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マルジェラが不在のまま、マルジェラを語る。1990年代を牽引したファッション・デザイナー、マルタン・マルジェラが2009年に「消えて」から10年。ブランドは他者に引き継がれ、今もその人の名前を冠したブランドは人気を失っていないどころか、この難しい時代にあってむしろ人気を拡げている。

1990年代のマルタン・マルジェラはファッション界で、数々の革命的なアクションを起こし続けた存在だった。その革命の裏側にあるミステリーに着目し、関係者への綿密な取材により映画化したのが、本作『We Margielaマルジェラと私たち』だ。ここに登場するたくさんの「もと」スタッフが、情熱的に、献身的に、マルタン・マルジェラという「人物」を語るうちに、不在の人物でありつづけるマルタン・マルジェラのイメージが次第に像を結んでいく。映画を見終わるころには、観客一人ひとりの「マルタン・マルジェラ像」がくっきりと心の中に浮かび上がっているだろう。

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マルジェラ伝説の歴史をパリコレという現場で体験している私にとって、当時ブランドが明快にしなかった謎と、謎だからこその魅力が、一つひとつ言語化されていくさまはとても痛快だった。たとえば広報のパトリック・スカロンが、マルタン・マルジェラへの美術館参加依頼を、関わろうとしないマルタン本人に代わってすべて対応していた、というからくりは、この映画の中ではじめて明かされた真実の一つ(他にもたくさんあるが)。

90年代半ば、ファッション・ショーを開催しないマルタン・マルジェラからの招待状を持って、私が彼らの事務所を訪ねた時の衝撃は忘れない。中心から少し外れたエリアの建物の一角は、その中に入ればすべてが白で覆い尽くされていて、なんともいえない格好良さだった。「世界中で、今この空間が、一番素敵な場所だ」と直観で感じ取ったが、そうした「すべてを白く塗る」ことはマルタン本人のアイデアによるもので、ベルギー産の白のペンキが使われていたと映画は明かす。それは90年代にその場を訪れた時に私が、感激のあまりスタッフに尋ねた時に教えてくれた事実と、まったく同じ内容だ。

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今いる自分の場所で、手に入るものを使って、なにか別の新しいことをする。そうした行為が一番の「批評」になることをマルタン・マルジェラは自身の行動で示した。この映画は、過去にあった謎めいた革命の正体を、今そのものが顕したいと思う姿のままに記録している。暴こうとするのではなく、魅惑しようとするのでもなく。そのように淡々とした姿勢でカメラを回す行為からつくられた映像は、ファッション界の枠組みと限界を同時に示しているように思われる。この映画を体験することによって私たちは、既存の枠組みに頼ることなく、今いる自分たちの場所から新しいことに向かう勇気を得られるのではないだろうか。

文/Nakako Hayashi

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hyakumittl_06『We Margiela マルジェラと私たち』
監督:メンナ・ラウラ・メイール
出演:ジェニー・メイレンス(声のみ出演)、ディアナ・フェレッティ・ヴェローニ(ミス・ディアナ)ほか
2017|オランダ|オランダ語・イタリア語・英語|アメリカンビスタ|カラー|5.1ch|103分 原題:We Margiela|日本語字幕:渡邉貴子
後援:オランダ大使館
配給・宣伝:エスパース・サロウ
(C)2017 mint film office / AVROTROS

2019年2月8日(金)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開