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2020年9月、アルマーニ/銀座タワー10階にある「アルマーニ/リストランテ東京」のエグゼクティブ・シェフにカルミネ・アマランテが就任した。ご存知の方も多いと思うが、カルミネは今年4月まで大手町「ハインツ・ベック」のエグゼクティブ・シェフとして厨房を指揮していたイタリア人シェフだ。 「ハインツ・ベック」時代は前任者ジュゼッペ・モラーロの後を継いでミシュラン1つ星を維持。本国イタリア、ローマの3つ星シェフ、ハインツ・ベックの信頼も厚く、若くしてエグゼクティブ・シェフを任されていたのだ。

カルミネ・アマランテは1990年ナポリ生まれの29歳。若くしてファイン・ダイニングの世界に飛び込み、スペインの3つ星「マルティン・ベラサテギ」や「ハインツ・ベック」でキャリアを積み、モンテカルロ時代には故ジョエル・ロビュションの元でスーシェフを務めていた。再びハインツ・ベックの元に戻った後に来日し、高い評価を得ていたことは記憶に新しい。
armani_20201015_01(写真)「アルマーニ/リストランテ東京」のエグゼクティブ・シェフに就任したカルミネ・アマランテ氏。

そのカルミネが新たな活躍の場をアルマーニに移し、銀座タワーの「アルマーニ/リストランテ東京」はじめ青山の「エンポリオ アルマーニ カフェ」や全国の「アルマーニ/リストランテ」「アルマーニ/ワインラウンジ」の料理部門の総責任者に就任したのだ。カルミネの新しい料理は9月24日から提供開始。ランチ・ディナーともコース形式で全6種類あり、中でも11皿で構成される最上級コースには「カルミネ・アマランテ」という名前がつけられている。これはイタリアのファイン・ダイニングの流れからしてみるとエポック・メイキングなできごとだ。というのもこれまで「アルマーニ/リストランテ東京」ではシェフは前面には出ず、あくまでもアルマーニのレストランという位置付けだったのだが、どうやらカルミネの就任を期にその流れも変化したようだ。

例えば同じ銀座の1つ星「ブルガリ リストランテ ルカ・ファンティン」のように従来の「ファッションブランド > シェフ」という力関係ではなく「ファッションブランド = シェフ」、という関係に力学がシフトしてきているように思える。それはここ20年でイタリアにおけるシェフの地位や知名度が飛躍的に向上したということもあるだろう。かつてイタリア人が誇りにする3大名物といえばファッション、料理、サッカーだったが、いまやイタリア料理はメイド・イン・イタリーの象徴としてイタリア・ファッションと肩を並べる存在になりつつある。今回カルミネの名前を前面に出したメニュー構成には、そんな時代背景があるのではないか。



カルミネ・アマランテが表現するイタリア、そしてアルマーニ。

armani_20201015_02さて、その新メニュー「カルミネ・アマランテ」だが、これはカルミネの名作、いわゆるシグネチャー・ディッシュで構成した名刺がわりのコース・メニューといっていいだろう。

アミューズ・ブーシュのあと登場したのは「かんぱちのマリネ、コリンキー、セヴィーチェ」(写真左)。カルミネは日本の魚に関しては徹底的に研究して素材を尊重しているが、決して生のまま出すことはない。そこにはイタリア料理人としての矜持がある。低温調理、マリネなどの手法で魚の旨味を引き出すことに真骨頂があるのだ。最初に魚料理が3連発で登場したのだが、それはあたかも「すきやばし次郎」のハイライト、まぐろ3連発を思い出させた。このかんぱちは一度マリネしてから軽く薫香をつけ、トッピングには生で食べるカボチャ、コリンキーのスライスをトッピング。コリアンダーとタマネギを使った、ペルー風のセヴィーチェ・ソースは酸味がなんとも心地よい。新鮮なかんぱちはとろけるような柔らかさで、塩は最小限。

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2皿目は「静岡産アカザエビとタピオカ、セロリのジュリエンヌ、セルフィーユ」(写真上)だ。日本のアカザエビもカルミネが好んで使う食材で、これは30センチほどもある大きな個体。10秒ほど茹でてから殻をむき、背の部分だけソテー。身は甘くて旨味が強い。下に敷いてあるのはリンゴのエストラット、きゅうり、ディル、レモングラスとともに煮たタピオカだ。これはエビの卵をイメージしているのか、なんとも派手な青緑色だ。そしてセロリのジュリエンヌの歯ごたえが全体を引き締めてくれる。

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armani_20201015_053皿目の魚介料理は「北海道産ホタテとカリフワラー、ケイパーのソース」(写真上)。カルミネが日本の食材の中でも特に惚れ込んでいるのが北海道産のホタテとウニ。ホタテは最低限の火入れでその甘みを引き出し、カリフラワーのクリームとケイパーの香りで地中海的なエッセンスをプラス。トッピングのキャビアの熟成香と塩気が淡白なホタテに変化を加える。

「ジャガイモとキノコのバリエーション」(写真右)は現代のカルミネの代表的料理のひとつだ。これはキタアカリを一度薄く(スフォッリア)剥いてから整形。バターでロースト。下には舞茸、しめじ、シイタケといった日本のキノコのクリームが敷いてあり、トッピングの舞茸は備長炭の遠火で20分あぶり、その香りを十分に引き出し、軽い薫香をつけてある。食べる直前にキノコの出汁=インフュージョンを注ぐ。これぞまさに秋の大地の恵み。ジャガイモとキノコ、という身近な食材をプロの手法で実に上品な料理に仕上げてくれるのだ。

続くパスタは「トルテッロ・ジェノヴェーゼ」(写真下)。カルミネにとってもやはりパスタはアンタッチャブルな存在のようで、伝統的な手法を遵守している。ジェノヴェーゼとはジェノヴァではなくナポリの郷土料理で、タマネギと豚肉をじっくりと煮込んだ家庭料理。そのままで食べても美味しいが、パスタソースにするとグっとリッチになる日曜日のご馳走だ。カルミネは豚肉ではなく和牛のスジ肉と玉ねぎを12時間蒸し煮にしてジェノヴェーゼを作り、トルテッロという手打ちパスタの中に詰めてある。敷いてあるのはパルミジャーノのフォンドゥータとタマネギをキャラメリゼしたソース。そして仕上げに黒トリュフ。このうまさたるやどうだ。あくまでも郷土料理なのだが、家庭ではここまで上品には作れない。とろけるような和牛とパルミジャーノの相性がなんともよく、とけるような口どけがたまらない。
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魚料理からもう1品「平目とジャガイモ」(写真下)。これは5枚に下ろした平目に塩をして一晩おき、余分な水分を抜いた後切り身を二枚重ねて厚みをつける。見た目のイメージは肉厚のしめ鯖。ほうれん草で巻いてから20分ほど低温調理で中までうっすらと火を通す。下に敷いたのは、レモンで酸味をつけたジャガイモを滑らかに裏ごししたソースにして食べる。淡白な平目の持ち味を生かし、極力シンプルな素材と味付けで最後まで飽きさせずに食べさせてくれる。
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armani_20201015_08メインの肉料理は「和牛のロースト、茄子とモッツァレッラのクレマ」(写真トップ&下)。これは油が少ない赤身の和牛肉をローズマリーオイルでマリネして香りづけし、55度で20〜30分低温調理。レアに見えるがレアではなく、とても滑らかでナイフも不要なほどに柔らかい。付け合わせは南イタリアの家庭料理であるナスのパルミジャーナ。グリルしたナスでナスのクリームとトマトのコンフィを巻き、パルミジャーノのクリームとバジリコのソースを添えて食べる。これもまごうことなき南イタリアの味。滑らかな和牛を食べて一瞬忘れかけたイタリアの空気を再び思い出させてくれるのだ。

最後のドルチェは2種類、ともにナポリを代表する味の「スフォリアテッラ」(写真下左)と「ババ・ナポレターノ」(写真下右)。前者は本来ラードを使ったサクサクの生地にリコッタクリームを詰めてあるのだが、これはクリームのみでその味を再現。シナモン風味のクランブルが生地の食感を再現している。後者もナポリの菓子店では必ず見かける代表的なドルチェで、弾力あるスポンジ生地にシロップをたっぷりと吸い込ませ、最後にダークラムをかけて食べる。通常菓子屋でも生地は2回発酵させてから焼くのだが、カルミネは3回発酵させる念の入れよう。ことナポリ伝統料理に関してはいっさい手を抜かずに味も忠実に再現しているところにカルミネの郷土愛を感じる。
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その背景とアイデンティティを拡張するフードエクスペリエンス。

今回試したメニューは11月いっぱいまでで、メニューは3か月ごとに変わる予定。日本の旬の素材を尊重し、極力最低限の火入れで食べさせてくれるカルミネの料理は、一度口にすればやはりイタリア人シェフが作るイタリア料理だと実感することだろう。イタリア料理は高級になればなるほどその郷土料理としてのアイデンティティが伝わりにくくなるという宿命を持つが、カルミネの料理の中には、必ず明解なイタリア的キーワードが散りばめられている。それはケイパーに感じる地中海の香りだったり、バジリコやトマト、パルミジャーノといった非常にイタリア的な味だったりする。そうした料理の中に隠されたキーワードをひとつひとつ紐解きながら料理を味わう、それこそが料理でイタリアを象徴するフード・エクスペリエンスではないだろうか。銀座イタリア料理界の勢力図が変わりそうな、そんな予感を感じさせるカルミネ・アマランテの料理はいまがまさに旬だ。

Photo&Text Masakatsu Ikeda




restaurant information


アルマーニ/リストランテ東京

住所:東京都中央区銀座5-5-4 アルマーニ / 銀座タワー 10階&11階
Tel:03-6274-7005
Lunch 11:30~15:00 (L.O.14:00) Dinner 18:00~23:00 (L.O.20:30)
無休
https://www.armaniginzatower.com/

<コース概要>
CARMINE AMARANTEのランチ・ディナーコース25,000円(前日までに要予約)
ASSAGGI 5皿のランチコース/4,500円
ARMANI 6皿のランチコース/10,000円
MENÙ 6 PORTARE 6皿のディナーコース/10,000円
ARMANI CLASSICO 6皿のディナーコース/16,000円
GINZA TOWER 9皿のディナーコース/20,000円
profile


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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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