中に覆面をした殺し屋が飛び込んでくるわ、ランディスの妻が訪ねてくるわ、で大騒ぎ。さてニールはこの騒ぎにどのような決着をつけるのだろうか? そして彼自身はハッピーエンドを迎えられるのか?

『ウォーター・スライドをのぼれ』

最後の最後まで気が抜けず、テレビドラマを見ているような展開にきっと引き込まれるはず。本作でニールのファンになったら、ぜひ『ストリート・キッズ』も読んでみてほしい。

(text / motoko jitukawa)

『ウォーター・スライドをのぼれ』 ドン・ウィンズロウ著 東江一紀訳 創元推理文庫 価格: ¥1,029(税込)