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現在のイタリア料理界においてイタリアで星を獲得するなど現地での評価も高く、日本とイタリア両国を股にかけて活動を続けている、あるいはその後日本に帰国してさらに評価を高めている日本人シェフは、現在3人いる。 前者は「アルテレーゴ」徳吉洋二シェフと「ファロ」能田耕太郎シェフ。それぞれミラノの「TOKUYOSHI」、ローマの「ビストロ64」オーナーシェフであり、ミシュラン1つ星を維持し続けている点でも共通している。北の徳吉、南の能田と並び評されることも多く、オーナーシェフとしてミシュランの星を獲得しているのは現在この2名のみだ。そして注目すべき3人目が平木正和シェフ。平木シェフはヴェネツィアの名門5つ星ホテル「バウアー」で13年勤務し、エグゼクティブシェフにまで上り詰めた後に日本に帰国。2016年からは「アマン東京」に活躍の舞台を移し、現在はメインダイニング「アルヴァ」エグゼクティブシェフとしてその実力をいかんなく発揮している。



イタリア料理業界で注目すべきシェフの一人、アマン東京「アルヴァ」平木正和氏の実力。

平木シェフの噂は以前から聞いていたけれどそれまでイタリアで会う機会は無く、初めて会ったのは日本に帰国した後の2018年。2017年末に近代イタリア料理の父といわれたグアルティエロ・マルケージが亡くなり、翌年東京で一度だけ記録映画が上映されたことがある。その会場で初めて出会った。聞けば元々は能田シェフと同じく、1990年代神戸にあった「ビストロ・マルケージ」の出身、いわばマルケージ門下生だった。当時「ビストロ・マルケージ」でシェフを勤めたエンリコ・クリッパはその後イタリアで3つ星を獲得し、現代イタリアを代表するトップシェフの一人として今も活躍している。平木シェフはクリッパに誘われてイタリアに渡り、長年各地の名店でキャリアを重ねてきた料理人なのだ。
arva_01(写真上)北海道産帆立のカルパッチョ。ピンクグレープフルーツとフェンネル、香川県産アマン東京オリジナルキャビア。

今年の3月「アルヴァ」を訪れた際、その無駄な装飾を削ぎ落としたようなイタリア料理に感銘を受けた。平木シェフは日本の素材をふんだんに使用するばかりで無く自ら生産者の元に足しげく通い、時には船に同乗して漁の現場を体験することもあるという行動型の料理人。早春ということでうどやうるい、フキノトウ、白アスパラガスといった旬の食材をイタリア料理の手法で軽妙に、かつ上品に仕上げるその手法には懐の深さと奥行きを感じ、ファインダイニングとは別のベクトルを目指す姿勢には胸を打たれた。その「アルヴァ」も今年(2020年)春の緊急事態宣言直後に長い休業に突入。9月にようやく再開するまでの5か月間、平木シェフは悩み、考え、自らを奮い立たせることに時間を費やした。半年ぶりに会った平木シェフは休業期間中に走り込み、心と体を絞って別人のようにスリムになって目の前に現れた。
arva_02(写真上)アマン東京のメインダイニング「アルヴァ」エグゼクティブシェフ平木正和シェフ。

3月くらいから時短営業が始まったので、いずれは『アルヴァ』も休業せざるを得ないだろうと思っていましたがまさかこんなに長くなるとは思いもしなかった。当初はいつでも再開できるように体力づくりをしておこうと思い、走り始めたのです。でも当面外食はできないような状況になってきたので、とても悩み、自分の無力さを感じました。料理人なのに料理をして人の役に立つこともできない。友人のシェフが病院に無償で料理提供しているのを見て、自分も参加するべきじゃないかと悩みましたが、最終的には自分もホテルの総料理長という責任ある立場なので、万が一自分が感染したら多くの人に迷惑をかけてしまう。そう考えて、レストランが再開するまで一切外出することをやめたのです。4か月間電車に乗らず、今も通勤は自転車とランニングでホテルに通っています。」

病院に無償で料理提供したイタリア人シェフとは以前にもインタビューした「ブルガリ イル リストランテ ルカ・ファンティン」のルカ・ファンティン・シェフのことだが、その間平木シェフは一切外出せずに、毎日自宅で料理を作りその動画をSNSに公開していた。それが自分のできるぎりぎりのソーシャルアクトであり、そうすることで精神のバランスを保っていたという。

レストランのスタッフはもちろんのこと、気になっていたのはそれまでお互いの信頼関係を築きあげてきた日本全国の生産者たちのことだ。早くレストランを再開して、彼らの食材を使っていきたい。9月から再開した「アルヴァ」の新メニューには、平木シェフのそうした生産者との共生への意識がたっぷりと込められている。ある意味ものすごい熱量の料理をいくつか紹介したい。
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素材を活かして、ハイレベルのイタリア料理に昇華する力量。

コロナをきっかけに多くのシェフがメニューについても悩み、皿数を絞るなど変更を迫られることも多々あったが平木シェフはメニューを減らすことはせず、むしろ以前よりもさらに素材を生かして率直に美味しい料理を作ろう、そう思うようになったという。素材を生かして、と口で言うのは簡単だが、そうした素材をハイレベルのイタリア料理として昇華させるのは決して簡単な作業ではない。世界一となった料理人マッシモ・ボットゥーラは常に言う。「全ての料理人は素材に対して真摯に向き合うべきである一方、全ての料理は論理的な裏付けが必要であり、思いつきの料理は偶然の産物でしかない。」つまり、どんな食材を使うのも自由だが、イタリア料理人である以上、イタリア料理として完成させなければならない、という宿命があるのも事実なのだ。
th_Aman20201015_00022 (写真上)アミューズ「恵み」。ごぼうのスープにトリュフ風味のオイル、ごぼうのチップスに秋の草花をイメージしたハーブ。シマアジのゼッポリーネ。トマト風味のクラッカーにゴルゴンゾーラのムース、セミドライトマトとバジルシード、バジル。

平木シェフは実はかなりタフな伝統料理主義者であり、「アルヴァ」エグゼクティシェフ就任の際も、支配人に試食用に作ったのがシンプルの極致トマトのスパゲッティだった。それは彼が本当に美味しいと思い、胸を張って出したかった料理であり、その姿勢は今も変わらない。ラグジュアリーホテルのダイニングでトマトソースのスパゲッティ?と思われたこともあったが、そうした声は行動と規範で賛同に変えてゆき、いまではアートディレクター的存在となり、全ての料理メニューは彼に一任されている。
arva_04(写真上)左:スパゲッティ 北海道産短角牛のミートソース。 右:エゾジカのラグーのウンブリチェッリ。

イタリア料理としての象徴的存在はやはりパスタだろう「短角牛のミートソース」は実にシンプルだが北十勝産短角牛の歯ごたえの良いモモ肉ととろけるバラ肉の2種類のみを使用。香味野菜、赤ワイン、トマトで煮込んだものだが他の肉類は使用していないのでボロニェーゼとは呼ばず、あえてミートソースと名付けた。「エゾジカのラグーのウンブリチェッリ」は、国産小麦粉「ゆめひかり」を使い一本一本手で伸ばした中部イタリアの代表的手打ちパスタであるウンブリチェッリに、エゾジカをラグーにしてあわせてある。このエゾジカは3月に食べた時はハツ、レバー、フィレと3種類の肉や内臓を異なる調理法で味わう手の込んだ料理だったが、その生命を残さず調理するという姿勢はより顕著になり、ラグーとなって再登場した。トッピングに内モモ肉を軽く炙ってにんにく、唐辛子、イタリアンパセリで和えたタリアータ仕立てをトッピングしてあり、2種類の異なる食感と味わいを楽しむ、ワンプレートディッシュ=ピアット・ウニコ的な意味合いの料理だ。

th_Aman20201015_00123メインの鴨料理は「茨城県産かすみ鴨胸肉のアッロースト 黒舞茸と無花果のカラメラート」(写真トップ&写真左)。薬を一切使わずに育てた鴨の胸肉をにんにくとローズマリー、オリーブオイルでロースト、鴨のガラからとったジュをソースとして添えてあり、コントルノの黒舞茸も埼玉県産で自生に近いものを使用している。こうした一連の料理は全て平木シェフが生産者のことを思い、考えた末にたどりついた答えだ。

本来ならば今年の春、イタリアのヴェニスにある「アマン・ヴェニス」の料理コンサルタントを務める3つ星シェフ、ノルベルト・ニーダーコフラーの元でコラボレーションをしようという試みもあった。「アマン・ヴェニス」のメインダイニングも、料理コンセプトは違うもののやはり店名はラテン語で収穫を意味する「アルヴァ」であり、日本とイタリア両国を代表するシェフ同士による「アルヴァ」コラボはさぞかし華やかなものとなったであろうと想像する。簡単にイタリアに渡ることが自由にできない現在、料理を通じてかの地に心だけ飛ばす、アームチェアートラベルは現在許される唯一のアプローチだ。それにもっとも飢えているのは当の平木シェフのはずであり、彼の料理からはそうしたメッセージがとうとうと溢れている。コロナをきっかけに多くの料理人が自分の存在意義やアイデンティティに悩み、料理について考え抜いたことと思う。それだけに今この時期、レストランで口にする料理には料理人の矜持と熱い想いが込められているはずだ。「アルヴァ」平木正和シェフは4か月間自分を鍛え抜き、再開に向けて刃を研いできた。そのエネルギーが注がれた力強い料理はまだ先行きが見えない今だからこそ体験したい、そんな料理ではないかと思う。

Photo&Text Masakatsu Ikeda




restaurant information


th_Aman20201015_00150 アルヴァ アマン東京

住所:東京都千代田区大手町1-5-6 大手町タワー
Tel:03-5224-3339
営業時間:ランチ12:00~14:30、ディナー17:30~22:00(20:00L.O.)
定休日:月曜、火曜(祝日の場合は営業)
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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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