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「アンファン・テリブル」……かつてそう呼ばれたイギリスの異端児、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)。彼は常に何を見て、何を感じ、どう自分のオリジナリティにアイデアを落とし込もうとしているのか。

彼の作風は常にエモーショナルで破壊的でもあり、見る者を一瞬にして彼独自の叙情詩に誘う力を宿している。

アレキサンダー・マックイーン,Alexander McQueen2010年SSコレクションでは、ニック・ナイト率いるSHOWstudio.comとのコラボレーションによる初のオンライン生中継が注目を集めた。左右二台のレール上を行き来するモーションカメラがモデルや観客をLEDスクリーンに映し出し、さらにシーズンを象徴するイメージヴィジュアルもミックスされたリアル・ランウェイが同じ日、同じ時刻に世界同時発信されたわけだ。そこには、限られた人々に対して行われるこのイベントを垣根なくもっと多くの人に見てもらいたい、という彼のメッセージが秘められていた。たびたび“テアトリカル”と形容されるマックイーンのショー演出。毎回劇場のような舞台装置が話題で、過去にはケイト・モスのホログラム映像や冬の荒野を暴風に逆らって歩く冨永愛など……壮大かつスリリングなストーリー展開は、彼が世界に名を知らしめるのに一役買ったといっても過言ではない。

ロマンティックとコンテンポラリー、この二面性をあわせもつデザインに演劇的要素を取り入れたショー、加えて過去には挑発的な発言も。まるで時代に噛みつくようなクリエーションをいとも簡単に、そして美しくやってのける彼の頭のなかを一体誰が想像できるというのだろう?

アレキサンダー・マックイーン,Alexander McQueenマックイーンの既成概念に囚われない創造力は、その生い立ちに端を発するようだ。1969年に生を受けた彼は、当時労働者階級が過半数を占めていたロンドン東部で子ども時代を過ごした。6人兄弟の末っ子で、父はタクシードライバーだったという。生まれつきファッションの世界に身をおいていたわけではない彼にとって、この華やかで、ある意味恐ろしい未知の分野で生きるための処世術の体得は、まずサヴィル・ローでのキャリア・トレーニングからはじまった。アンダーソン・アンド・シェパード、ギーヴス・アンド・ホークスでテーラリングの基礎を学んだマックイーンだが、どんなに奇抜なデザインでも最後に端整な仕立てができあがるのは、このビスポークメンズウェアの精巧さを踏襲しているから。その後は、劇場用コスチュームを手がけるエンジェルス・アンド・バーマンス、同じくイギリスのテーラリングをベースにするタツノ・コージ、さらにミラノでロメオ・ジリのデザインアシスタントを1年つとめた後、1994年にロンドンに戻りセントマーティンズでファッションデザインの修士を終えることになる。このセントマーティンズでの経験が彼に大きな転機を与えたことはあまりにも有名だ。当時『VOGUE UK』のエディターだった、今は亡きイザベラ・ブロウがいち早く彼の才能に目をつけ、卒業コレクションをすべて買い取ったのだ。彼らはその後もエキセントリックな友人関係を保ち、ブロウは非公式の広報担当としてマックイーンのプロモーションに力を注いだ。

(写真右)プレコレクションより。 上左:ニットマルチボーダーワンピース¥82,950※参考色 上右:ペインティングワンピース¥175,350 下:バッグ¥190,050

そして1996年。再びマックイーンの元に転機が訪れる。パリからかかってきた電話の内容は「ジバンシィ」のチーフ・デザイナーにならないか、という打診だった。若干27歳の若者がパリ・オートクチュールメゾンの舵を握る……しかも「インスピレーションはすべてセックスから」など皮肉めいた遠慮会釈のない物言いで知られるイーストエンドの悪ガキが。当然メディアの間で話題騒然になったわけだが、一番驚いたのは当の本人だろう。そして、最初に手がけたオートクチュールコレクションは酷評を受けた。とはいえ、以後フランスのファッション業界にも多いに受入れられるようになり、やがて「ジバンシィ」で培った経験がビジネス面でも頭角を現すことに。2001年にグッチグループに移籍したマックイーンは、以後自身のブランド(メンズ&レディスのコレクションライン以外にプレコレクションやMcQ、またPUMAやサムソナイトとのコラボレーションなども)に注力するようになった。ちなみにMcQはコレクションラインのイメージを受け継ぎつつも、ウァアラブルなデザイン、小柄な日本人に合わせたサイズ展開などが好評。また、昨年発表されたばかりの新バッグ“フェイスフル”も個性を重視するファッショニスタの注目を集めている。

アレキサンダー・マックイーン,Alexander McQueenそれでは、先述の2010SSコレクションに話を戻そう。美しくもどこか生々しいショッキングな世界のテーマは“プラトンのアトランティス”。人類は種の起源となった海に回帰する、という壮大なイメージのもと、その進化過程を独創的なプリントと卓越したカッティングで表現した。ハ虫類や昆虫、バラのカモフラージュ柄など自然界に生息する生き物から、やがてクラゲのような水色の水中生物、そしてクライマックスにはフューチャリスティックで非現実的な半透明の深海生物へとストーリーは進んでいく。マックイーンが得意とするエッジィな肩にウエストをシェイプした構築的シルエットは健在なものの、エイに着想を得たフォルムやウロコのようなメタル、サンゴ礁のようなラッフルといった素材使いにも注目したい。また、靴も一度見たらきっと忘れることはできないだろう。30cmはヒールがあろうかと思われるアルマジロ風シューズを筆頭に、タイタニック号が沈没した際に海底から引き上げられた金属パーツをイメージしたショートブーツ、『エイリアン』のデザインで知られるH.R.ギーガーにインスパイアされたスカル、爪、骨を象ったパンプスなど、どれもが恐ろしいほどの迫力に満ちている。マックイーンにとって、メインのコレクションはあくまで自身のクリエイティヴィティの高みの追求だという。次は一体どんなテーマを引っさげて私たちの度肝を抜いてくれるのか。色彩やプロポーション、形状、カッティング、バランス。すべてにおいて遺伝子にその才能が組み込まれたデザイナーの挑戦はこれからもきっと続くに違いない。 (左写真)2010SSコレクションの舞台。左右両側のレール上にはモーションカメラが。

text / Yoko Kondo
*2010年2月11日、Lee Alexander McQUEEN氏は他界しました。その偉業が永遠に語り継がれることを信じるとともに、ご冥福をお祈り致します。

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