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ローマ空港に降り立って、車で北東に向かうこと4時間。6月、イタリア半島の中央を縦断するアペニン山脈を越える道すがら、たわわにこぼれるように咲くエニシダの可憐な花が鮮やかだ。山間を抜けると一気に小高い丘陵地が開けて、その向こうにアドリア海が見晴らせるようになると、ここはもうアブルッツォだ。

類まれな肥沃な自然が育むアブルッツォワインとは。

artsinhk2-11(写真)山と海の両方が一望できる景色は、ワイン造りが盛んなアブルッツォの丘陵地を象徴する眺め。
西はイタリアの首都ローマのあるラツィオ州、北はマルケ州、南はモリーゼ州に囲まれ、イタリア半島を長靴に例えた時にちょうど膝裏のふくろはぎにあたる地域がアブルッツォ。ラクイラ、キエーティ、ペスカラ、テラモの4つの県から成る州の3分の2を占める山岳地には、アペニン山脈で最高峰のグランサッソやマイエッラなどの山塊が連なり、10以上の自然保護区域が点在している。豊かな山々を擁するアブルッツォは"緑の州"と呼ばれ、海と山の間に広がる丘陵地は、海にも山にも近く、ワインに適した良質なブドウを育む肥沃な土壌に恵まれている。

アブルッツォにおけるワイン造りは、古くはギリシャ・ローマ時代の文献に見出されるほど歴史が古い。海と山の距離が非常に近く(車で30分ほど)、双方の影響を受ける特有の地形は、日中の激しい寒暖差、常に吹く風による通気性の良さ、降水量や日射量もブドウ栽培に適していて、あえて手を加えなくても健全なブドウが育ち、ワイン造りに理想的なミクロクリマをもたらしている。豊かな果実味、酸、ミネラルを含んで育まれるアブルッツォワインは、世界随一のワイン大国イタリアの中でも一大生産地を築いている。



新世代生産者によるワイン造り
自然派ワインやサステイナブルな経営、伝統品種の復興 ―


30年ほど前まではバルクワインとして売られることが多かったアブルッツォワイン。瓶詰めされるようになるまでは、世界的な知名度がなかなか高まらなかったが、ここ数年のムーブメントとして、量から質への転換を図る新世代の生産者が続出し、テロワールや固有品種の再評価が進んで品質が向上。ここ10年ほどの間に輸出量も倍増している。

また元来、豊かな自然に囲まれていて海と山から吹く風によって健全なブドウが育つことから、自然派オーガニックワインの有機栽培に適した産地としても世界的に注目されている。ワイナリーを訪れるとどの生産者からも、「海からの風、山からの風の影響を受けている。風が常にブドウの棚を揺らし続けることで病害を防ぐことができる」という話が聞かれる。実際に州の全DOC生産地域の多くが有機農法の畑で、自然の力を活かしたワイン造りが根付いている。ワイナリーの経営においても、排水、電力供給システム、生産者の労働環境などの面でエコやサステイナブルな視点を取り入れるワイナリーが増え、時代の潮流を取り入れた次世代ワイン造りへと進化している。

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(写真)左から:赤ワイン。中央:アブルッツォワイン協会が主催し、世界各国からジャーナリストやメディアが招いてのグランドテイスティングが開かれたダヴァロス宮。右:「テヌータ・タラモンティ」の醸造家のパウロ・ベナッシ氏。

質においても量においても、まさに今転換期を迎えようとしているアブルッツォワイン。今回verita編集部は、数あるワイナリーの中から6つのワイナリーを巡るプレスツアーに参加。それぞれの生産者の想いやワイン造りの特色などを取材した。ひとつの瓶に込められたワインストーリーはさまざまだ。驚きと発見に満ちていて、自由な発想で楽しめる、そんなイタリア、アブルッツォワインの魅力を3回にわたりお届けする。

アブルッツォワインを代表するブドウ品種  マメ知識  

アブルッツォワインの主役
モンテプルチアーノ


アブルッツォの地名に馴染みがない人も、モンテプルチアーノ・ダブルッツオと聞けば、一度はその赤ワインを口にしたことがあるだろう。直訳するとアブルッツォのモンテプルチアーノという意味で、ふくよかで豊かな果実味、イタリアの太陽を感じさせるような赤ワインだ。この黒ブドウ品種は、アブルッツォ州全体のブドウの栽培面積32,000ヘクタールのうち、17,000ヘクタールを占め、2018年には原産地呼称ワイン認定50周年を迎えた。まさにアブルッツォのワイン文化の主役。イタリア全土を視野に入れても、モンテプルチアーノはブドウ品種学的には50%以上を占め、イタリアにおける偉大な赤ワイン品種のひとつに位置付けられている。
aburuzzo1_mini 再普及した固有品種の白ブドウ
トレッビアーノやペコリーノ


一方で先述した新世代生産者による土着品種の復興が進んだことで、固有白ブドウ品種の普及も広がっている。注目されるのは、早飲みにも長期熟成にも優れたポテンシャルを発揮し、多目的な楽しみ方が期待できるトレッビアーノ・ダブルッツォ。その他にも、ペコリーノやパッセリーナ、ココッチョーラ、モントニコなど個性に富んだ白ブドウ品種は急速に国際的な評価を高めている。こうした固有品種を使ったマルティノッティ方式(※)のスプマンテが成功を収めているのもアブルッツォワインのトレンドだ。 ※二次発酵や熟成に必要な時間を短縮することにより、ブドウが持つフレッシュさを損なわせない製法。

イタリア初のDOCロゼワイン
チェラスオーロ・ダブルッツォ


澄んだチェリー色、ベリー系の華やかな香り、ほどよい酸味と骨格があってどんな食事にもよく合う辛口のロゼワイン。アブルッツォを訪れると、そんな魅力的なロゼワインにいくつも出会うことができる。モンテプルチアーノ種のみを使用し、アブルッツォで古くから行われてきた白ワイン製法(短時間発酵、果皮を漬け込まない)で作らているロゼワインは、2010年にイタリアで初めてロゼのみの原産地呼称(DOC格付け)ワインとして、チェラスオーロ・ダブルッツォと呼ばれるようになった。ハイエンドなファインダイニングでも、ワイン通やフーディによって再評価が進んでいるロゼワインだが、チャーミングでバランスの取れた味わいを持つチェラスオーロ・ダブルッツォはぜひ覚えておきたい。
 COLUMN  ワイン畑に覆われた丘の街 キエーティで歴史散歩

aburuzzo01_chiety00マイエッラ山地の北に位置するキエーティ。なだらかに続く丘は、たくさんのワイン畑に覆われている。アブルッツォ州で生産されるワインの8割以上が、ここキエーティの丘陵地帯で造られている。アドリア海とマイエッラ山地を望む丘の上にある旧市街地には、歴史的、文化的遺産が数多くあり、アブルッツォの郷土史や文化芸術に触れることができる。


vol1_topic01_1vol1_topic01サン・ジュスティーノ大聖堂
Cathedral of San Giustino


町の中心部サン・ジュスティーノ広場の傍にあるサン・ジュスティーノ大聖堂は、キエーティの元司教サンジュスティーノに捧げられた9世紀の建造物。アブルッツォで最も重要とされる宗教建築のひとつだ。数度の再建を経た今も、地下室部分にはロマネスク様式が残されており、繊細なフラスコ画や芸術品の数々が飾られている。入場は無料。大聖堂や広場の周辺のメインストリートにはカフェやレストラン、雑貨店などが並んでいて、街歩きを楽しめる。

INFO:
Cathedral of San Giustino
Piazza S. Giustino, 15, 66100 Chieti CH, Italy





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キエティ市地下遺跡
パラッツォ デ マヨ美術館
Chieti sotteranea
Palazzo DE’ Mayo Museum

サン・ジュスティーノ大聖堂と同じく旧市街地の中心部にあるパラッツォ デ マヨ宮殿は、16世紀‐18世紀のバロック建築の建造物で、キエーティの歴史、芸術文化を象徴する記念碑的な建物だ。

宮殿の中庭の一角にある建物からは、石造りの細い通路(tecta)が伸びていて、ローマ時代の地下水路の遺跡(sotteranea)へとつながっている。この地下水路はかつてローマ浴場の貯水槽に使われていた給水システムの一部と考えられてるのだそう。地下への通路はひんやりとした空気が漂い、数世紀前にタイムトリップしたかのような不思議な空間。通常1か月に1回特別公開日が設けられているので訪れる際は事前にチェックを。

宮殿の一部は美術館として運営されており、アブルッツォに由縁ある芸術家の作品をはじめ、この地域をテーマにした作品、現代作家による作品なども展示されているほか、キエーティの芸術史の専門図書館も併設されていて、街の郷土史についてや文化芸術を知ることができる。
ちなみに、16世紀に日本を訪れてイエズス会の布教活動を行った宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、日本を訪れた最初のイタリア人として知られる人物でここアブルッツォ・キエーティの出身。この宮殿のかつての所有者ヴァリニャーノ家の人でもある。宮殿所有者は、数世紀の間に移り変わってきたが、所蔵されていた美術品や天井装飾等は、今も美しい状態で鑑賞することができる。
vol1_topic02_2(写真)左:アレッサンドロ・ヴァリニャーノにまつわる資料も閲覧できる。 中央・右:壁や天井には美しい装飾絵画や彫刻像などが今も数多く残る。

INFO:
Chieti sotteranea
Palazzo DE’ Mayo Museum
Largo Martiri della Libertà, 1, 66100 Chieti CH, Italy
Tel: +39 0871 331079

協力:アブルッツォワイン協会