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(写真)黒龍酒造が手掛ける観光施設「ESHIKOTO」。
変化に富んだ風土と気候、まろやかな名水に恵まれ、歴史とともに豊かな食文化が育まれてきた福井県。誰もが思い浮かべる冬のごちそう「越前がに」や、在来種の風味豊かなそばに大根おろしと削り節、刻んだネギをのせていただく「越前おろしそば」、冬にこたつで楽しむ「水ようかん」など、今や県外にも広く知られる名物は多数ある。2022年11月、訪れた福井には、福井の人々の心に生き続ける食の伝統と、その伝統を未来へとつなぐ新たな美食との心震わす出合いが待ち受けていた。

2022年オープン、黒龍酒造が手掛ける複合施設「ESHIKOTO」へsen
fukui_01ph01(写真)左から、「ESHIKOTO AWA LIMITED」、上品ですっきりとした純米酒の「永 五百万石」、フルーティでやわらかな純米大吟醸の「永 さかほまれ」。

2022年6月、九頭竜川を臨む自然豊かな永平寺町にオープンしたのは、福井県を代表する日本酒の蔵元である黒龍酒造を擁する、石田屋二左衛門が手掛ける複合施設「ESHIKOTO(えしこと)」だ。約3万坪ある敷地面積のうち、第一弾としてオープンした約1万坪には、日本酒の貯蔵セラーとイベントスペースから成る「臥龍棟」と、ショップとレストラン、パティスリーを備えた「酒樂棟」、5万本貯蔵可能な地下蔵が建つ。
fukui_01ph01(写真)「酒樂棟」には、ショップとレストラン、パティスリーを備えた。

10年間の構想を経て誕生した「ESHIKOTO」が目指すのは、「お酒を核に福井を中心とした北陸の文化を伝える場所」としての役割。名前の由来は、永平寺の「永=とこしえ」の逆読みであるのと同時に、「良きこと」の意味をこめたものという。ブルゴーニュやナパヴァレーなどのワイナリーを巡り、訪れた人にその土地の風土や食を楽しんでもらいながらワインを飲んでもらうという、巧みなプレゼンテーションとホスピタリティに感銘を受け、ヒントを得たという、8代目当主の水野直人さん。オーベルジュもオープン予定だ。
fukui_01ph01(写真)「ESHIKOTO」の「臥龍棟」。

サイモン・コンドル氏が設計デザインを手がけた臥龍棟(通常は見学不可。取材・イベント時のみ開放)に足を踏み入れると、そこはまるで聖堂のように美しく厳かな空間だった。樹齢200年の杉の丸太をそのまま使用したカウンターが設置され、貯蔵セラー「臥龍房」では、「ESHIKOTO」ブランドとして初めに展開したスパークリング日本酒、「ESHIKOTO AWA」のシャンパーニュ方式による瓶内二次発酵が行われている。15か月以上瓶内二次発酵を含め、約2年という熟成期間を取る日本酒の蔵は珍しく、これによってドライな飲み口に。
fukui_01ph01(写真)「臥龍棟」内の貯蔵セラー「臥龍房」では、約8000本の酒の瓶内二次発酵が行われている。

「酒樂棟」の「石田屋ESHIKOTO店」でテイスティングしてみると、美しい泡が立ち上る透明感のある酒が美しく、ドライですっきりした味わいとともにふくよかさも感じられ、料理との相性がいいこと間違いない。そのほかESHIKOTOブランドの「永(とこしえ)」シリーズなど、ここでしか手に入らない貴重な酒を試飲・購入も。レストラン「Apéro & P â tisserie accoya」では、膳のスタイルで福井×フレンチの美味をお酒とともに味わえる。食材のみならず食器も、使用されているのは越前焼きや越前漆器など福井の職人の手によるもの。九頭竜川の美しい景観を目の前に、福井の地で脈々と受け継がれ、未来へとつながる奥深い伝統と文化を、食を通じて存分に体感できる。
fukui_01ph01(写真)石田屋ESHIKOTO店では、ここでしか入手できない貴重な日本酒を試飲、購入できる。きめ細やかな泡と透明感が美しい、「ESHIKOTO AWA LIMITED」。

information


fukui_01infoESHIKOTO

所在地:福井県吉田郡永平寺町下浄法寺第12‐17
Tel:0776‐63‐1030
閉館:毎週水曜日、第1・3・5火曜日
入場は20歳以上の方のみ


ル・テタンジェ賞受賞の堀内シェフの"福井でしか食べられない料理”sen
福井から世界へと発信する。そのしなやかで力強いエネルギーを感じさせるのは、2022年秋にリニューアルオープンした福井市のフレンチレストラン「ル・ジャルダン」のシェフ、堀内亮さんだ。これまで東京・銀座の「ロオジエ」やフランス・オーベルニュ地方の「レジス・エ・ジャック・マルコン」など、日仏の星付きレストランで腕を磨き、2022年5月には世界的な料理コンクール「ル・テタンジェ賞」で日本人として史上3人目となる優勝を果たした。今、日本で最も熱い注目を浴びる料理人の一人と言って間違いない。
fukui_01ph01(写真)「ル・ジャルダン」シェフの堀内亮さん。福井では生産者との距離の近さも大きな喜びだと話す。

堀内さんが目指すのは、「目で見ても実際に食べても、何を食べているかがきちんと分かり、記憶に残る美味しい料理」。魚介類を筆頭に素晴らしい食材があふれる福井の地に根差して、福井の食材を使いながらも和食にならないよう心掛け、フランス料理の真髄を守りながらも革新し、磨きをかけて「福井でしか食べられない料理」を提供していきたいと語る。

fukui_01ph01(写真)「若狭ぐじとトリュフのテリーヌ」は、コースのひと皿として。

福井を代表するブランド魚を主役とした「若狭ぐじとトリュフのテリーヌ」は、若狭ぐじ(アマダイ)とトリュフを重ねて若狭ぐじのムースで包み、低温で火入れしてしっとり、ふっくらとして香り豊かなテリーヌに。若狭ぐじの骨で取った白ワインソースからさわやかさと旨みが広がり、揚げた若狭ぐじの皮が食感のアクセントを添えている。「アマダイの切り身をうろこ焼きにするのでは、火が入りがちになりますし、ありきたりで面白くないな、と思って発想しました。皮に油をかけて揚げたら、花のように美しく開いたのは、嬉しい発見でした」と、堀内さん。余計なものをそぎ落とし、モノトーンで仕上げた洗練された装いと深みある味わいに、思わずため息がこぼれ、福井の豊かな自然の恵みと若きフレンチシェフの豊かな感性と卓越した技術の融合に大きく心を揺さぶられた。

information


fukui_01infoル・ジャルダン

所在地:福井県福井市文京4-28-16
Tel:0776-29-0026
営業時間:ランチ 11:30〜15:30(13:30L.O.)
ディナー 18:00〜23:00 (20:30L.O.)
休業日:火曜、 水曜休み


朝倉氏の歴史が残る城下町で郷土料理を味わう
sen福井で受け継がれる魅力豊かな郷土料理を味わったのは、福井市街から8キロほど南東に位置する東郷地区にある「福井ふるさと茶屋 杵と臼」だ。自然豊かな里山に建ち、古民家の佇まいが懐かしさを感じさせる。運ばれてきた「餅餅およばれ膳」は、地元の食材と米を使ってつくられた郷土料理とつきたての餅がセットとなったおもてなし膳。戦国時代、朝倉氏が約100年間、5代に渡って治めた城下町跡の「一乗谷朝倉氏遺跡」が近いことから、2022年、「福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館」のオープンに合わせて誕生した。
fukui_01ph01(写真)「餅餅およばれ膳」では、つきたての餅がふるまわれる。2,500円(要予約)。

そこに並ぶのは、季節野菜のてんぷらやニシンの昆布巻、すこ(赤ずいきを甘酢で味付けしたもの)のほか、浄土真宗をはじめ仏教の信仰が厚い福井らしく、仏事やお祭りのごちそうにも欠かせない麩の辛子合え、厚揚げ煮など。いずれも、各家庭で代々受け継がれ、地域の女性たちが手間ひまかけて作り続けてきた、素朴ながらも心温まる料理ばかりだ。食べればしみじみとした美味しさが広がり、愛情とやさしさに包まれるようだった。
fukui_01ph01(写真)「一乗谷朝倉氏遺跡」にぽつりと建つ、唐門。豊臣秀吉が朝倉義景を弔うために寄進したと伝えられる。

食事を終え、いざ、「一乗谷朝倉氏遺跡」へ。織田信長との戦に敗れて焼き討ちに遭い、京から離れた越前国にありながら高い文化と栄華を誇った城下町はすべて燃え尽きてしまったが、その後の発掘調査をもとに現在は当時のにぎわいを伝える町並みが復元されている。数々の出土品は「福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館」に展示され、調理具や皿、曲物といった食にまつわるものも。「義景亭御成之記録」には、5代朝倉義景がのちの室町幕府15代将軍の足利義昭を、贅を尽くした17献の御膳でもてなしたという、「足利義昭御成の献立」が記されており、先ほどの「餅餅およばれ膳」は、こうした雅なもてなし上手として知られた朝倉氏にならって作られたものという。
fukui_01ph01(写真)戦国大名・朝倉氏一門の健康維持と氏族繁栄を願って作られた、一子相伝・門外不出の薬味酒「蘭麝酒」2,750円(税込み)。江戸時代からの本みりんの製法で造られているお酒「うす墨桜」1,430円(税込み)。

また、明に渡って医術を学んだ僧・谷野一栢も仕えたという朝倉家ゆかりの健康酒として、今も変わることなく一乗谷近くの「青木蘭麝堂(らんじゃどう)」で造り継がれているのが「蘭麝酒(らんじゃしゅ)」だ。自家栽培のもち米とうるち米を原料として仕込んだみりんに、十数種類の自然の生薬を漬け込み、精米から醸造まで全工程において人の手を介して丁寧に造られる。配合はもちろんのこと、和釜と甑を使った製法は昔と変わらず、一子相伝で門外不出。琥珀色が美しい蘭麝酒を口に含めばとろりと甘やかで、清涼感のある生薬の香りがふくよかに広がっていく。その他にはない奥深い芳香と味わいは、健康のためだけでなくリキュールとしてゆっくり嗜むのにもふさわしい。豊かな余韻に包まれながら、往時の一乗谷の活気と朝倉氏一族の繁栄に静かに思いを馳せた。

2024年春には北陸新幹線の金沢―敦賀間の開業も予定され、熱い視線が注がれる福井県。ひと足先に、魅力あふれる美味と文化を巡る旅へ出かけてみてはいかがだろう。

information


fukui_01info福井ふるさと茶屋 杵と臼
所在地:福井県福井市上東郷町22-7
Tel:0776-41-2173
休日:日曜・月曜日 ※宿泊・イベントは可能 営業時間:10:00〜21:00

福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館
fukui_01info所在地:福井県福井市安波賀中島町8₋10
Tel:0776-41-7700
開場:9:00〜17:00(入館は16時30分まで)
休館日:年末年始(12月29日〜1月2日)

fukui_01info青木蘭麝堂
所在地:福井県福井市脇三ケ町25−19
Tel:0776-41-0078
営業時間:8:00〜18:00(年中無休)

text by Rieko Seto
取材協力:福井県交流文化部ブランド課

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瀬戸理恵子 フードエディター・ライター

1971年東京都生まれ。銀行勤務を経て2000年にパリへ製菓留学し、エコール・リッツ・エスコフィエ、ル・コルドン・ブルー パリで菓子ディプロムを取得。ピエール・エルメ氏のもと研修を重ねる。2001年帰国し、月刊誌「料理王国」、「料理通信」の編集部を経て、2009年独立。お菓子を中心にフリーランスのフードエディター・ライターとして活動中。監修・共著に「東京手みやげ 逸品お菓子」(河出書房新社)など。このほか、「『オーボンヴュータン』河田勝彦の郷土菓子」(誠文堂新光社)『アテスウェイ 川村英樹の菓子』など、パティシエの書籍製作も手がける。