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「NARISAWA」オーナーシェフ、成澤由浩さんは世界的に有名な日本を代表する料理人だ。2000年代前半より世界各地の料理イベントで衝撃的な料理を披露し、ガストロノミー界に大きな影響を与えてきた人物。日本料理からキャリアをスタートして、フランスやスイス、イタリア、ポルトガルなど8年間にわたりヨーロッパ各国で腕を磨き、帰国後は小田原の「ラ ナプール」、南青山の「レ・クレアシヨン・ド・ナリサワ」そして現在の「NARISAWA」と常に進化を続けてきた。 ジャンルにとらわれない自由な発想からくる独特の世界観は見るものを大いに刺激し、料理という枠を超え知的好奇心を満足させるコンセプチュアル・アートのように圧倒的な存在感を放ってきたのだ。



"イノベーティブ里山キュイジーヌ"は、成澤シェフ独自の持続可能性の世界観を体現する

th_NARISAWA202111120020成澤シェフの代名詞とも呼べるコンセプトは「イノベーティブ里山キュイジーヌ」。まだサステイナビリティという言葉が一般的ではなかった20年前から料理における持続可能性を説き、実現してきたそのスタイルは完成形へと到達しつつあるのではないだろうか。

小さな短冊形のメニューには「日本の地理=JAPANESE GEOGRAPHY」と書かれた地形図が描かれており、その日使用する食材が平面図ではなく標高に沿って描かれているのが分かる。「森」からはキャビア、野生酵母、栗の木、「里山」からはセントソウ、ハコベ、柑橘、八女茶、「人里」から神戸ビーフ、湖からレンコン、「海」からアオリイカ、赤ムツ、イクラ、カツオ、赤座海老と、まず最初に食材の生息環境が明記してある。というのも日本の国土は約70%が山岳地帯=森であり、人間が暮らすのは森と接した里山だという事実、日本独自の生態系を料理に反映させたのが成澤シェフの「イノベーティブ里山キュイジーヌ」なのだ。

(写真左)成澤由浩シェフ。


最初に登場したのがアオリイカのフリット。外側はさくさくなのだが内側はねっとりとした熟成感ある食感。これに国産キャビアのほのかな塩味とさわやかスダチのコンビネーション。カリフラワーや洋梨を思わせる「ドン・ペリニヨン2010年」を飲みつつ味わうとしばし恍惚となる。th_NARISAWA202111120036
「NARISAWA」ではユニークなノンアルコールペアリングもあるが、やはり試したいのは日本酒を織り込んだアルコールペアリングだ。「ドン・ペリニヨン2010年」に続いては富山県の満寿泉が登場する。限定の「純米大吟醸」や「PLATINA」さらに元ドン・ペリニヨンの醸造責任者だったリシャール・ジョフロワ氏が作る「IWA」と続く流れは、日本酒がいかにガストロノミーにマッチするかを証明する貴重な体験となるはずだ。
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皮目をぱりっと焼いた下関産のノドグロには茨城のレンコンを使ったレンコン餅を合わせる海と湖のコンビネーション。その頃テーブルに置かれた分厚い石のボウルでは「森のパン2010」が焼きあがった。白神山地の天然酵母を使い、栗の粉を混ぜたパンは滋味深く、しっとりとした焼き加減。これを、森の清流にある苔石に見立てたバターで食べる。野菜からつくるクロロフィルとブラックオリーブのパウダーで苔石のように見えるバターと、セントソウ、ハコベ、ふゆいちごが森を構成する。森のエネルギーをいただいているかのようなその一皿はパンという領域を超えた、里山を表現した一口サイズの芸術だ。
th_NARISAWA202111120052 th_NARISAWA202111120063
小田原のカツオは新鮮だけれども熟成感がある極上物。これに新物のイクラ、安曇野の山奥にある神秘的な場所で育てられたというわさび、有明の海苔をあわせ、その下には京都の無農薬米と飯尾醸造の酢で作ったすし飯が隠れている。自然への感謝、という言葉は口にするのこそ容易いが、口にして分かる料理というのもそうそうはない。これはまさに山、森、里、海の恵みが終結した象徴的なカツオ・イクラご飯。
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「ラグジュアリーエッセンス」と題されたのは、柔らかく蒸しあげた小田原産の巨大なアカザエビ料理。伊勢海老やオマール海老を超越する芳醇なる海の果実であり、生ハムと鶏と豚肉を蒸してとったスープをあわせる。添えられているマイクロ・ズッキーニの食感もよく、海と里の恵みを同時に頬張る幸福感。
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「五穀豊穣」と名付けられたのは豊作への願いと収穫への感謝を込めた、日本人のならではの精神世界。これは藁焼きしたサワラと玄米、穀米のあられ、麹を使った2種類のソース。軽い薫香のサワラに麹の甘み、木の芽の爽快感、あられの心地よい食感が重なる、素晴らしく重層的な料理。
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成澤シェフ自らが熱したバターを丁寧にかけて焼き上げた、神戸ビーフがメイン。和牛であるにも関わらず脂は皆無で実に上品。白トリュフと銀杏という秋の恵みを従え、野生のクレソンとそばがきで野趣をプラス。これまた箱庭のような世界観で、森に接した牧場を眺めているかのような気分になる。これに合わせた赤ワインは「サントリー登美の丘ワイナリー」と成澤シェフのコラボから生まれたオリジナル「キュベ・ナリサワ」。日本の森をイメージしたというその味わいは、ポムロールの逸品を連想させ、霧が漂う深い森の中へと誘ってくれるかのような官能的な一杯だった。 th_NARISAWA202111120068th_NARISAWA202111120069(写真上)デザートは「京都 和栗」のスフレを山崎18年のアイスクリームと共に。最後は、上品な甘味と清冽さを感じる福岡 八女茶と最中。

一品ずつ自ら料理を運んでくれた成澤シェフは、コロナ禍における緊急事態宣言中もレストランの営業スタイルは一切変えなかったという。むしろレストランとしての在り方やスタッフ、食材を含めた持続可能性ーサステイナビリティを考え、労働環境も改善させたという。現在「NARISAWA」を訪れる海外からのゲストは少ないが、むしろ予約困難だった「NARISAWA」に初めて来られた、という日本国内のゲストが増えたことに成澤シェフは喜びを隠さない。「イノベーティブ里山キュイジーヌ」とは日本における五穀豊穣に感謝しつついただく、日本でしか味わえない料理。日本料理やフランス料理といった枠を飛び越え、環境的視点から構築された成澤シェフの料理は一食必見の価値がある。レストランで快適な時間が過ごせるようになった今だからこそ感謝の念を捧げつつ訪れ、味わいたい。食に対する根源を美食を通じて体験、再確認させてくれる、そんな素晴らしい時間を過ごせるはずだから。

Photo&Text Masakatsu Ikeda

restaurant information


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NARISAWA(ナリサワ)

住所:東京都港区南青山2-6-15
Tel:03-5785-0799
火曜日〜土曜日(日曜、月曜定休日)
ランチ 12:00 / 12:15 / 12:30(最終入店)〜14:30 閉店  ディナー 17:30 / 17:45 / 18:00(最終入店)〜20:00 閉店

profile


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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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