francw1
フランスを代表する二枚目俳優。だが、単なる"二枚目"とは言いがたい不敵さが魅力のマチュー・アマルリック。世界的な知名度を獲得したのは、アメリカ映画―ELLEの二枚目編集長を演じた「潜水服は蝶の夢を見る」や中南米の水利権を独占支配しようとする悪党を演じた「007 慰めの報酬」――だが、本来の能力を堪能できるのは、やはりフランス映画だ。

v01_subttl01

vol01pht01最新作『クリスマス・ストーリー』で、登場するなり詐欺まがいの行為で訴えられ、家族から追放される男マチュー・アマルリック。失意の中、バグパイプのヘンテコなサウンドとともに歩いてきたと思ったら、まっすぐ突っ立ったままの状態でパッタリと倒れて、額をジャリッとすりむく。胡散臭くてだらしなく、なのに憎めない、フランス男アンリを、本人そのままの魅力で演じている。

「あの場面をどう撮影したかって? 料理と一緒で、何でも明かしてしまうと面白くないでしょ。ああいう風に倒れたと信じてもらったままのほうがいいんじゃない? 真実を知ればすごくがっかりすると思う、あまりにも単純で(笑)。人間ってすごく脆いものだから、あんなふうに倒れたら死んでるかもしれない。でもこうして生きてるからね」

冒頭に“ヘタウマ漫画”で描かれるのは、骨髄性白血病で幼くして死んだ兄のエピソード。アンリは彼のドナーになることを期待され作られた子だったが、生まれてみたら型が一致しなかった。母親ジュノンに疎まれた厄介者は、やがて家族をワザと困らせるトラブルメーカーとなり、莫大な借金を負わせた姉には絶縁される。

「撮影が3年前で、アルノー・デプレシャン監督と話したのはだいぶ昔のことなんだけど・・・たしかチャップリンのようにコミカルなところがあって、話をかきまわすような人物を書きたいんだなと思った記憶があるな」

vol01pht02

悲劇と喜劇が絡み合ったホームドラマは、5年ぶりに家族全員が集まったクリスマスの夜を描いている。家族の最大の気がかりは、久々のアンリの登場と、ジュノンの病。彼女の命が、最も嫌う息子からの骨髄移植にかかっているというのは、ひどい運命のイタズラだ。そんな状況を面白がるアンリは、いつもどおり周囲を逆なでする言動を連発する。

「家族の他の男たちは、ちょっとズルいところがあるんだよ。長女がアンリにひどい態度をとっても、誰も止めないんだよね。でもアンリは、例えば家族が揃った台所のシーン、母親の骨髄移植をめぐって深刻な空気が流れた時に、わざと悪ぶって笑えるほどメチャクチャな騒ぎを起こしたりする。そんなことまでやれちゃう役をもらえるのは、嬉しいことだよね。結局は面白い監督との出会いだよ。そうすればいろんな役柄がもらえて、楽しんで仕事ができる。変わった役を演じるのは刺激的だよ。人生何もなかったら退屈しちゃうしね」

v01_subttl02

vol01pht03そんな大問題を中心に、家族それぞれのさまざまなストーリーが、まるで悲喜劇のコラージュのように描かれてゆく。愛や友情と不実や偏狭さ、悲劇と喜劇を同列に描くアルノー・デプレシャン監督の、いつもの世界だ。

「監督はひとりひとりの人物を理解しようとしてないと思うんだよね。理由をはっきりさせようとも思ってないし、結論を出そうともしていない。演じている俳優さんたちもたぶん、理解して演じようと思ってないんじゃないかな。ただ今回の映画が少し違う気がするのは、母親とアンリが病室で対面するラストシーン。年齢も違うし親子ではあるんだけど、男と女の関係は、対立してケンカばっかりしていても、結局はどちらも互いを思いあっているんだっていうようなことを描いている。そういうのはデプレシャン監督の作品の中でも今回が初めてなんだよね」

「道徳的な物語があんまり得意じゃない」と語るマチューは、そんな“デプレシャン組”の俳優の一人。今回で5回目のコラボレーションとなるのだが、それでもデプレシャン監督の現場独特のプレッシャーがある。

「とにかく細かい指示の多い人。三男役のメルヴィル(・プポー)とクリスマス・ツリーを飾る場面なんて、もうほんとに大変だった。ただ楽しく飾ってるように見えるけど、あのボールはこっちにやって、この星はこっちにやってって、ぜーんぶ指示がある。その合間に言わなきゃいけない山ほどのセリフ! まるで障害物競走をやってるみたいなんだよ。次の障害物を倒したらどうしようっていう感じで、それを全部こなすことに必死で頭は空っぽ、演技なんてしてる余裕がない。なのにそうするうちに内面的なものが出てきて、すごく感動的なものができ上がる。面白いやり方なんだ」

vol01pht04自身も映画を監督する彼は、デプレシャン監督に「彼は俳優ではなく、監督」と言わしめる。来日時は撮影したばかりの最新作を、ほとんど徹夜で編集していたらしい。写真写りの良し悪しなんて気にもとめない。その意識は演じ手というより、クリエイターに近いのかもしれない。

「照明があって編集があって、彼が書いた素晴らしいセリフのシナリオがあるのと同じで、俳優もその中の道具のひとつ。もっとも俳優なんて動物と一緒だからね。アイディアを持ってこいなんて言わないほうがいいし、“こう演じたい”なんて言う俳優は殺したほうがいいんじゃない?(笑)」

(text/shiho atsumi) (photo/toru hiraiwa)


INFO:
『クリスマス・ストーリー(原題)』
原題:Un conte de Noël
監督・脚本:アルノー・デプレシャン
出演:ジャン=ポール・ルション、カトリーヌ・ドヌーヴ、アンヌ・コンシニ、マチュー・アマルリック、メルヴィル・プポー、ローラン・カペリュート
配給:ムヴィオラ
2010年秋、恵比寿ガーデンシネマにて公開予定
©Jean-Claude Lother/Why Not Productions