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パリのギャラリー & ショールーム、オットゥ・デフィニションでは、ヨーロッパと日本のキッチンツール200点を、展示会「デザインとキッチン」のもとに集結させた。ギャラリーのオーナー サビンヌ・ソテールは、日常からモノをハンティングする、「好き」を職業に生かした女性の一人である。10年ほど前から、世界の著名デザイナーや建築家によるプロダクト・デザインを、アマチュアやコレクターそして、一般人のために紹介している。

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2013-05-28_174151 2013-05-28_174250後1時になると開くギャラリーの扉。 「ここは、いつからオープンしたのですか?」と、遠慮がちにドアを押しながら入ってくる客がいる。この客は、ただ知らないのではない。

サビンヌは、数年間、ウィンドウをショーケースにした展示会を開催しており、扉は閉ざされていた。今年1月に開放されたギャラリー空間では、モノグラフィーやテーマの切り口で展示会を開催する。 「高価な商品ばかりが並んでいるので、目の保養にはいいのですけれど、懐のほうが…」と正直に、客は言う。事実、著名デザイナーのサインが入るだけで、商品の価格は一挙に吊り上がる。それが妥当かどうかを問うつもりはないが、消費者の立場になってみると、なぜ同じ機能を果たす商品が、かたや二桁でもう片方は三桁のユーロ価格なのだろうと思うのは当然のことであろう。

今年最後の展示会「デザインとキッチン」展では、卓越したデザインもさることながら、普段使いに勝手が良く、中には、匿名商品でありながらも、機能美を備えた道具に焦点を当てている。「予算に応じた、デザインの楽しみ方はある」とサビンヌは言う。これは、デザインがエリートたちの間だけで翻弄されるのではなく、販売する立場としても市場に、よりデザインを普及させる努力が必要であることを意味している。サビンヌのデザインに対する情熱は、コレクターのように希少商品や限定商品のみを扱うのではなく、ましてや投資家のように市場価格が吊り上る様を楽しむことではない。工業デザインにみる手頃な価格で質の高い商品から、職人がこつこつと作り上げる工芸の力も汲み取り、モノの価値を見出すことに専念する。


2013-05-28_1747452013-05-28_174331ッチン」というテーマは、社会格差の境界線を乗り越え、人々の関心に応えるには絶好である。 料理は人類に共通しているので、文化や風習が異なろうと、毎日の生活に欠かすことはできない。プロの料理業界を考察すると、メーカーや生産者の国籍を問わず、特に刃物などの道具や調理器具が厨房でますます使用されている。調味料にも境界線がなくなりつつあることも、昨今の食文化の豊かさから理解できるであろう。 料理は、誰かのためにつくり、それを分かち合うために共に一時を過ごすための貴重な口実である。

さきほどの客は、陳列された道具を見ながら、「これは、何ですか?」とたずねる。手動コーヒーミルのように見えるチーズ削り機に、驚きながらも発見した喜びを見せて、既に次の商品へと目は泳いでいる。サビンヌは、関心を抱く客の気持ちを読み取りながら、適当な距離を置いて、商品を堪能できる時間と空間を提供する。

切る、混ぜる、測る、割る、摺る、焼く、煮る…といった動作をサポートして機能する道具が、テーマ毎に展示されているのも、あえて、デザイナーや生産者にクローズアップしたプロモーション的な切り口を避けた証しだ。
生みの親が、エンゾ・マリ、ジャスパー・モリソン、エトレ・ソトゥサス、フィリップ・スタルク、柳宗里、深澤直人というデザイン界を切り開いたビッグ・ネームであろうと、卓越した道具たちには、みな同じ条件が与えられている。

2013-05-28_1744102013-05-28_174517ビンヌは、20年ほどの時間を隔てて日本を訪問した。その2度目が今夏であった。「時代を経ても、日本には伝統を心から大切にする姿勢と、最先端の技術を取り入れる凄さを感じる」と言う。

「柳宗悦と柳宗里に代表される業は、まさに工芸、デザインをあらゆる観点から、生産過程での生産者の立場をも汲み取り、エンドユーザーがその機能を見出し、さらに美が、和やかな悦びを運んでくれる。それこそが、ユニヴァーサルなラインの上に、モノが置かれて評価されることである。」

東京と京都をくまなく歩き、自分の目で確かめることを厭わないサビンヌ。合羽橋の道具店でも、京都の老舗金網店でも姿を見かけた。

「今展を開催することが可能なのは、これらのモノを生産してきた人々のノウハウとたゆまないその努力のお陰である」と、デザイナーへのいたわりは尽きることがない。
「デザイナーの国籍を問わず、生産する工場やメーカーは、今日では国際色豊かです。こうした背景が、まさしくデザインを育んでいく大切な舞台となり、さらにエコロジーや人間工学という課題のもとに考えられていることに気づかされます」

一滴たらすだけで、香ばしさを増す100%天然の調理用エッセンス・オイルや天然色で大地と海の色彩を再現したパスタなど、本+食材+道具をワンセットにしたキットも、サビンヌからのお勧めである。後にワインクーラーとしても使用できるアイス・バッグという透明ビニールバッグの中につまった、この小さなフランス食文化は、季節に相応しい。伝統を重んじた手法で生産された酢、醤油、みりんなど、一部日本の食材も厳選された。

ウインドウ越しに眺められ、見染められ、各家庭の「キッチン」で、また新しい生活をともに過ごしていく道具たち。やはり、人々の心に応じて、モノにも生命が宿っているのだと感じる。ギャラリーは、パッサージュ・ドゥ・グラン・セールという道と道を結び、お洒落な店舗が隣接する屋根付きの回廊の中に位置する。セールとは、フランス語でトナカイの意味。サンタも知る「デザイン」アドレスであろう。

Report by Kaoru URATA/ Exhibition co-organizer ⁄ photo ©Galerie Haute Definition 2008

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