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2016年7月「星のや東京」は、日本におけるビジネスの中心地大手町にOPENした。それは地下2階、地上17階からなる「塔の日本旅館」という斬新なスタイルで、現在国内外から注目されているスポットのひとつだ。 浜田統之料理長が率いるメインダイニングも緊急事態宣言解除後に営業を再開。8月1日から登場した新メニューは今の時代こそふさわしい、食で免疫力をあげることを主眼とした、日本各地の発酵食品を用いた「Nipponキュイジーヌ〜発酵〜」だ。

(写真トップ)フィンガーフードの「石 五つの意思」は、浜田統之料理長のシグネチャーディッシュのひとつ。




日本旅館の粋を散りばめた、都心の楼閣。

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機能的な建築が並ぶ大手町にあって「星のや東京」は一際目を引く外観がとても印象的だ。中世ヨーロッパの塔のような垂直の構造物は、江戸小紋をイメージした装飾が壁面を覆い尽くし、夜ともなるとそこから漏れ出す灯がまるで旅館の行燈を思わせる。
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そんな「星のや東京」での体験はまず1階にあるエントランスで履物を脱ぐことから始まる。そう、ここはホテルではなく都心に誕生した新しい形態の日本旅館なのである。エレベーターで地下1階におりると、日本家屋の中庭を思わせる空間が広がっており、その中央に置かれた巨大な岩がゲストを驚かす。その奥に広がるのは畳敷きの6つの個室と4つのテーブル席にカウンター。これが「星のや東京」のダイニングだ。

hoshinoyatokyo_031975年生まれの浜田統之料理長(写真右)は、実はフランス料理の出身で、ボキューズ・ドール国際料理コンクールで世界第3位に輝いた経歴を持つ。日本の食材にフランス料理の技法を用い、日本の文化や地域性といったバイオダイバーシティを皿の上で表現している。「星のや東京」の料理コンセプト「Nipponキュイジーヌ」とは、浜田料理長の世界観を一語で表現しているといっていいだろう。緊急事態宣言下の休業期間中に浜田料理長が考え抜き、8月1日から新たなメニューとして提案しているのが、日本各地の伝統的な発酵食品を料理に取り入れることで免疫力を高める「Nipponキュイジーヌ〜発酵〜」だ。

日本食の真髄、発酵食品をハイレベルな逸品に昇華した極上のコース。

hoshinoyatokyo_07 最初に登場したのが突き出し、アミューズは、海の幸と山の幸を組み合わせた「汕」(写真右)。イタリア料理のオッソブーコ(仔牛すね肉の煮込み)を思わせるプレゼンテーションで、馬の骨の中央部には根セロリのピューレ、その下にうにひしお、みょうが、うに、生の馬肉、最下部にコンソメのジュレ。小さなスプーンで掘り進めていくうちにより深い味になる重層的な仕掛けだ。

"五味調和"の世界観をシグネチャーディッシュで表現。

「石 五つの意思」(写真トップと下)は五つの球形の石を器に見立てて、それぞれ酸、塩、苦、辛、甘の五味を表現したフィンガーフード。浜田料理長のシグネチャーディッシュのひとつだ。今回の発酵メニューではべったら漬、塩麹、かんずり、酒粕など古来から親しまれている日本各地の発酵食品を使用。左から「酸」鯵とべったらのルーロー、「塩」浅利と塩麹のガスパチョ、「苦」サザエと苦瓜の温かくてビターなコロッケ、「辛」タコとホタテのメルゲーズには新潟のかんずりを使用。最後の「甘」はアミエビの佃煮とタマリンドを使ったずんだもち、甘みと塩味のコントラスト。この五種類ですでにさまざまな酸味や甘みを味わった気になり、これからさらに深みへと至る発酵メニューの前奏曲的位置付け。hoshinoyatokyo_05
hoshinoyatokyo_08つづく「鮮」(写真左左)は発酵=時間、という思考とは逆をいく鮮度を重視した料理。浜田料理長が信頼する静岡県サスエ前田魚店の新鮮なカツオの厚切りは、上質の牛肉を思わせる滑らかな食感。これに棒茗荷とカツオの酒盗をあわせた、冷たいバーニャカウダのようなソース。アンディーブと夏野菜のドレッシングにも酒盗が使ってあるのだが、こちらはシーザーサラダを思わせる。
「素」(写真左右)は金沢産の鮎を90度で9時間もオイル煮にしたコンフィ。鮎は骨まで柔らかくなっているのだが身は水分を失わずにしっとり、さらにパートブリックを巻いてクリスピーに揚げてある。鮎の香り、わたの苦味などさまざまな味と食感が楽しめる素晴らしい料理。これに手前にあるゼリー包みの黒うるかと黒オリーブを使ったタプナードソース、遊び心いっぱいに朴葉に「アユ」と描かれた、鮎の精巣を使った白うるかのソースで時折さらなる味の変化を楽しむ。つけあわせのさやいんげんには大徳寺納豆が使われているのだが、これは黒トリュフのオイル漬けを思わせる香りだった。

コースの締めは、極上コンソメ鴨味噌雑炊。

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「彩」(写真上)は北海道産の鴨を使った肉料理。これまで浜田料理長の料理は、魚と野菜や野草が中心のメニューだったのだが今回は珍しく鴨を使用。というのも、これはコロナ禍で消費量が減り、廃棄対象となりかけた鴨肉を救済するための料理なのだ。鴨の胸肉にはクミン、カルダモン、そして四国のねさし味噌で香り付けしてあり、ロゼ色の鴨肉にナイフを入れて口に運ぶとその芳醇な香りがたまらない。さらに素晴らしかったのは鴨のコンソメ。ここにもねさし味噌が使われており、旨み十分。シンプルに火を入れた野菜にこのコンソメをたっぷりと吸わせて食べる。途中から登場したのは一口サイズの焼きおにぎりで、これには八丁ねさし味噌に鴨のレバー、黒にんにくを練りこんだ特製味噌が塗られており、コンソメスープに入れ、ほぐしながら食べる趣向。発酵コースの締めとなる、忘れられない極上コンソメ鴨味噌雑炊だった。
hoshinoyatokyo_10一口サイズの「涼」(写真上左)は小夏、コンブチャのジュレ、大葉、イタリアンメレンゲ。そして最後のデザート「蜜」(写真上右)もまた浜田料理長の遊び心あふれるものだった。蝶を象った木苺とココア、二枚のラングドシャの下には桃のコンポートと、これも余剰牛乳を使ったミルクジャム、ヨーグルトのアイスがしのばせてある。これだけでももちろん十分美しいのだが「蝶の背の部分に真っ直ぐにナイフを入れてください」といわれたのでそうしてみると、なんとラングドシャは中央で二枚に折れ、蝶が羽ばたいたかのような姿を見せてくれたのだ。「これは緊急事態宣言の自粛期間中にこどもと公園に行った時、こどもが蝶を追いかけるその光景を見て思いつきました」と浜田料理長。最後のサプライズはコロナが再発見させてくれた、美しい自然の造形美へのオマージュだった。

「日本全国にはまだまだ知られていない、奥深い発酵食品がたくさんあります。沖縄にもすごい豆腐ようがありますし、そうしした生産者のもっともっとたずねて料理に取り入れていきたいのです。」と料理の最後に浜田料理長は熱く語ってくれた。浜田料理長が学んだフランス料理にはチーズに代表されるさまざまな発酵食品があるが、日本にも古来から作られて来た伝統的な保存食や発酵食品がある。そうした日本の素材や食品を縦横無尽に組み合わせ、フランス料理の手法でファインダイニングに仕上げた料理は、時折昔懐かしい日本の味をノスタルジックに感じさせつつ、まだみぬ未知の味の世界へと誘ってくれる。うるかが、べったら漬けが、味噌が、酒盗が、これほどまでにハイレベルな料理となるとは誰が想像していただろう。日本古来の発酵食品が体に与える様々な効能はもちろんのこと、なによりもここ数か月誰もが抱えていた上質な料理への渇望を満たしてくれる、「Nipponキュイジーヌ〜発酵〜」とは、そんな心の免疫力をあげてくれる料理なのではないだろうか。

Photo&Text Masakatsu Ikeda




information


星のや東京

住所:東京都千代⽥区⼤⼿町1‐9-1
Tel:0570-073-066(星のや総合予約)
全84室 チェックイン15:00、チェックアウト12:00
1泊84,000〜、夕食14,000(税・サ別)宿泊客のみ予約可能
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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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