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昨年11月、恵比寿にひっそりと誕生した看板のないレストラン「湯浅一生研究所」を覚えている人はいるだろうか?わずか数か月というポップアップ的位置付けだったが、基本的に料理は全ておまかせ。 イタリア的思考と日本の食材を組み合わせた意欲的なその料理は一度体験してみたいと思っていたのだがそれも束の間。いつのまにかクローズしたと思ったら今度は場所を西麻布に移して心機一転し、その名も「ISSEI YUASA」として本格オープンしたのだ。




中部イタリアの伝統的名店で研鑽を積んだ湯浅一生シェフ。

yuasa.11湯浅一生シェフは、日本でイタリア料理を学んだ後に渡伊。トスカーナ州「マンジャンド・マンジャンド」、エミリア・ロマーニャ州「ラ・ロカンダ・デル・ガンベロ・ロッソ」で学んだという。イタリア料理の世界において、どの地方、あるいはどのレストランを修行先に選ぶかというのは非常に大事だ。というのも、そこでの経験や出会いがその後の料理の方向性を含め、料理人人生に実に大きな影響を与えることになるからだ。湯浅シェフが学んだ二軒はともに中部イタリアの伝統料理を出すレストランだが、前者はトスカーナ・ワインの聖地キャンティ・クラッシコ地区グレーヴェ・イン・キャンティにあるトスカーナ料理店。後者は現在閉店してしまったものの、アペニン山脈の山深い小村トスコ・ロマニョーロにあった、地元の野草を使った摘み草料理を出すそれはそれは素晴らしいレストランだった。同店のオーナー・シェフ、ジュリアーナ・サラゴーニは技術や功績、人柄などイタリア料理史に残る素晴らしい女性シェフだったと今も思っている。湯浅シェフはそんなイタリアの名店で学び、帰国後はサローネ・グループ「ビオディナミコ」でシェフとして5年間腕をふるっていたというのだから、その料理への期待は否応にも高まる。
yuasa.12「ISSEI YUASA」の大きな大理石製ダイニングカウンターに座ると、目の前に湯浅シェフが登場。「本当はこの『ISSEI YUASA』を最初にオープンしたかったのですが、店づくりの細部にまでこだわったので予想以上に準備に時間がかかり、その間『湯浅一生研究所』で料理をお出ししていたのです」とのこと。そのこだわりはレストランのあちこちに垣間見える。サロン、ウェイティングバー、個室、メインダイニングと4つに分かれた空間は和洋を超えたさまざまなアートで飾られており、その存在が凛とした空気を生み出している。




日本食材を駆使した伝統的イタリア料理の醍醐味。

yuasa.01jpgこの夜の料理はまず織部に盛られたフィンガーフード「平貝とペストモデネーゼのピアディーナ」から始まった。ピアディーナとは、湯浅シェフが修行したロマーニャ地方を代表する薄焼きパンで、生ハムやモルタデッラなどをフィリングして食べる郷土の味だ。「本当はティジェッラが好きなんですけど、アミューズとしてはボリュームがあるので薄焼きのピアディーナにしてみました」と湯浅シェフ。豚の脂を大理石の桶で熟成させたラルド・ディ・コロンナータを使ったモデナ風ペスト、柔らかく火を入れた平貝、そこに青唐辛子のハリッサがほのかな辛味と爽やかな酸味を演出。日本とイタリアの食材をうまく組み合わせつつ、さらにオリジナリティを加える自由自在の演出に、続く料理の期待が高まる。

yuasa.02jpg 次の料理、「インサラータ・ディ・トリッパ」はトスカーナを代表する味。トスカーナでは、牛の第四胃袋トリッパをトマト煮込みにすることが多いが、これはサラダ仕立て(インサラータ)にしたもの。国産和牛のトリッパは脂が少なく実に繊細で、セロリ、イタリアンパセリ、赤玉ねぎ、ニンジンを細かく刻んで上質のオリーブオイルとヴィネガーで和えてあり実にさっぱりとしている。「この料理では、トリッパと野菜の切り方でイタリアらしさを表現しました」と湯浅シェフ。イタリアへの細やかなこだわりが随所に登場するのも楽しいし、なによりも湯浅シェフ本人からそんな話を聞きながら料理を味わえる。6席限定、実に贅沢なシェフズ・カウンターだ。

yuasa.03jpg 懐石料理の椀物のように、魯山人の器で登場したのが「リヴォルノ風カチュッコ」。「カチュッコ」とはトスカーナの港町リヴォルノの名物料理で、イタリアを代表する3大魚介スープのひとつとも呼ばれている。湯浅シェフのカチュッコは北海道産ジャコエビ、ボタンエビ、静岡産本枯節などでとった出汁にトマトを加えたなんとも滋味深い上質なスープ。これに下田の金目鯛とハマグリを加え和と洋の旨味をプラス。海の恵みそのものを口にしているかのような凝縮感が素晴らしい。いつまでも長く強く記憶に残りそうなマイ・ベスト・カチュッコ。

yuasa.09 ここからがヤマ場のパスタ2連発。最初はエミリア・ロマーニャを代表する手打ちパスタ「タリアテッレ ブッロ エ パルミジャーノ」。温めておいた皿に、24か月熟成のフレッシュなパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズを湯浅シェフ自らがたっぷりとすりおろし、これに鶏のブロードとバターで和えたタリアテッレを盛り付ける。するとパスタの余熱でチーズが溶け出し、なんともいえない濃厚かつリッチな、タリアテッレによく絡むクリーミー・ソースになるのだ。これは寒い日に食べると心も体も温まりそう。

yuasa.05jpg 二番目のパスタは「烏賊墨のビーゴリ 白魚とカラスミ」。小麦粉と卵黄で作るタリアテッレは綿棒やパスタマシンで伸ばして作る一方、ビーゴリとは卵なしの生地をトルッキオという独特の道具で押し出して作る、北イタリア・ヴェネト地方を代表するパスタ。いってみればところてんのような形状の押し出しパスタなのだが、その分ぎゅっと圧縮された独特の歯ごたえが特徴的。麺棒で伸ばしていない分、粗めのテクスチャーがソースを実によく吸収してくれるのだ。イカスミを練りこんだ黒いビーゴリにあわせたのは霞ヶ浦の白魚、カラスミ、ミント、トマト、レモンという南イタリアの海辺のレストランを思いださせる構成。さらに赤玉ねぎの酢漬けが口中に爽やかな涼味をもたらしてくれる。

yuasa.06 「近江牛のアロスト」はイメージ的にはトスカーナの代表料理タリアータ。ロマーニャ地方チェルビア産の粗塩とトスカーナ産極上オリーブオイル「バルディ」との組み合わせはこれ以上はないと思えるような極上の食べ方。付け合わせは2年熟成させた北海道産のジャガイモのロースト「グレーヴェ風」。グレーヴェとは湯浅シェフが学んだ「マンジャンド・マンジャンド」がある街グレーヴェ・イン・キャンティのこと。熟成させたジャガイモは糖度が高まり、しっとり、ねっとりとした独特のテクスチャーで、和牛にも負けないくらいの存在感だった。
yuasa.08仕上げのジェラートにはゴルゴンゾーラを使ってあり、塩味と甘みのコントラストで最後をきりっと締めてくれる。コースの最後、画竜点睛ともいうべくやや苦みのある栗のハチミツが、余韻を残しつつ全体を引き締めてくれた。

この夜の湯浅シェフのメニューは、彼が暮らしたエミリア・ロマーニャとトスカーナの味の記憶を伝えてくれるような、あるいは同地方のイタリア家庭に招かれたような、そんなメッセージが色濃く漂う構成だった。とはいえ湯浅シェフは決してその二地方の料理だけににこだわるわけでなく、肉も魚も、また米を使ったリゾットなどいろいろな郷土の味を取り入れていきたいというから、これからのメニューが楽しみだ。

「ISSEI YUASA」で特筆しておきたいのはワイン・セレクトの確かさ。この日の料理にあわせたペアリングでは北イタリア・フリウリ地方「ミアーニ」のソーヴィニョンはグリセリンのようなこってりとした素晴らしい凝縮感。オーストリア「ハインリッヒ」の「グラウエ・フラウハイト」は、ピノ・グリージョを果皮ごと醸しピノ・ビアンコとシャルドネをミックス、ドライかつミネラル分たっぷり、驚くべきオーストリアのオレンジワイン。南仏ラングドック地方「レオン・バラル」の「ブラン・レロー」はグルナッシュ・ブラン、テレ・ブランという固有品種を使った、セミアロマティックでこちらもオレンジワインかと見紛うような濃厚さ。
yuasa.10 ニュージーランド「クスダ」のフレッシュでライトなリースリングのあとは、ロワール地方「クロード・クルトワ」のムニュ・ピノ100%の「エヴィデンス」、そして締めは暑い南イタリア産にもかかわらず北イタリア・ピエモンテの銘醸ワインを思わせるような「イル・カンチェッリエレ」の「タウラージ・ネーロ・ネ」。これもまた縦横無尽な組み合わせで、料理とともにワインで世界を旅しているかのような、新発見とサプライズの連続に満ちた目から鱗のペアリング。湯浅シェフの料理をさらに楽しむにはおまかせペアリングにまさるチョイスはないだろう。
yuasa.07 ワイン好きならば、ウェイティングバーにあるワインセラーをチェックするもの忘れずに。ラフィット1929を筆頭に、いわゆるボルドー5大シャトーのバックヴィンテージやシャトー・ディケム04(2004ではなく1904!!)というコレクションアイテムから、アンリジャイエ、ロマネ・コンティなどクリスティーズのオークションに登場しそうな超絶ワインもあり、しかもこれら全てがオンリストしてるのは驚きだ。その値段はあえてここでは秘すが、そうしたワインを一目見たい(あるいは、もちろん味わいたい)という方にとっても「ISSEI YUASA」は今とても気になる注目レストランのはずだ。

Photo&Text Masakatsu Ikeda

restaurant information


screenshot.107 ISSEI YUASA

住所:東京都港区西麻布1-4-22
Tel:03-6804-1191
営業時間:18:00〜23:00(現在は20:00まで)
定休日:日曜
席数:12席
お任せコース19,800円
フルペアリング19,800円
ハーフペアリング13,200円
profile


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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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