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マカオで行われた2018年度「アジアのベストレストン50」の表彰式を覚えている人はいるだろうか?その様子はFacebookを通じて世界中にLive中継され「傳」は見事日本最高位であるアジア第2位に選ばれた。 「アジア第2位は傳!!」とアナウンスされ、料理長長谷川在祐氏率いる「チーム傳」が壇上に上ると会場はさらに一段と盛り上がった。なんと長谷川氏を先頭に、和服の女性スタッフも含め全員が長谷川氏の愛犬であるチワワ「プーチJR」のお面をつけ、踊りながら現れたのだから。それまで海外から見た和食の料理人というと純白の割烹着に身を包み、緊張感漂う求道者的なイメージだったと思われるが、長谷川氏はいい意味でその先入観を打ち破ってくれたパイオニアだ。長谷川氏が率先して厨房に立つ「傳」は料理も雰囲気も実に楽しく、美味しい。それは秋葉原に代表されるような日本のポップカルチャーを色濃く反映した、オリジナリティあふれる現代の日本料理だからだ。




オリジナリティの高い世界観で日本料理の今を国内外へ発信する「傳」。

th_DEN202103120100重い扉を押して「傳」へ一歩足を踏み入れると、存在感ある巨大な木のテーブルがゲストを迎えてくれる。いわゆる日本料理店、という雰囲気ではないのだが、実は「傳」が移転先に選んだのは、かつて長谷川氏が通ったフランス料理店があった場所。その店が移転するというので、全面改装してゼロから始めるのではなく椅子やテーブル、インテリアそして歴史そのものもそっくり受け継いだ。そのあたりのリベラルな感覚も長谷川氏の人柄を忍ばせるエピソードではないだろうか。木のテーブルの中央に座ると、厨房の中心に立つ長谷川氏の仕事ぶりが目の前に見える。文字通りシェフズテーブル、特等席だ。
den11「うちの母は神楽坂の芸者だったので、僕は小さい頃から多くの人たちに囲まれ、おみやげの料亭料理を食べて育ったんです」と長谷川氏はいう。幼い頃から和の世界に触れて来ただけに、日本料理を志すようになったのも必然の流れか。2007年に29才で独立した長谷川氏は神保町に「傳」をオープン。そのユニークかつ新しいスタイルの料理とホスピタリティで瞬く間に日本はもちろんのこと、海外からも予約が相次ぐ人気店となる。「傳」とは「伝」の旧字だが、これは古き良き雰囲気が残る神保町で、多くの人に日本料理の良さを伝えたい、という想いを込めて名付けたもの。2016年には現在の神宮前に移転しアジア第2位に輝くなど、「傳」第二章へと突入した現在も、長谷川氏はさらにエネルギッシュな活動を続けている。




驚きと楽しさ、秀逸なバランス感覚の上に成り立つ和食の繊細さ。

den10まず最初に登場したのが「傳」という千手札が貼られた最中(写真左)。え?これが先付け?と初めて見る人は戸惑うかもしれないが、これは最中の中にフォラグワがしのばせてある「傳」オリジナルのフォワグラ最中。季節の果物と組み合わせてあり、この日は金柑ときゅうりの漬物だった。濃厚なフォワグラを旬の金柑の相性はばっちり。さらにきゅうりの漬物で歯ごたえをプラス。

続く椀物は「蕪と菊芋の擦り流し」(写真右)。かつお出汁で柔らかく炊いた蕪にはおろした菊芋とバターのすり流しがたっぷりとかかっており、ミルキーな味わいは冬のホワイトシチューのよう。th_DEN202103120114長谷川氏が目指すのは高級料亭と居酒屋の中間的な店。このすり流しは、技術は高級料亭だけれども心は家庭料理。「傳」の料理が心に響くのは長谷川氏が作る一連の料理は、家庭料理の延長にあるからではないだろうか。

揚げ物は「傳」のシグネチャーディッシュのひとつ「傳タッキー」(写真下左)。いうまでもなく、運ばれてきたのはどこかで見たような赤と白い紙のボックス。蓋には鳥手羽を両手に持ち、今にも揚げようとしている長谷川シェフの写真が印刷されている。このパッケージをひとめ見れば、誰もが思わず笑顔になるはず。いざ蓋を開けて見ると中には揚げたての鳥手羽。これを手づかみでいただく。熱々だけれどからりと揚がっており、軽くて香ばしい。中に詰められているのは赤紫蘇を使ったもち米と青梅。梅の歯ごたえがアクセントになった、忘れられない極上フライドチキンだ。
den12お造りは「金目鯛の漬け」(写真上右)。脂の強い金目鯛を醤油で軽く漬け込み、手毬状に丸く盛り付けてある。これを一枚ずつ剥がして本ワサビとともにいただく。添えられているのは、梅酢がきいた青海苔のソース。自由な発想で縦横無尽の組み合わせはどこか居酒屋のようだけれど、技術は本格的。ファッションでいうならばきめすぎない抜け感を大切にしている、そんな料理だ。ちなみに長谷川氏は大の釣り好きで、仕事が終わった後も東京湾に出没。ルアーでシーバスを狙うアングラーなのだ。近年ではゲストシェフとして海外に招かれる時も釣竿は必ず持参。パリのセーヌ川でも釣ったし、ロシアで釣りをしていた時はいきなり警察に囲まれ、平謝りに謝って許してもらった、という楽しいエピソードもある。

ひと皿ごとのクオリティの高さと愛嬌が相まって生まれる傳ワールド。

den07 焼き物は「豚フィレ」(写真上)。柔らかく火を入れ、肉汁が出ないようにと大きめに切り分けた豚フィレは実に美しいロゼ色。添えられているのはほうれん草と牡蠣のソースで、さらにその下にはつぶ貝が隠されている。ほうれん草のほろ苦さと牡蠣の旨味、一口サイズのイタリア野菜プンタレッレのソテー。
den08魚も肉も堪能したところで最後に登場するのがハイライト「傳サラダ」(写真上)。これも「傳」の代表料理として数多くSNSや記事に取り上げられているアイコニックな料理だ。世界のファインダイニングでは、ミシュル・ブラスの野菜料理「ガルグイユ」に端を発するかのような数十種類の野菜やハーブを使ったシェフのオリジナル・サラダが人気だが「傳サラダ」は本来懐石料理の「炊き合わせ」に位置する料理。より多く旬の野菜の美味しさを知って欲しくて、と長谷川氏はコースの中に必ず取り入れている。サラダの味付けは刻んだ塩昆布のみ。そこに揚げたり焼いた季節の根菜などが加わる。絵文字風のニンジンは酢漬けになっていて、さっぱりとコースの最後を締める役割も果たしている。

den09食事の前にはこれも春らしい「若竹椀」(写真右)。蛤のみで取った出汁は美しく、実に濃厚。薄切りの若筍、新わかめのしゃきしゃきした食感。木の芽の香りがまた心地よい。最後の食事はこれも「傳」の名物、土鍋ご飯(写真下)だ。季節ごとのさまざまな食材で楽しませてくれ、炊きたてご飯に和牛の薄切りをのせて余熱で火を通した和牛ご飯や、サクラエビをたっぷり使ったサクラエビご飯の時もあった。この日はしらすを使ったしらすご飯。しらすの甘みと隠し味の蕪の油のほのかな苦味。旬の食材を最小限の調理と味付けで味わう。「僕、ご飯が大好きなんですけど一番好きなのがしらすご飯なんです」というように、家庭料理を美味しく食べさせてくれる長谷川氏の真骨頂。このしらすご飯の味は当分忘れられそうにない。最後のデザートはいちごみるくと、焼きたてのフィナンシェ。バターの香りが漂う日本料理店、なんてそうそうお目にかかれないはずだ。 den13 「傳」では飲み物のペアリングも自由自在なのも特筆しておきたい。この日はシャンパーニュで始め、酸がキリッとしたイタリアの白ワイン、フレッシュな日本酒、チリの赤ワインと、料理によって少しづつペアリングを楽しめる。自分自身もイタリアが大好きという長谷川氏は外国料理に対しても実にオープンで、外国から多くの料理人を受け入れている。「傳」にはよく外国人の料理人がゲストシェフとして、あるいは研修生として厨房に立つ姿が見られるのも、そんな長谷川氏のオープンな性格ゆえ。長谷川氏ならではの楽しくて美味しい料理が食べたくなり無性に帰って来たくなる、「傳」での食事はいつもそんな気持ちにさせてくれるのだ。

Photo&Text Masakatsu Ikeda

※本取材直後の2021年3月25日(木)に発表されたアジアのベストレストラン50 2021において、「傳」は日本最高位の3位にランクインした。アジアのベストレストラン50の2021年度版のニュース記事はこちらから。

restaurant information


den_info 傳(DEN)

住所:東京都渋谷区神宮前2-3-18建築家会館JIA館
Tel:03-6455-5433(予約受付 12:00-17:00)
営業時間:18:00〜20:00 日曜定休
profile


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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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