ドア・イン・ザ・フロア
『ドア・イン・ザ・フロア』の主人公マリアンは、事故で2人の息子をいっぺんに亡くした母親だ。夫は事故とも彼女とも向き合うことを避け、彼女は悲しみと孤独にどっぷりと浸かっている。こう言うと映画はよっぽどヘビーに聞こえるが、ところどころにアッケラカンとした笑いさえ散りばめられている。

それがジョン・アーヴィング原作の特徴だ。『ホテル・ニューハンプシャー』『ガープの世界』『サイモン・バーチ』など、かれの作品の登場人物たちは誰も彼もひどく傷ついているが、悲しみだけに終わることはない。

もちろん『ドア・イン・ザ・フロア』も例外ではない。マリアンは小説家である夫の助手、高校生のエディと寝ることで再生してゆく。人生の歓びを知らないまま死んだであろう息子たちが不憫でならない彼女の気持ちは、息子に良く似た顔のエディ(もちろんこちらも童貞)と関係することで浄化されてゆく。こういうある種の背徳さえも、アーヴィングは許してしまう。道徳的な正しさが人間を押しつぶすなら、たとえそれが不道徳な行為でも彼は人間を救う。正しいばかりが愛とは限らず、愛ばかりが正しいとは限らない。救ってくれる愛がなければ、愛でなくてもかまわない。

ドア・イン・ザ・フロア

アーヴィングの映画を見るとき、私はいつも思うのだ。ホントに辛いときは、法さえ犯さなければなんでもアリだな、と。愛じゃなく、代替品(趣味に仕事に情事に食べ物)もぜんぜんOKだと思う。とにかく前向きに生きることこそ、美しいのである。

うっとおしいのは、「そんなもので心の隙間を埋めるなんて、寂しくないですか?」とか言う“道徳ちゃん”、ガキという名の敵だ。だが臆せず胸を張る。人生は善悪、白黒の二元論で生きられるほど甘くはないと、彼女ら/彼らもいつかは知る日がやってくる。そのときに笑ってやればいいのである。 (text / Shiho Atsumi)

ドア・イン・ザ・フロア

『ドア・イン・ザ・フロア』

監督:トッド・ウィリアムズ
出演:キム・ベイシンガー、ジェフ・ブリッジスほか
配給:日本ヘラルド映画
劇場情報:10月より恵比寿ガーデンシネマほか全国にて公開
(C)配給:ヘラルド映画