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近年、世界レベルでインド料理の躍進がめざましい。それはおそらく、アジアベストレストラン50で4年連続一位、世界ベストレストラン50でも4位にランクインしたことがあるガガン・アナンドの影響が非常に大きいと思われる。 インドのコルカッタ出身のガガンはバンコクに自分の名を冠した「ガガン」をオープンすると、スペインの「エルブジ」修行時代に学んだ分子料理を伝統的インド料理に取り入れる。多種多様なスパイスを用いたエキゾチックかつスパイシー、そしてなによりも新しいインド料理は「プログレッシブ・インディアン・キュイジーヌ」(進歩的インド料理)と呼ばれ、「ガガン」は一躍世界中のフードラバーが憧れる聖地となったのである。

最新のアジア・ベストレストラン50を例にとってみても5位「ガガン」(バンコク)を筆頭に18位「インディアン・アクセント」(ニューデリー)、32位「マスク」(ムンバイ)と新インド料理は世界中のファンから熱烈に支持されている。果たして東京は?というとカレーとナンに代表される、伝統的インド料理を出す店は数多いが、アジアン・トレンドである「新インド料理」を標榜するレストランはまだ存在していなかったのだ。しかし、そんな東京のインド料理界に一石を投じるべく、2019年銀座にオープンしたのが「スパイスラボトーキョー(SPCE LAB TOKYO)」だ。




伝統や革新を再発見するコンセプチュアルな7品で構成された
“スパイス・ジャーニー“


slt01オープニングに際し、本国インドから総料理長として招聘されたのがテジャス・ソヴァニ氏(写真右)。まだ30代ながらコペンハーゲンの「ノーマ」で修行し、インドのラグジュアリーホテル「オベロイ」「アマン」で副料理長も務めた実力派だ。その右腕となって厨房を支えるのがイタリアン出身の日向啓シェフ(写真左)。日印二人のシェフが提案するのは日本の旬の食材にインド伝統のスパイスを駆使した現代風インド料理「モダン・インディアン・キュイジーヌ」だ。

今回試したランチ・メニュー「スパイス・ジャーニー」は「寺院=捧げもの」「旬=夏」「街路=誇り」「海岸線=湾」「王族=皇帝」「農村=伝統」「祝祭=祝い」の7品から構成されている。「ジャーニー=旅」という名の通り、香り豊かな7つの料理を通じてインドを旅し、伝統や革新を再発見できるのだ。




「インド料理」の概念を覆す、インドのモダニズムと日本の感性を融合した料理。
slt02最初に登場したのが「寺院=捧げもの」(写真上)。これは自家製の豆腐を使った一口サイズの伝統的揚げドーナッツ「ワダ」で、トマトの酸味とココナッツの甘みがアクセント。エビとココナッツ、ワサビを粉末にした「ポディ」が添えられており、エビの旨味とワサビの辛味がシンプルなフィンガーフードに奥行きをもたらしている。

次は「旬=夏」はマンゴーとパッションフルーツを使った冷製スープ「アーム・パンナ」。「アーム・パンナ」とは本来暑い時に氷を入れて路上で飲むマンゴー・ドリンクだが、スペイン料理のガスパチョ風に仕立ててある。マンゴーとパッションフルーツに加えてパプリカとニンニクの香りがとてもよいアクセント。インド伝統料理の華とも呼べるストリートフードを軽快に、かつ上品に味あわせてくれる。 slt03 「街路=誇り」はさまざまなインド・ストリート・フードを一口サイズで味わえる楽しいミックス・フィンガー・フード(写真上)。中央の「ゴルガッパ」は小さな球形の揚げパンで、中には獺祭、梅、レモン、ミントで作った冷たいソースを注ぎ、そのまま一口で頬張る。ミント、クミン、レモン、梅、そして日本酒の旨味が口いっぱいに広がる、小さいけれど非常に香り高い一品。左下の「チャート」は蓮根チップスにスイートヨーグルト、タマリンド、ミントをトッピング。「チャート」とは本来スナックという意味だが、上品な甘さと香りが心地よい。左上が「ドクラ」でこれはひよこ豆の粉と米粉で作った生地を焼いたもので、ナスやトマトなどを煮込んだラタトゥイユとバジルシードのトッピング。右上の「ムングレット」はひよこ豆の粉で作るオムレツ風お焼きだが、これにはなんと安乗鯵のなめろうとからすみという和の味をプラス。一口サイズの日印コラボだ。そして右下の「チェッティナド」は見た目もそっくりそのままのインド風タコヤキ。インド現地では日本と違ってタコが入っていないということでデザート代わりにしたりスナック代わりに食べるという。香り高いミントのソースがインドの日常的ストリートフードを一段高いレベルへと昇華させている。
slt04 次に登場した「海岸線=湾」はハーブでマリネした帆立、ココナッツと蛤のソース、ハーブと花のサラダ(写真上)。これは南インドの魚介カレーをイメージした上品かつスパイシーな料理。ココナッツミルクを使った濃厚なグリーンカレーが、淡白なホタテによくあう。メインの肉料理は「王族=皇帝」で、国産黒毛和牛のフィレ肉を八丁味噌を使ってマリネし、柔らかくロースト。八丁味噌を使った「ダンサク」風濃厚ソースにもよくあい、加茂なすにはナッツやスパイスをふんだんにつかった「デュカ」のトッピング(写真下)。ざくざくっとした食感が柔らかい加茂なすと好相性で、これも日印コラボの味。黒にんにくをバルサミコで煮詰めた黒いペーストもどことなくイタリアン・タッチで、バルサミコのほのかな酸味と甘みが牛肉によくあう。
slt05 肉料理のあとに登場したのが「農村=伝統」、米料理ビリヤニだ(写真下)。ビリヤニとは主に鶏肉などをスパイスでマリネしたマサラ、半茹でしたバスマティライス、香味野菜、スパイスなどを何層にも重ね、炊きあわせて作る非常に手の込んだ料理。結婚式や祭りなどいわゆるハレの日に食べるインドのごちそうだ。この日のビリヤニは南インド、ハイダラバードの宮廷風スタイルで当時は非常に高価だったサフランや高級スパイスをふんだんに使う、王のためのレシピだといわれている。小ぶりの銅なべに盛られたビリヤニが登場するとテーブルがひときわ華やぐ、まさにハレの日にふさわしい料理。ぱらりとした食感のバスマティライスと濃厚な味わいのチキンマサラが完全には混ざりきらず、ところどころ味が異なるのがこのビリヤニの魅力ひとつ。
slt06 さらに添えられた3種類のソースも味に変化をつけてくれるのでついついスプーンが進んでしまう。ソースはそれぞれレッドカレー、ヨーグルトを使った「クミンライタ」、スモークしたケツルアズキの煮込みにトマトとバターを加えた「ダル」。それぞれが個性的でビリヤニにあうのだが、この日のベストは「ダル」か。小豆のコクにトマトの酸味、たっぷりのバターがビリヤニの美味しさを何倍にも引き立ててくれる。最後のデザート「祝祭=祝い」生姜のブランマンジェとパイナップルのグラニテまで、変幻自在のスパイスが織りなす香りと複雑な味を堪能する至福のランチタイムだった。
slt07 食後にソヴァニ総料理長がインド料理について語ってくれた。「インドは長い歴史の中で様々な国が支配し、影響を及ぼしてきました。それは料理の世界においても同じことで、ペルシャや中央アジアなど、さまざまな国の料理がインド料理に影響を与え、独自に発展してきたのです。南と北では文化も料理も違いますし、そうした悠久のインド料理の複雑さを日本の食材を通じて楽しんでもらえればと思います。」
slt08(写真)カスタムメイドのカクテルは、インドのフレーバーと民間伝承をコンセプトにしながらもグローバルなカクテル作りのテクニックとプレゼンテーションをかけ合わせた個性的なラインナップ。コース料理との多彩なペアリングも楽しみのひとつだ。右の写真は上の階にある系列のダイニングバーThe Grey Roomのモクテル。ランチ後やディナー前などの利用もおすすめだ。

スパイスというキーワードを旅先案内人に、悠久のインドを旅する。自由な旅行がまだまだできない現在、ソヴァニ総料理長が提案するのは料理を通じたインドへの旅だ。未知なる味や香りとの出会いが、しばし日常を忘れさせてくれ、心だけでもインドへと飛ばすことができる。「スパイスラボトーキョー」では美味なる料理の数々とともに、インドの多様性を識る貴重な食体験=フード・エクスペリエンスが体感できるのだ。

Photo&Text Masakatsu Ikeda

restaurant information


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SPICE LAB TOKYO(スパイスラボトーキョー)

住所:東京都中央区銀座6-4-3 GICROS GINZA GEMS 10F
Tel:03-6274-6821
営業時間:11:30 〜 15:00 (14:00 LO)、17:30 〜 21:00 (20:00 LO)
月曜定休。月曜が祝日の場合は営業し火曜が定休。
※2021年10月1日からの営業時間。上記は政府・東京都からの要請や今後の状況により変更する可能性あり。詳細は店舗へ問い合わせを。

【verita読者限定のシャンパンサービス特典】
veritaを見て来店予約をしていただいた方には、ご来店時にグラスシャンパンをサービス!
予約時に「veritaの特典を利用」とスタッフに伝えて!(期間:2021年10月1日~2022年2月28日)


profile


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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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