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風花舞う師走の京都でタクシーに乗り込み、岡崎にあるイタリア料理店「cenci(チェンチ)」へと向かう。ところが入り口を見つけられずに通り過ぎてしまったようで、住所を頼りに戻ってみると、実は目立たない控えめな看板があり、地下へと降りて行くレンガ作りの階段が 「チェンチ」の入り口であった。 「チェンチ」坂本健オーナーシェフは、京都イタリアンを全国レベルに押し上げた名店「イル・ギオットーネ」でシェフを務め、2014年12月に「チェンチ」を開店した。実質7年目にあたる2021年は大いなる躍進の年であり、3月に発表された「アジアベストレストラン50」では91位にランクイン、10月には「ミシュランガイド京都2022」で1つ星を獲得と充実の一年であった。坂本シェフの師匠である「イル・ギオットーネ」笹島シェフは、かつて自らの料理を「イタリアにもし京都という州があったら」と評したことがある。

確かに日本のイタリアンは地方も含め目覚ましい発展の時期にあると思うが、京都という地はやはり別格。食材、風土、料理文化といった誰もがうらやむ豊かな環境に恵まれ、独自のイタリア料理として発展を遂げているのではないだろうか。その筆頭ともいえる「チェンチ」の料理を一度体験したく、重厚な木のカウンター席についた。半地下のダイニングスペースには自然光ふりそそぐ中庭があり、ヨーロッパの古いレストランを思わせるようなレンガや古い調度品が実に味のある空間を作り出している。



食材は日本的、技術やコンセプトはイタリア的。
自由自在な食材の組み合わせ、京都イタリアンならではの出会い物。


cenci01 ベトナムのロータスティにレモングラスなどのハーブを加えたオリジナルブレンドの温かいお茶で喉を潤していると、最初にペルシュウが登場した。これは日本唯一のパルマ風生ハム職人ボンダボンの多田昌豊さんが作る極上の国産生ハムで、現地の生ハム職人たちが誇りを込めて呼ぶ「ペルシュウ=プロシュット」という呼び名をそのまま採用している。その口どけの良さ、滑らかさは極上のひとこと。添えられた一口サイズの種子島産蜜芋のフリットと岡山県吉田牧場のリコッタの甘みがアクセントとなり、ペルシュウの旨味を際立たせてくれる。
cenci02 続く冷たい前菜はさわらで軽く薫香をかけてあり、芯は限りなくレア。これに聖護院かぶらと柿のスライス、麹、鮎の魚醤を合わせ、フォークに乗せて一口でいただく。麹や柿の甘み、春菊のマイクルスプラウトの春を思わせる香りなど様々な味と香りが凝縮されており、熟成、発酵の旨味とともに味わうのは京都イタリアンならではの楽しみだ。

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最初の温かい料理はじゃがいも、白菜、雲子。香ばしくソテーした雲子、その下に、鱈・キタアカリとインカのめざめという2種類のジャガイモをピューレにして包んだラヴィオリが隠されており、トッピングには乳酸発酵させた白菜。これにチキンスープを注いでからいただく。甘いジャガイモとクリーミーな雲子のコンビネーション。もう一つの温かい料理は小さなスキレットに椎茸、トマト、鴨、ピーカンナッツ、ユリ根と豆腐のペーストの組み合わせ。肉厚な北海道の王様椎茸は一度蒸してから米粉をつけて揚げてあり、亀岡七谷鴨のもも肉とあわせると滋味が増す。さらに自家製豆板醤でスパイシーさもプラスし、トッピングには椎茸のじく、ごま、コリアンダーシード、メープルシロップでカラメリゼしたピーカンナッツと、様々な香りや食感の違いを楽しめる。縦横無尽、自由自在な食材とテクニックの組合わせは他では味わい得ない「チェンチ」ならではの料理だ。

cenci05 肉料理は福知山産地鶏の低温調理だった。芯はロゼ色を保ちつつも、低温調理により実はジューシーで柔らかく火が通っている。そしてもちろん皮目はぱりぱり。ソースにはネズの実で香りづけしてあり、爽快感が際立つ。さらにアルミホイルに包で炭火焼したネギの付け合わせは香ばしく、鳥とネギという相性の良さはイタリア料理においても不変の真理であることを再確認させてくれるのだ。セロリアックのピューレ、花梨、洋梨のマリネで甘みもプラス。
cenci06 そしてメインとして登場したのが牡蠣のスパゲッティだ。伝統的なコース仕立てのイタリア料理の場合、料理的にも、またその存在意義からもパスタがハイライトとなり、その後に続く魚や肉のメイン料理はどうしてもテンションが下がってしまいがちだ。それは特に日本人の嗜好からするとタンパク質ではなく炭水化物で満足感をえたいというわがままな欲望があるからなのだが、そこは坂本シェフも全く同感のようで「コースの最後にパスタで締めて満足感を得ていただきたい」という。貝の出汁をたっぷり吸わせたスパッゲッティに彩り程度にフレッシュトマトを加えて味わいと酸味をプラス。これはナポリあたりで食べるスパゲッティ・ヴォンゴレ=アサリのスパゲッティに用いるマッキアート(染みがついた)という手法だ。そしてソテーした蕪菜と牡蠣のトッピング。食材は日本的、しかし技術やコンセプトはイタリア的という、日本とイタリアが混成、混醸したパスタ。旨味がたまらない。パスタをコースのハイライトに、という坂本シェフの企みは見事に奏功し、とても満足感のあるエンディングとなった。
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そしてデザートは裸麦、フランス産の栗のペースト、バニラの栗、メレンゲ麦茶風味と輪切りのみかん、カルダモン、ピスタチオ、アマゾンカカオ、チョコとクッキーの2皿。食後には抹茶とともに一口サイズの揚げ菓子が出てきたが、これが店名に由来する「チェンチ」(あるいはキアッキエレ)。本来はカーニバル時期に食べるトスカーナの郷土菓子で、冬になるとどこの菓子屋の店先もこのチェンチで賑わうのだ。またチェンチとは直訳すると「古裂」の意もあり、それはアンティーク雑貨や家具など、古き良きものの素朴さを好む坂本シェフの気持ちの現れなのだ。
image0cenci08 抹茶をいただきながら坂本シェフの話をうかがうと、天井を高くとりたいがために床を掘り下げ、高低差のある店の作りにしたという。内装も自らが考えて実行し、入り口や中庭など店のあちこちに使われているレンガは、工事の時に出た土を自らが焼いて作ったそうだ。カトラリーもヨーロッパで蚤の市で出会いそうなヴィンテージ。どこか落ち着く、まるで昔からあるかのようなくつろげる空気感は坂本シェフの人柄はもちろんのこと、そうした古き良きものが紡ぎ出す独特の暖かみから来るものなのだと思う。満席の店内では家族連れ、友人同士、カップル、女性同士のテーブルもあれば男性が多いテーブルもあった。誰もがくつろぎ、にこやかに食事を楽しむその光景には高級店に時に見られる緊張感や不安は皆無。地元の人々に愛されていることがよく分かる光景だった。料理は写真でも何となく想像できるかもしれないが、その空気感は実際に足を運んでみないと分からない。京都に来たなら割烹もおばんざいももちろんいいけれど、京都ならではのイタリア料理を体感したい方はぜひ一度「チェンチ」を訪れてみてほしい。

また、特筆すべきはワインペアリングで、果実味が際立つシャンパーニュ、シャルトーニュ・タイエから始まり甲州種を使った共栄堂ワインの無濾過「橙」ワイン、マルコ・デ・バルトリの辛口のズィビッボ、ダリオ・プリンチッチのオレンジワイン、トレベツ、そして前日に抜栓したというフランチェスコ・ヴェルシオのバルバレスコはとてもエレガントで素晴らしかった。いずれもコストパフォーマンスが非常に高いワインを料理にあわせて選び抜く、そんなスタッフのたゆまぬ努力と熱意こそが「チェンチ」の料理をより一層美味しくさせてくれるのではないだろうか。

Photo&Text Masakatsu Ikeda

restaurant information


cenci_info
cenci(チェンチ)

住所:京都市左京区聖護院円頓美町44-7
Tel:075-708-5307
営業時間:ランチ12:00〜15:00、ディナー18:00〜21:30

定休日/毎週月・火。不定で日曜日。
profile


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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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