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近年ニューオープンしたレストランはオープンキッチン+カウンター、というスタイルが主流になっているようだが「Florilège(フロリレージュ)」の緊張感と存在感は別格と呼べるのではないだろうか。外苑前のキラー通りから少し奥に入った静かな一角、ガラスとコンクリートでできたモダンな建物を地下へとおりてゆくと「フロリレージュ」がある。 ウェイティングルームに通され、やがてレセプショニストの女性に案内されてダイニングルームへ入ると、そこはコの字型のカウンターがぐるりと厨房を取り囲むオーケストラピットを思わせるような空間。厨房は客席よりも一段低くなっているので、席に着くとおのずと厨房のスタッフが忙しく働く様子が手に取るようによくわかる。食べ手と作り手の間に、常にここちよい緊張感が漂う。「フロリレージュ」はそんな劇場のようなレストランだ。



作り手の熱量とゲストの高揚感が一体化する劇場型レストラン。
IMG_interior2 1978年生まれの川手寛康シェフは 「ル・ブルギニヨン」などで働いた後に渡仏。ミシュランの星付き店でキャリアを積んだのち帰国し「カンテサンス」でスーシェフを務める。2009年に独立し「フロリレージュ」をOPEN。2015年に現在の場所に移転するとミシュラン2つ星、アジア50ベスト・ランクインなど多くのアワードに輝き、日本を代表するイノベイティブ・フレンチの名店として注目を集めている。

florilege- © Pieter D'Hoop-34 フランス語でアンソロジー=詩華集を意味する店名は川手シェフの料理観そのものだろう。11品からなるコース料理はそれぞれがフランス料理のエッセンスであるアミューズ・ブーシュであり、ソースであり、ガルニチュールである。それらを分解して再構築することで生まれた11のポエムが皿の上で見たこともない料理となって次から次に登場する、それが「フロリレージュ」が織りなすアンソロジーなのだ。

(写真)川手寛康シェフ © Pieter D'Hoop




フレンチの技巧と華麗な創意に満ちたストーリーテリングな11品。
florilege_01 最初に登場した「蕗の薹」(写真トップ&上左)は一口サイズの蕗の薹のクロケット。実際の蕗の薹の萼に包んだほろ苦いクロケットは、まだ肌寒い夜に頬張ると確かな春の足音を予感させてくれる。
「海老」(写真上右)はとても複雑な料理だ。エビのタルタルをカリフラワーが覆い、シャーベット上の冷たいエビのソースのジュレが覆っている。ふたつに切ったその断面はまるでオレンジのよう。異なる温度差とテクスチャーの海老を味わう一品。さらにシブレットとワサビオイルをきかせたキャビアがとてもよい塩味のアクセントとなっていてなんともいえないハーモニーを奏でてくれる。
florilege_02まるでクレープを思わせるようなユニークな形状で登場したのは川手シェフの代表的料理のひとつ「鰯」だ。いわしと海苔を包んでいるのは実は生姜のクリーム、リンゴと大葉のさわやかソースとともに食べるとまるで寿司屋で上質なイワシの刺身をつまんでいるかのよう。イワシと大葉の相性の良さはいうまでもなく、生姜のクリームはガリを思わせる遊び心が隠されているのだ。イワシと文旦の一口サイズのミニサンドは後口をさっぱりとさせてくれる。

「フロリレージュ」ではドリンク・ペアリングも料理同様楽しみたい。ノンアルコールペアリングでは様々な自家製発酵飲料が味わえ、ワインペアリングでは国境を超えたさまざまなワインが料理にあわせて登場する。この日のワインはふくよかなミッシェル・アルノーのシャンパーニュ、ブラン・ド・ノワールにはじまりミュスカ、オーストラリアのピノ・グリ、ピュイイ・フュイッセ、コード・デュ・ローヌのロゼと自由自在。
florilege_03 厨房の一番奥で川手シェフがじっくりと火を入れていたのは巨大なキャベツなのだが、これにシェフ自らが包丁を入れ、取り分ける。「分かち合う」(写真上左)というコンセプトは川手シェフならでは料理観で、食材を無駄にすることなくその場にいるものたちで有難くいただくという、生産者や自然への感謝が込められている。キャベツの塩釜焼きにはキャベツを発酵させたシュークルートとサワークリーム、そしてからすみのパウダー。キャベツの甘みと発酵させた酸味、それにカラスミが加わるとどこかイタリアの素朴な家庭料理を思い出す。

次の肉料理「カマンベールと牛」(写真上右)もやはり川手シェフの代表料理だ。これには料理の持続可能性と食材に対するアンチフードロスの思いが込められている。和牛の世界ではサシの入った甘くて柔らかいA5ランクの牛肉は高級食材として珍重される一方、フードロスの観点からは非サステイナブルでもある。川手シェフは牛肉としての価値が低い経産牛をあえて使うことで最上級ではない牛肉でも最上級の料理となりうることを身を以て証明したのだ。カマンベールの旨味とほのかな塩味、熟成香とともに食べ応えある牛の旨味をじっくりと噛みしめて味わう。さらにトッピングはカマンベールの皮を再発酵させたもの。その美しさもさることながら独特の存在感と力強さのある料理は、こちらも背筋をきちんと伸ばして対峙したくなる。
florilege_04 「大根」は酒粕とみかん、大根の発酵ジュース、昆布のオイル、オレンジのコンフィという組み合わせでイメージとしてはゆずを効かせた昆布出汁の大根の煮物か。ここまでの食材を見てもわかるが、川手シェフの料理は超高級食材がずらりと並ぶわけではなく、家庭料理にも登場する身近な食材をプロフェッショナルなアプローチとテクニックで目でも舌でも喜ばせ、その魅力を再発見させてくれるのだ。
florilege_05 温かい魚料理は「西米良サーモン」(写真上左)で宮崎産のサーモンを見目麗しい緑色のクレソンと春菊のほろ苦いソース。もう一品の「分かち合う」(写真上右)はこれも川手シェフがさきほどからじっくりと油を回しかけして火を入れていた鴨だ。これもまた川手シェフ自らが包丁を入れ、スタッフが素早くそれぞれのゲストのさらに分かち合い、盛り付ける。見た目はレアだが人肌のような芯温の胸肉と味がより濃いもも肉、しかもつけあわせがわりに鴨のラグーソースの手打ちパスタ、タリアテッレ。さらにワインはレイモン・ユッセグリオのシャトーヌフ・デュ・パプなのだから、これは本音を言えば分かち合いたくない、ひとりじめしたくなるゴージャスな料理だ。

florilege_06 さらに料理とデザートをつなぐ食後のチーズ的立ち位置の「モッツァレッラ」はモッツァレラとヨーグルトをコーティングして塩とオリーブオイルで食べる。ミルキーな味わいが長い余韻を残し、みかんの飴とみかん、クリームからなる「蜜柑」さらにアマゾンカカオとホイップの「贈り物」(写真上左)、そして最後のイチゴの飴がけまでどれもがシンプルながらも圧倒的存在感で語りかけてくる料理の数々。「フロリレージュ」のアンソロジーはまた読みたい、また聴きたい、そして食べたいと思わせるような心地よい読後感に満ちていた。

川手シェフが日本を代表するトップシェフの一人として活躍するアジアのTOPレストラン50、通称「アジア50ベスト」2022年度ランキングの発表も間も無く、おそらく今年も川手シェフはランクインし、より一層国内外からの評価は高まることと思う。それは単にスターシェフだからという理由ではなく、日本の食材や器、グラスを使い、フードロス問題にもとりくんでいる姿勢が評価されてのことだ。サステイナビリティやフードロスという言葉は最近一人歩きし始めている印象もあるが、川手シェフはそうした問題にいち早くとりくみ、高いレベルでそうした理念を皿の上で表現している料理人だ。日本でしか食べられない日本発のイノベイティブなフランス料理。そうしたメッセージは「アジア50ベスト」を通じて日本のみならずアジアの枠をも超えて世界中へ発信されるだろう。川手シェフがつむぐ11のアンソロジーが世界からどう評価されているのか?その発表を注目しながら見守りたい。

Photo&Text Masakatsu Ikeda

restaurant information


0-4 Restaurant Florilège(フロリレージュ)

住所:東京都渋谷区神宮前2-5-4 SEIZAN外苑B1
Tel:03‐6440‐0878
営業時間:12:00~13:00(L.O.)18:00~19:00(L.O.)
客席数:22席(カウンター16席・個室6席)


profile


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池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
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