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「イタリア料理の伝統を守る盾(イタリア語でスクード)となる」と宣言して小池教之シェフが四ツ谷三丁目に「オステリア・デッロ・スクード」をオープンしたのは2018年2月のこと。以来他店では見られないようなマニアックなイタリア郷土料理を提供し、日本全国のイタリア料理愛好家たちが聖地巡礼のごとく夜な夜な集う、そんな店として確固たる地位を築きつつあった。 2020年春、日本全体を新型コロナウイルスの大波が襲い、いまや全ての飲食店は従来の営業スタイルから大きく方向転換せざるをえない現状だ。しかし自らを「イタリア料理原理主義者」と名乗る小池シェフは、いまもそのスタイルを一切変えていない。時代を超えた「不変の価値」を追求する小池シェフの最新料理を味わいに「オステリア・デッロ・スクード」を訪れた。

(写真トップ)マルケ州にフォーカスしたおまかせコースより、手打ちパスタ「ルマケッレ」。




イタリア各地の伝統料理を再構築して継承する、
イタリアン原理主義を守る盾(スクード)。


小池教之シェフと知り合ったのはもう二十年近く前になる。その頃南イタリアを振り出しにイタリア各地で料理修行の真っ最中だった小池シェフとフィレンツェで出会い、中央市場近くの古いトラットリアで食事したのだ。若き日の小池シェフは今と同じく、イタリアの歴史、伝統料理について語り始めるととにかく止まらなかった。その熱量に打たれて交流が始まり、以来ことあるごとに小池シェフが働くイタリアの店を訪ねては食べ歩くようになる。イタリアでの修行を終えて日本に帰国してからというもの、小池シェフのイタリア伝統料理への情熱はさらにヒートアップしていったのだ。

Osteriadelloscudo5広尾「インカント」時代にはイタリア半島津々浦々、さまざまな古い伝統料理を再現してはメニューに載せており、メニューを眺めながら料理の想像をしているだけでワインが飲めたものだった。イタリアには数千種類存在すると言われるさまざまな形状のパスタを標本のように木製ボードにディスプレイし、メニューとともにテーブルに提供するスタイルも、日本では小池シェフが真っ先に始めたものだったと記憶している。

「インカント」時代にイタリア料理原理主義者として知られるようになり、料理雑誌などで伝統料理の特集があると必ず小池シェフが登場するようになったが、彼が作るのは他の料理人がやらないような辺境の料理ばかり。トスカーナ、シチリア、ピエモンテなどなど日本人に好まれる料理ではなく、あえてアブルッツォやモリーゼ、マルケ、などまだあまり知られていない無骨な伝統料理にスポットを当て、再評価する料理スタイルもまた、小池シェフならではのものだった。そして「インカント」から独立して自らのレストランを立ち上げた時、店名に選んだのが「オステリア・デッロ・スクード(=盾)」これは三島由紀夫の「盾の会」ならぬ、イタリア料理における保護者、原理主義者であることを宣言した「盾の料理店」を目指したことによる。

イタリアの州別伝統コース料理一本に込める、不変不朽の料理スタイル。

Osteriadelloscudo4「オステリア・デッロ・スクード」ではイタリア20州の伝統料理をベースにしたコース料理一本のみ。季節ごとに州別伝統料理コースを提供するスタイルなのでイタリアを一周するには5年はかかる計算だ。ヴェネト、トレンティーノ・アルト・アディジェ、リグーリアなどの各州から、日本ではまだ広くは知られていない伝統料理にスポットライトをあて、より広く深くイタリア料理を知ってもらうという啓蒙活動に似た料理作りを始めたのだ。先日、4か月ぶりに訪れた「オステリア・デッロ・スクード」は、テーブルごとのソーシャルディスタンスこそキープしてあるものの、プリフィックスからコース一本となった以外に料理のスタイルは一切変えないという、頑ななまでに不変不朽の小池料理が見事に守られていた。

アフターコロナ第一弾として小池シェフが選んだのはマルケ州だ。マルケ州はブーツ型のイタリア半島で言えばふくらはぎの部分にあたる。東側はアドリア海に面した長い海岸線で、内陸部は緑豊かな肥沃な地。イタリアを代表する良質な小麦の産地でもあり、夏真っ盛りの今頃は映画『ひまわり』のごとく、どこまでも続くひまわり畑がさぞかし美しい姿を見せていることかと思う。この時期イタリアを旅することができないのは誰も同じだが、小池シェフにいたっては日本に帰国以来、諸事情が重なり一度もイタリアに里帰りできていない。イタリア料理愛好家にとって、いまイタリア料理を口にすることは望郷の念を掻き立ててくれるある種センチメンタルな時間なのだが、小池シェフにとってその思いはさらに強いはず。この夜のマルケ料理は望郷だけではなく小池シェフの憧憬、追憶、渇望といった強いメッセージが込められていた。
Osteriadelloscudo3 (写真)左:「オリーヴェ・アスコラーネ」。右:「ウサギのポルケッタ」。

最初に登場したのは一口サイズの「オリーヴェ・アスコラーネ」。これはアスコリ・ピチェーノの伝統料理で、肉厚で円形のオリーヴ「アスコラーナ種」をくり抜いてからひき肉ベースの詰め物をして揚げたもの。彼の地の屋台ではザラ紙に包んで食べさせてくれるストリートフードだ。これにあわせるのはマルケ州を代表するワイナリー「ウマニ・ロンキ」が瓶内二次発酵で作る「LH2」。オリーヴのほのかな塩気を感じながら口に含むと、セニガッリアあたりの海辺のレストランにいるかのような感覚になる。

続く冷たい前菜は「ウサギのポルケッタ」。ポルケッタとは中部イタリアでよく食べられる豚の丸焼きだが、これはウサギをポルケッタ状に丸めて火を入れたもの。脂の少ない上質の鶏胸肉を思わせるウサギにはハーブがきかせてあり、地元マルケ産のリキュール「ヴァルネッリ」を使ったアニスが香るほんのり甘いソースで食べる夏の料理だ。

小池料理の真髄に手打ちパスタあり。

Osteriadelloscudo2(写真)「小さなカタツムリ」という意味のパスタ「ルマケッレ」。

th_Verita_Scudo20200729_00132手打ちパスタといえば小池シェフの代名詞的存在。それこそイタリア半島東西南北、ありとあらゆる手打ちパスタを追求した著書もあるが、最初に登場したのは「ルマケッレ」。これはシート状に作ったパスタ生地をペッティネと呼ばれる器具の上で上で転がして筋をつけ、丸めてからカットしたもの。「ルマケッレ」とは「小さなカタツムリ」という意味だが「言葉遊びのつもりでこれにはつぶ貝=ルマーケ・デル・マーレ(海のカタツムリというイタリア語)をあわせてみました」と小池シェフ。

アフターコロナの営業スタイルで唯一変わったのは、小池シェフ自らがサーブして料理の説明をし、ワインも注いでくれることだ。これはゲストにとってはまたとない貴重な時間。とはいえ、料理の質問をされれば断らない、とかく話好きの小池シェフだけに、質問は最小限にとどめておきたい。

「今回はマルケ料理の四番打者を並べました」というだけあってマルケ州を代表する有名料理がここから続く。2種類目のパスタは「アンズ茸のマッケロンチーニ・ディ・カンポフィローネ」。これもマルケ州を代表する手打ちパスタでごく細切りの滑らかな食感が最大の持ち味。これには昨年夏に作ったトマトソースを使い、タマネギのシャキシャキした食感が時折アクセントになる。口中をリフレッシュしてくれるマジョラムも夏のイタリアを思い出させてくれる。
Osteriadelloscudo7(写真)マルケ州を代表するロングパスタ「アンズ茸のマッケロンチーニ・ディ・カンポフィローネ」。

第三のパスタは一転して冬のマルケ料理の四番打者「ヴィンチズグラッシ」。ラザニア状のこの料理は層にしたパスタ生地の間にダイス切りにした肉や鳥のレバーなどがしのばせてある。ひき肉ベースのラザニアと違ってよくワイルドかつ噛みごたえ十分。子どもが最も好むパスタがラザニアならば、これは大人好みの内臓系パスタだ。Osteriadelloscudo10(写真)こちらもマルケ地方を代表する郷土料理のラザニア「ヴィンチズグラッシ」。

「ヴィンチズグラッシ」という名前のいわれには諸説ある。18世紀の料理書に登場する「プリンチズグラス」というベシャメルを使った料理に由来するという説、さらに1世紀後に出版されたとある料理には「ミスグラス」「ビスグラス」というラザニア状のパスタが登場するので、これらが最有力か。時系列的にはさらに後になるが、18世紀末マルケの地に駐留したオーストリア軍の将軍、ヴィンディッシュ・グラーツがこのパスタをいたく気に入ったことからその名がついた、という都市伝説的逸話も残されている。

小池シェフいわく真空調理や低温調理ではない「昔ながらのおやじ焼き」で最小限に火を入れた子豚肉には旬のイタリア産サマートリュフの組み合わせ。ここで赤ワインは再び「ウマニ・ロンキ」から「ペラーゴ」。カベルネ・ソーヴィヨン、モンテプルチアーノ、メルローをブレンドした「スーパー」なマルケワイン。しっかりとした骨格で濃密かつ上品。
Osteriadelloscudo8(写真)左:メインディッシュに合わせたのは赤ワイン「ペラーゴ」。右:7品目に登場したメインディッシュ「子豚肉のロースト サマートリュフ」。

ここまでですでに大満足なのだが最後には再びヴァルネッリなどマルケのリキュール3種を使ったデザートが登場。徹頭徹尾マルケ色を貫き、最後の着地もぶれない小池料理を堪能することができた。

今だから浮彫りになる、変わるもの、変えざるもの。

「わたしももちろんこの数か月、いろいろなことを考えました。でも結論としては料理スタイルは変えないし、テイクアウトもやらない。いまは一人で料理もサーブもしなければいけないので、余分なことだけは省くようにしています。それでも料理に関してはなにも省かないし一切手は抜かない。わたしはイタリア料理人ですからイタリア料理を作ることが仕事なのです」と小池シェフ。この時期自分の仕事について、これからの未来について何度も自問自答した料理人はさぞ多いことかと思う。それでも小池シェフのように動かざること山の如しで、結局何もスタイルを変えないケースのほうが、最終的にはうまくいく場合が多いようにも思える。

th_Scudo20181129_0718(写真)「オステリア・デッロ・スクード」オーナーシェフ小池教之さん。
2016年にイタリア人として史上初めて世界一に輝いた「オステリア・フランチェスカーナ」シェフ、マッシモ・ボットゥーラの代表的なレシピ集に「ヴィエニ・イン・イタリア・コン・メ」があるが、そのタイトルには、イタリア料理を媒介に、ともにイタリアを旅しようという意味が込められている。それは小池シェフの料理も同じだ。数年かけて一州づつ丁寧に再構築したイタリア各地の伝統料理を味わうことは、小池シェフとともにイタリアを旅することなのだ。訳あって旅に出れない時、心だけ彼の地に飛ばしてしばし充足感を味わう。世界中誰もが旅に出られずにうなだれている現在、それはイタリアへの渇望を満たしてくれる唯一最適な方法である。そしておそらく、最もイタリアを渇望しているのは当の小池シェフ自身なのだろう。イタリア伝統料理を巡る旅へようこそ。「オステリア・デッロ・スクード」の扉は、今宵もそうした旅人のために開かれている。

Photo&Text Masakatsu Ikeda


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代表的なものからレアなメニューまで、乾麺から手打ち麺まで丁寧に再現した77レシピと、その裏にある郷土料理ならではの物語と美味しいエピソードを、在イタリア食ジャーナリスト池田愛美さんが書き下ろした実用版パスタ図鑑は、料理好きイタリア関係者にはマストバイな1冊!小池シェフの料理魂とイタリア愛が詰まった力作だ。

『イタリア「地パスタ」完全レシピ 』
文:池田愛美 料理:小池 教之
単行本: 192ページ
出版社: 世界文化社 (2019/11/12)





restaurant information


Osteriadelloscudo_infoオステリア デッロ スクード

住所:東京都新宿区四ツ谷 若葉1-1-19 Shuwa House 014 1F
Tel:03-6380-1922
営業時間:18:00〜23:30
定休日:日曜日
現在は1日最大2組、要予約でおまかせコースのみ。
詳細は予約時に要問い合わせ。
profile


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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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