maz_main3
"美食を求めて旅をする"、そんな旅のトレンドから、宿泊施設を備えたレストラン、いわゆるオーベルジュが日本の各地で注目を集めている。大都会のレストランは、あらゆる美食の選択肢を揃える一方で流行の移り変わりが目まぐるしいが、地方のオーベルジュでは、地産の食材が彩る一皿の中にその土地固有の食文化が色濃く反映され、その地で生きる料理人の知恵と経験値そのものが料理に奥行きを与えて常に刷新されていく。今日本各地のオーベルジュは、自然と共生する不便さがゆえに磨きあげられたイノベーティブな面白さに満ちている。

編集部では、北陸は石川県・富山県にフォーカスし、都会では感じることのできない驚きと、忘れられない感動を私たちに与えてくれるいま注目の4軒を取材。料理ジャーナリスト池田匡克氏のレポートでお届けする。
levo_ph04一軒目は富山県・利賀村にあるフランス料理店のオーベルジュ「L'évo(レヴォ)」。「ミシュランガイド北陸2021」で2つ星を獲得、「ゴ・エ・ミヨ2022」で2度目となる「今年のシェフ賞」を受賞。その名声を聞きつけた美食家が1000メートル級の山間という険しい道のりをもろともせず遠路はるばる足を運ぶ一軒だ。




日本屈指の豪雪地帯で味わう珠玉の山奥ガストロノミー

levo_ph05富山県と岐阜県の県境、日本屈指の豪雪地帯にあるオーベルジュ「レヴォ」に向かう山道は大雨で交通規制がかかっていた。東海北陸自動車道を五箇山ICで降りて「レヴォ」がある利賀村に向かおうとすると、道路整備の人がやって来てこう言った。「利賀村のあたりは今、大雨警報が出てますから十分に注意して向かってください」確かに時折路肩からは滝のような雨水が迸る中、この地方特有の合掌造りの集落や、高い吊り橋、濁流に変わった川をいくつも越えてようやく「レヴォ」に着いた時は、正直胸を撫で下ろしたものだ。

levo_ph02「レヴォ」はオーナーシェフ谷口英司氏が2018年に富山県内にオープンし、2020年12月に同県内の南砺市利賀村に移転オープンしたオーベルジュだ。神戸出身の谷口氏は水の魔術師と言われたフランス料理の巨匠ベルナール・ロワゾーに師事したのち「西洋膳所サヴール」のシェフとして富山にやって来た。「最初はなんで富山?と思いましたが、それ以来ずっと富山です。利賀村に来た時、地元の人からは山奥でフランス料理をする変わった人と思われていました」と谷口さんは笑う。

料理の基本となる良質な水を求め、自ら山に分け入って山菜を取り、猟師と語らってジビエを手にする。熊や猪などの獲物は、全て猟師から買い上げて専用の貯蔵棟で熟成させ、食べ頃の時に調理するのだ。

(写真左)オーナーシェフ谷口英司氏。「富山に移り住んで、冬の山の厳しさを身をもって知り得た時はじめて、富山の食文化や歴史をより深く理解し、そうした経験、理解の深まりとともに自分の料理の形も変わっていきました。」と話す。

「レヴォ」での滞在はコテージタイプの客室3棟のみ。旅の疲れを癒すには、貸切タイプのサウナとワイルドな屋外水風呂がいい。雨が上がった直後、水風呂に浸かっていると森の空気がなんともいえない清涼と爽快を運んできてくれた。 maz_ph2(写真)大きな窓の外は、一面緑一色の山景色。部屋から出る時は、念のため熊鈴を身に着ける。





富山の谷口流の鮮烈な饗宴は、旅の一大ハイライトに。

maz_ph2ディナーはレストラン棟で一斉スタートとなる。まずは板谷楓の原液、黒文字とキハダの蜂蜜で作った食前酒で喉を潤し、5種類のフィンガーフード=プロローグのあとはいよいよ本番だ。
maz_ph2maz_ph2(写真)左上:「食前酒」いたやかえでの原液 右上:「prologu」5種のフィンガーフード。下:「鱧」。

まず「鱧」は鱧の出汁からとった冷たいジュレに海の香りが豊かなウニ、アイナメの組み合わせ。「月の輪熊」は初めて食べたが、これが上質なローストビーフを思わせる味わいでびっくり。食べごろになるまで熟成させるという谷口さんのジビエにかける思いが凝縮した料理だ。

maz_ph2maz_ph2(写真)左上:「月輪熊」 右上:「赤烏賊」 左下:「アスパラ」 右下:「大門素麺」。

富山県の特産品である大門素麺は、山羊のチーズのスープとほろ苦いフキノトウオイルでスープパスタのイメージ。レヴォの代表料理「レヴォ鶏」は酒粕などを与えながら「レヴォ」のために育てられた地鶏のもも肉に米を詰めてロースト。しっかりとした肉質の地鶏はとても滋味深くて味わい深い。
maz_ph2(写真)左:「虎魚」 右:「レヴォ鶏」。
「虎魚」は富山湾産のオコゼを皮目はパリパリに焼き上げてある。山菜、富山産ガス海老のソースがまた好相性。「猪」骨つきの猪も若い個体ならではのみずみずしさで、子羊のような上質な肉質。月の輪熊も猪もジビエの概念を打ち壊す洗練された上品な味で、ここでしか味わえない独創的な料理が次々に登場する圧巻、大迫力のディナーコースだった。

「レヴォ」は翌朝の和朝食もまた素晴らしい。利賀村の郷土料理や保存食をテーマに再構築し、八寸のように美しく守られた皿には月の輪熊のしぐれ煮や、金時草のおひたし、舞茸のカレー風味などが一口ずつ盛られている。味噌汁はなんと猪とタマネギ。夕食と朝食2回に分け、和洋両方のアプローチで利賀村の自然と風土を味わいつくす。
maz_ph2 雨も上がった帰りがけ、利賀川にかかる吊り橋から下を除くと、前日はあれだけの濁流だったにもかかわらず川は綺麗な清流に戻っていた。水を求めてこの地を選んだと谷口さんが言うように、利賀村の山々が誇る保水力と洗浄力にあらためて驚嘆。山の豊かさと険しさを教えてくれる象徴的な風景だった。帰り道に時間があれば、世界遺産である越中五箇山相倉地区の合掌作り見学をおすすめする。一見不便そうに見える暮らしでも、人々の知恵や工夫が込められた豊かな保存食や料理は、飽食に慣れた現代人が味わうべき料理なのではないだろうか。

Photo&Text Masakatsu Ikeda


 北陸オーベルジュ特集 
Vol.01 「L'évo」|富山県利賀村
Vol.02 「Auberge“eaufeu”」|石川県小松市
Vol.03「Villa della Pace」|石川県七尾市
Vol.04「湯宿 さか本」|石川県珠州市

restaurant information


0-4 L'évo(レヴォ)

住所:富山県南砺市利賀村大勘場田島100
Tel:0763-68-2115
定休日:水曜日
客室:コテージ3棟
「コテージ1」44,000円、「コテージ2」55,000円、「コテージ3」77,000円/部屋
レストラン:ランチ、ディナーとも完全予約制 ディナーコース22,000円、朝食3,850円
※料金は全て税込み


profile


271193336_218304717066079_9175347463668159402_n
池田匡克 ジャーナリスト、イタリア料理愛好家

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア国立ジャーナリスト協会会員。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。WebマガジンSAPORITA主宰。
イタリアを味わうWebマガジン「サポリタ」
http://saporitaweb.com//
<関連記事>
グッチと世界のトップシェフのコラボレストランが東京上陸 「Gucci Osteria da Massimo Bottura Tokyo」 by 池田匡克
国境という概念にとらわれない自由な世界観 南青山「NARISAWA」 by 池田匡克
「アルマーニ / リストランテ」カルミネ・シェフが年間最優秀シェフに選ばれる by 池田匡克
ヴィンテージに囲まれた暖かい空間で味わう京イタリアン 京都「cenci」 by 池田匡克
日本料理の美味しさと楽しさを世界に伝えるパイオニア 神宮前「傳」 by 池田匡克
フィレンツェ生まれのラグジュアリー紅茶「La Via del Te」が誘う心豊かなイタリアンティータイム by 池田匡克
フランチャコルタと楽しむイノベーティブなガストロノミー・ヴィーガン 銀座「ファロ」 by 池田匡克
変化するファッションブランドとファインダイニングの関係 銀座「アルマーニ/リストランテ東京」by 池田匡克
国境も、既成概念をも超えるー 新次元のフードエクスペリエンス 渋谷「The SG Club」
世界中のカクテルラバーが扉をたたく看板のないバー 新宿「ベンフィディック」
【スペシャルインタビュー】アジア最高位のイタリア人シェフ、ルカ・ファンティン
世界最高の料理人マッシモ・ボットゥーラ、初のドキュメント 『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』