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服やバッグ、ストールや帽子―。ファッションアイテムを買うとき、決め手になるのは何だろうか。デザイン性はもちろんのこと、色や質感といった素材の持つ感触も、極めて大きな決め手になるはずだ。つまり、デザインとともに、ファッションの印象を大きく左右するのがテキスタイル。 テキスタイルデザイナーは、ファッションアイテムには欠かすことの出来ない、生地という基礎を作り上げる創造主だ。

グリデカナ 現在、誰もが知る世界的な有名メゾン、高級アパレルブランドなどはじめとする国内外のマーケットに生地を提供する梶原加奈子さんは、日本を代表する若手テキスタイルデザイナーの一人。自らが生まれ育った北海道の自然をインスパイアの源に、日本の各産地とコラボレーションを行いながら、日本が持つさまざまな織物技術を応用した創造性溢れる生地を産み出し続けている。

1998年に多摩美術大学デザイン学部染織科を卒業した後、イッセイ ミヤケに入社。me ISSEY MIYAKEのプリントデザインなどを担当し、2001年にはテキスタイルデザインをより深く探求するために渡英。Royal College of Artでテキスタイルに関わるデザイン、プロデュース、ビジネス展開についてのすべてを学び、テキスタイルのプロになるスキルを学んだ。

「ヨーロッパでは、トレンドは生地から生まれるんです。社会的な背景をもとに、人々がこういうものを手に取るだろうという発想が生まれ、そこから、こんな素材感、こんなスタイルが好まれるようになるだろうという傾向が生まれるんです。そこから商品開発が始まります。でも、日本にはなかなかそういう発想がないんです。日本には素晴らしい技術があり、それを駆使して素材メーカーが素敵な生地を作るので、海外、特にヨーロッパで高い評価を受けています。皆さんがご存知の高級ブランドが主な取引先ですね。でも、そういったトレンドが日本に戻ってくるまでには時間がかかってしまうんです」

最先端のファッショントレンドが、生地という形でこの日本で産声をあげてはいるものの、それが高級ブランドなどで商品となり、確実に“流行”にならない限り、日本では製品化されないのだという。そうなると、どうしても消費者の手元に届くのに時間がかかってしまう。さらに、日本にある各産地がどんなに素晴らしい素材を生み出していても、生地というスタイルのままでは、消費者が手に取る機会はなかなか生まれないというのも現状だ。 「取引先は、生地問屋かアパレルがほとんど。そうなると素晴らしい技術があって、素敵なものが多くあるのに、日本人に直接届かない。それをとても残念に思っていたんです」

グリデカナ そこで、小物やインテリアなど、プロダクトデザインの分野でも多くのブランドと様々なコラボレーションを行ってきた梶原さんは、経験を活かし、テキスタイル発信のオリジナルブランド「グリデカナ」をスタートさせることに。 「テキスタイルには、糸、加工技術、それらをミックスさせる楽しさがあります。その組み合わせは無限。全く新しいオリジナルの生地開発も行いつつ、そこで発見した事を活かして製品化していきたい。それがテキスタイル発信ブランドの強みになると思いますから」

(写真右)1枚の布が、まるで2枚の布を合わせているかのように、裏表では全く違う模様や色ができあがる不思議なリバーシブルテキスタイル「カメレオンジャガード」。一重折のシングルジャガードはリバーシブルバッグに。¥16,800(税込)

梶原さんが言うように、生地の仕事で培った経験、知識によって、実際にグリデカナでは、他にはない新発想の商品も生まれている。例えば、「カメレオン ジャガード」。多重織りジャガードで4枚のレイヤーをつくり、そのレイヤーをめくると、全く違う色やパターンが現れる不思議なジャガードだ。レイヤーは無縫製で、織の組織によってすべてがつながっている。2005年には、この作品で英国の新人テキスタイルデザイナーの登竜門、TEXPRINT2005のコンペBreaking New Ground部門にて、日本人初の1位を受賞。これを機に、世界的に注目を集めることになった。世界が注目し、認めたその不思議で新しい発想からは、リバーシブルのバッグ、ストール、マルチカバーなどが生まれている。実は、「カメレオン ジャガード」は、彼女のものづくりにおける原風景を知る手がかりでもある。

「子供のとき、北海道の自然の中で植物や虫、生き物などを見て、なぜそんな色や光を持っているんだろうと思っていたんです。そこから色に魅了されはじめ、やがてテキスタイルの世界へ。特に葉や木の幹、苔など自然の表層にも興味を持っていて、そういったものの質感が大好き。自然の表層というのが常に創作のコンセプトとなっています。自然が教えてくれる香り、テクスチャー、色のミックス感などは、インスピレーションを与えてくれますね。もうひとつ、表層という意味で、カメレオンにも興味を持っていました。そこで、さまざまなリサーチを行い、彼らが持つ環境適応能力について調べました。何でも突き詰めるタイプなもので(笑)。カメレオンは環境に適応するために柄や色を変えますよね。人にはそういった皮膚はないけれど、感情や環境に合わせて変わっていくと生きやすくなる。そのために表層に服やファッションアイテムをまとうのではないか。そんなところから、私のものづくりの発想は生まれているんです」

グリデカナ 時代を切り開いていく彼女だが、それを支えているのは、大いなる自然。実際に、今も活動の拠点としている北海道には、実際に彼女にインスピレーションを与え続ける“アイディアの森”があるという。

「故郷、北海道にあるお気に入りの場所を、グリデカナのイメージビジュアルにしてもらいました。仕事で、さまざまなブランドから依頼を受けてデザインする場合は、そのブランドイメージに同調することを第一に考えますが、自分のブランドでは、自分らしいメッセージが明確に、オープンに込められるのが嬉しいですね。ですから、技術者の一生懸命さ、優れた技術が消費者にダイレクトにはなかなか伝わりにくい現状の中で、より伝わりやすいものにしていきたいと思っています。自分は技術者たちの通訳だと思っていますから」

(写真左)世界にたったひとつのテキスタイルから生まれた、グリデカナの想いがつまった“ALL FOR ONE” BAG(オール フォー ワン バッグ)。¥14,700(税込)

そんな彼女の思いが詰まった代表的な商品が、「“ALL FOR ONE”BAG」。機織の際にできてしまう生地の耳、染める際にマスキングに使った布、少し傷がついたために規格外に成ってしまった布。これまでは、捨てられる運命だった布たちを集めて、世界にたった一つだけのテキスタイルを作り、そこからバッグを作った。商品作りのために日本のテキスタイル産地をめぐっていた際、端切れとして捨てられていたテキスタイルの美しさに心を奪われた梶原さんが、それらに再び命を与えることはできないかと考えたことから生まれたという美しき再生のカタチだ。 「自然や環境を配慮するという意味もこめていますが、廃棄される運命にあった美しいものたちに活躍してもらうことで、世界にひとつしかないテキスタイルを愛しいと思ってもらえたら。さらにそこから、テキスタイルというクリエーションの世界に興味を持ってもらえたら嬉しいですね。私の使命は、いかに人々の思いをつなげるか。そして、それをいかに人々に届けるか。そんな私の気持ちがひとつになったバッグです」

“テキスタイルの世界を、創造する人、マニファクチュールする人、志す人、愛する人、すべての人が集う森のような存在でありたい”。これがブランドのコンセプト。

「将来は、顧客にもオリジナルの布を自由に見て触っていただいて、ご希望の商品をカスタマイズできる場=“クリエーションの森”も設けたいと思っています。訪れた方にわくわくしていただけるようなそんな場所にできたら」

彼女は、自らが表現するテキスタイルを“Moving Textile”と呼ぶ。立体的で、どこか優しく人を包むグリデカナの布たち。それらは、彼女にとって布という領域を超え、森の中で息づくさまざまな生命体のように大きな可能性に満ちた存在なのだろう。 私たちが、グリデカナの森に足を踏み入れ、それらを発見する喜びに出会えるのももうすぐ。2010年秋には第一号店がオープンする予定だ。

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