cinema070530
日記は書いたことがない。小学生くらいの頃、親から「日記を書きなさい」とよく言われたものだが、続いたためしもない。新しいノートを開いて日付を書いて2、3行書いて、それが三日か四日、よくて1週間でオシマイ。

後に残るのは最初の数ページだけ使われたノートの山なのだが、これがまた再利用しにくくてイヤなのだ。ほとんど始めた瞬間に終った日記は、結婚式当日に捨てられた花嫁が着ていたウェディングドレスのようで、ケチがついている感じがする。それを忘れようと、まずは表紙を開いて日記部分をひっちゃぶくのだが、この時に見るその内容が、これまた情けない。その日の晩メシとか、起床時間とか、史上最高にどうでもいいことばかりである。

書き続ける秘訣は、映画『あるスキャンダルの覚え書き』にある。日記にハマっているオバチャン、バーバラの物語である。偏屈で孤独な彼女は、周囲からはケムたがられている厳格な教師だ。そんな彼女の前に現れたのが、新任の若く美しい美術教師シーバ。彼女に一目惚れし“生涯の親友”になりたいと願うバーバラは、多分にレズビアン的恋愛感情を孕みながら、日々彼女について日記に書き綴る。映画では、映像では事実を追い、ナレーションではバーバラが書いた日記を読み上げるのだが、この二つがだんだんとかけ離れていく。おお。日記の醍醐味はこれだったのだ。そこにあるのは現実とは違う、独断と偏見と超好き勝手な視点が生んだ別世界。誰がチェックするわけでもなし、面白いウソをバンバン書く、これである。クレイジーなファンタジーであればあるほど、書いている人間はハマるのだ。この映画のように、そこから抜け出せなくなるほどに。

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だがそんな風に書きたまった日記は、その後どうなるのかを考えると不安になる。10年前の文章の中にある自分の恐るべき幼さと身勝手さを、微笑ましいと笑えるほど大人になっている気がしない。恋愛なんて書いた日にゃ、その自己陶酔ぶりには穴があったら入りたくなるだろうし、お前なんでこんな男に入れあげてるんだと激しいツッコミをいれずにはいられないに違いない。かといって書き溜めた数十年へのケチな感傷があるばっかりに捨てられず、保存する場所がないから実家に置いていたら、年末の大掃除で親がそのページを開き……てな展開になったら入水自害するしかない。日記にハマらなくてよかったと、私は胸をなでおろすのである。 (text / shiho atusmi)

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『あるスキャンダルの覚え書き』

監督:リチャード・エアー
原作:ゾーイ・ヘラー
脚本:パトリック・マーバー
出演:ジュディ・デンチ / ケイト・ブランシェット /
ビル・ナイ/ アンドリュー・シンプソン / マイケル・マロニーほか
配給:20世紀フォックス映画
劇場情報:2007年6月2日(土)シャンテ シネほか全国順次ロードショー