Vol.3 YUZEN LEATHER 豚の革の友禅/レザー・大阪

テキスタイルデザイナー、梶原加奈子さんが手がける生地は、布だけにとどまらない。オリジナリティ豊かで、日本のものづくり精神が感じられるものは、すべて彼女のキャンバスとなる。 大阪市生野で生まれる"ユウゼン レザー"も、彼女にインスピレーションを与える存在だ。これは、世界でも革友禅工房(株式会社タケグチ)の竹口昌昭さんだけが作り出すことの出来る唯一無二の素材。豚の革に友禅染を施しているのだが、素材を蒸したときに起きる革の収縮を利用して、柄にぽこぽことした可愛らしい凹凸感を与え、見事な立体感を醸し出すのだ。革友禅自体は他にも工房があるのだが、この独特の立体感こそ、竹口さんだけに出来る技。凹凸は薬品を使って作り出すのだが、「詳しいことは企業秘密」と笑う。さらには、発色の美しさと、色落ち、色移りしない高い技術が、梶原さんの生み出す独特の色味と色合わせを、最高の状態で実現させている。

「友禅染は絹に施すもの。その友禅技法を踏まえて染めるのが革友禅です。でも、通常の革友禅では、この凹凸感がないんです。うちの革友禅は、立体感と肌触りが独特。梶原さんとのお付き合いを機に、国内をはじめ海外からも問い合わせが増えました」と竹口さん。一色一色、染料を配合して一から色を作り出し、革に色を乗せ、色のついた革を乾かす。これを色の数だけ繰りかえし、版を重ねていくことで色味を増やしていく。それは、版画に色と奥行きを与えていく過程にとても似ている。こうしてすべての色を重ねた革がすっかり乾いたら、それを蒸して色を定着させ、その後、丁寧に3度洗浄し、色落ちがないことを確認したら完成だ。

革の部位による縮みの違い、季節や気温、湿気などにより色の出方が違うなど、苦労が多いが、最も大変なのが色出しなのだそうだ。
「色を決めるときは命がけ。どう出てくるかわからないんです。蒸して、洗浄して、乾かして。その3つの過程で、それぞれどんな色が出てくるかを正確に想像するのが難しい。だから、初めての色と柄に挑むときは、まず最後までやってみる。その繰り返しで、完成させていくんです」

色味はもちろん、凹凸感についても、部位や気候によっても縮み具合が変わってくる。
それについて梶原さんは「ぜひ手作り感を楽しんで欲しい」と話す。「店頭で、職人さんがどのように作っているかを説明するんです。そうして、独特の風合い、色むらなど、使い込んだ感じなどを楽しんでもらい、お客さま自身にお好きな質感、色味などを選んでもらう。一つ一つの違いを喜んでくださる方も多いですね。男性にも人気です。実は革だけ欲しいという方も多いので、革だけでもお譲りすることにしたんです」

同じ商品の中にも、お気に入りの表情を持った自分だけのアイテムが見つけられるというのも、手染めならではの喜びだ。
「色もツヤも同じという一律のものが欲しければ、ビニール製品を買えばいい。私は皆さんにそういうんですよ」と竹口さん。そんな頑固さが、梶原さんのクリエイティビティと呼応する。

竹口さんはオリジナルの柄を自らデザインしながら、革友禅を創り上げてきた職人。そのクリエイティビティにも定評があるのだが、梶原さんとの出会いのきっかけとなったのが、世界に一着だけのアニマル柄革友禅ジャケットだった。

「これは凄いと思いました。オリジナルの革友禅を初めて見たとき、質感、凹凸感、発色に一目惚れしたんです。色落ちしないように洗浄かけているので、ヴィンテージ感、温もりも感じられて、それが心に引っかかりを作っているんだと思います。実は、竹口さんの革友禅の技術を『グリデカナ』でも用いたいと言ったとき、反対する人達もいたんです。私ひとりが熱くなっていたので、周りには否定する人も出てきたんです。だから、他にこんなものもありますよといろいろ他の候補も見せられました。でも、私はどうしても竹口さんにお願いしたかったんです。この革友禅を残したいという想いもあって、どうしてもこれなんですと言い続けました」。私はしつこいんですよ、と続ける梶原さんの横で、「ものづくりをしていると、どうしてもしつこく、理屈っぽくなるよ」と竹口さんが笑う。「これまで関わった人の中で、梶原さんほど熱くなってくれた人はいなかった。一生懸命な人を見れば、こちらだって、本腰が入るよね」

こうして、梶原さんの情熱と、竹口さんの気持ちが共鳴し、『グリデカナ』オリジナルのテキスタイル、"ユウゼン レザー"が誕生。

「もともと私は、バッグや財布などを作っていた工房の3代目。素材の染めは京都に依頼していたんです。でも、その工房の職人さんが緑内障にかかってしまって、色の感覚が分からなくなったから、君がやらないかと言われたのが染めをはじめたきっかけです。染めについては近くで見ていたものの、手取り足取り技術を教えられたわけでなかったので、ひとりで研究を始めたんです。そのときは、つるんとした質感を出そうとしていたんですが、ぼこぼこと凹凸が出来てしまって。ところが、それを"おもしろい"と言ってくれる人がいて。

じゃあ、作ってみようと思うったんですが、今度はそれができない。成功ばかりを求めていたので、なぜ失敗したかがわからないんです。失敗が再現できなくて、何度もテストし続けてやっと見つけたのが今の技法です」

『グリデカナ』で会える"ユウゼン レザー"は、20年をかけて確立された竹口さんだけの技術であると同時に、失敗から生まれた"宝物"だったのだ。だが、一代で確立された唯一無二の技術は、日本が世界に誇れるものであるにも関わらず、ほんの少し前までは消え行く運命にあった。梶原さんと出会うまでは。
「梶原さんが見つけてくれたので、夢も希望もある。今では、この技術を廃れさせないよう、継承してくれる人がいれば誰にでも教えますよ」

現在、東京から戻った息子の竹口振一郎さんが4代目として修行中を始めたばかり。
竹口さんを取り巻く環境は、梶原さんとの出会いによって確実に変化している。今、これまで以上に活躍の場を広げる竹口さんに、ものづくりの信条を伺うと「手を抜かない。気を抜かない」ときっぱり。長年にわたり決して変わることのない職人らしい頑固さが、今日も梶原さんのクリエーションと、『グリデカナ』を支えている。