Vol.4 HEAL DYEING自然素材で染める/染め・千駄ヶ谷

えもいわれぬ優しい色合いと風合いの草木染め。色だけでなく、自然素材が持つエネルギーまでをも生地に染めこんでいるかのような優しさが魅力だ。天然染料の歴史は約5000年。だが、150年ほど前に化学染料が発明されると、それに取って代わられ、一部のアーティストが継承するものとなっている。 ところが、そんな天然染色を、独自の手法で進化させ、可能性の幅を大きく広げているのが、東京にオフィスを構える株式会社シオンテックだ。知人からこの会社を紹介された梶原加奈子さんは、高い技術はもちろん、菱川恵佑社長が持つものづくり理念、ひいては精神論にも魅了され、すぐにオリジナルブランド『グリデカナ』とのコラボレーションをスタートさせた。

「この染色技術を使った素材に触れると、自然と触れ合っているときのフレッシュ感、精神的な安らぎや喜びを感じるんです」と梶原さん。そんな実感から、シオンテックで染められたテキスタイルは"ヒールダイイング"と名付けられた。同社で染料として使われるのは、植物の葉や花、果物はもちろん、鉱物やホメオパシーまで。自然素材は固有のパワーを持っており、自然染料にもその力が備わっているという研究もあるという。実際に、ヒールダイイングに触れると、癒されたり優しい気持ちになったりする人も多い。それこそ、自然素材が持つ力だ。

化学染料でバラの色を表現したとしても、それはあくまでも"IMAGE"に過ぎない。だが、天然染料の場合、バラそのものから染料を抽出するため、それは"FACT"であるというのがシオンテックの考え方だ。「染料は単に色を出すだけのものではなく、人に安らぎを与えたり、価値のある物語を伝えることのできるもの」と菱川社長。使う人の好きな食べ物や趣味にまつわる物で染めていくことも可能で、「染色は大切な価値を作り出すことのできる技術」とも話す。そうすることで、物にストーリー性や付加価値を与えていくことができる。人に安らぎを与えたり、価値のある物語を伝えることのできるもの」と菱川社長。使う人の好きな食べ物や趣味にまつわる物で染めていくことも可能で、「染色は大切な価値を作り出すことのできる技術」とも話す。そうすることで、物にストーリー性や付加価値を与えていくことができる。そんな確信を胸に、新しい発想と技術で染料を作成したのだ。色素の定着に金属系の定着剤を使わず、環境に配慮したカオチンバインダーと呼ばれる定着剤を使用したオリジナル技法で堅牢性を実現。

これまでの草木染めの弱点を克服し、色が付きやすく、離れにくく、色褪せしにくいため、染色の幅を大いに広げていった。「藍や茜など昔ながらの染物は考えていない」と菱川社長。「求められる色も素材も、時代によって変わっていきます。花で染めたい、果実で染めたいなど、いろいろな要望があります。ですから、お客様それぞれに合う対応型の技術が必要なんです」。例えば、梶原さんからこんな色を出したいというイメージが届くとする。すると、そのイメージに沿うオリジナルカラーが出せる素材を探し、時間をかけて色出ししていくのだ。「商品に付加価値を添えるお手伝いをしていくのが私たちの役目ですね」

シオンテックが持つ天然素材は400~500種類。常にアンテナを張り、面白い植物や石があると聞けば手に入れる。必要とあれば、世界の果てまで出かけていく。その様子は、さながら"天然染料ハンター"だ。そんな菱川社長だが、以前は、繊維業界の中でも最先端とされる、ハイテク技術を用いたスポーツウェアの開発に携わっていた。だが、品質だけでなく、コスト削減、納期厳守を求められるストレスフルな環境で、もっとじっくりものづくりに向き合いたいとクリエイターとしての反発心を芽生えさせたのだという。

「そんなときに、とある本に出会ったんです。そこには東洋思想の陰陽説について書かれていました。陰と陽が自然の秩序を守っていて、陽である動物は、陰である植物に生かされていると。陰は、隠れて陽を生かしているんです。ですから、人間が幸せになる鍵は、陰の植物にあると思い至り、いつしか植物の成分を繊維につけたいと思うようになりました。コストのことばかり言うメーカーに嫌気がさして、フラストレーションがたまり、何千種類にも及ぶ毛糸を、草木染で染め上げることに没頭した時期がありました」

この時の経験が、シオンテックの基礎となっている。サラリーマン時代の苦労から、菱川社長は、多くのデザイナーが直面する問題にも心を痛めている。

「新しい価値を築いていくのには時間がかかる。それを自分も周りも我慢できるか、できないかで大きく違ってくる。クリエイションを個人的に続けることは簡単でしょう。でも、時代のマーケットの中で続けていくのは本当に難しい。だからこそ、社会の中で続けていく勇気をもって、信念を曲げないでいてほしいんです。クリエイターは敏感で繊細ですから、傷つきやすい。それを守れるような環境が必要なんです」。失敗しても、見守る環境が日本にはなかなかないが、クリエイターにはそれが大切なのだと社長は熱く語る。「失敗から得る知識は大きい。世界で一番失敗している私が言うんですから間違いないですよ(笑)」

コスト、売れ行きなどに委縮するクリエイターたちにとって、「この技術は自由に選んでもらえる武器になりたい。クリエイションの夢をつくりたい」と話す菱川社長。見えないところでクリエイターを支える自らを、 "陰"の植物と重ねわせているかもしれない。「この技術は、イメージを実現していくためのもの。私はイメージを実現させるためのサポーターなんです。クリエイティブを大切にしなければいけない。自由に、本当の力を発揮できるようにするためには、味方が必要になる。技術者もその一人です」。

徹底して、クリエイターを支える存在であり続けるために、菱川社長は染色の知識だけでなく、自分が人生を通して得てきた様々な知識を惜しみなく提供する。梶原さんは、「まるで人生の相談相手のよう」だとも言い、「なぜ、言葉にしないことまでわかっていただけるのか不思議で」と首を傾げながら、よき理解者に恵まれたことを心から喜んでいる。

「梶原さんはきちんと時代を感じ取っている数少ないクリエイターですよ。時代を反映した不安や喜びといった気持ち、自分の心を分析できる。人が求めるものを、トレンドが現れる前に察知する感覚を持っている。そういうデザイナーは少ない。みな、売れるか売れないかという視点でトレンドを見ているだけ。でも、一緒にやればこわくない的な発想を打ち破っていくところにクリエイションの意味がある。それができるのが本当のクリエイター。私はクリエイターが大好き。だから、梶原さんが好きなんです」

誰もが知る世界的高級ブランドとも多くの取引があるシオンテックだが、菱川社長はどこまでも謙虚だ。「技術はそれだけではだめ。生かしてもらう人に出会えなければいけない」。その言葉には、梶原さんという才能への深い愛情、そしてクリエイションへの深い愛情が垣間見える。まさに、「テキスタイルには色だけでなく、目に見えない愛を入れ込むことをしてもいいと思うんです。それがきっとお客様に伝わると思います」と話し、ものづくりに関わるすべての人の愛情を商品に込めようとする梶原さんとの出会いは運命的だったといえるだろう。

そんな目に見えない愛情がたっぷり込められたヒールダインング。最新の2012年春夏コレクションでは、ごま、ぶどう、いちごの果汁を絞り、驚くほどジューシーで鮮やかな色合いのストールを完成させた。肌に合わせると、感触、色ともに、肌へのなじみの良さが化学染料のものとは明らかに違うことがわかる。「化学染料は1つの構造でできているため、光の反射が均一できめ細かい。ヒールダインングでは、1色の中に200種類もの変化する色素が入っているため、光が乱反射するんです」と菱川社長。天然染料には、人が安心し、心からリラックスできる要素を備えているのではないかとも言われているという。

現在『グリデカナ』では、ヒールダインングがタオルとストールに採用されている。
「ほかのアイテムにも広げていきたいですね。これまでは色から入っていたけれど、シオンテックの技術に出会ってそれを理解するうちに、植物を主役にして商品づくりをすることもできるなと思うように。少しずつ大切に育てていきたいですね」

『グリデカナ』のものづくりについて語る際、梶原さんはよく「身に着けることで満足感があるものを」と言う。四季があり、美しい自然が季節によってさまざまな表情を見せてくれる地球。この星が持つ色を愛情深く纏うことも、きっとそんな満足感へと続く道なのだろう。