銀座「ファロ」エグゼクティブ・シェフの能田耕太郎氏は、日本とイタリア両国で活躍する国際的なシェフだ。イタリアでは2度に渡ってミシュラン1つ星に輝き、2018年にエグゼクティブ・シェフに就任した「ファロ」にも1つ星をもたらした。 日本における、伝統的イタリア料理を一歩進めたイノベーティブ・イタリアンの第一人者であることは間違い無い。そんな能田シェフは以前から「ガストロノミー」コースと並行して「ヴィーガン・ガストロノミー」コースに意欲的に取り組んできたのだが、その集大成となる初のレシピ集「ヴィーガン・ガストロノミー」が2022年12月に発売された。
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ヴィーガンとはベジタリアン=菜食主義者であるのに対し、肉魚はもちろん卵や乳製品などの動物性食品を一切口にしない完全菜食主義者のこと。食事だけでなく、動物愛護の観点から衣服や装飾品にも毛皮や皮革などの動物性製品を一切身につけない倫理的ヴィーガン=エシカル・ヴィーガンも存在する。能田シェフは自らを「自分は肉も魚も大好きなのでヴィーガンではありませんが、ガストロノミーとしてのヴィーガンを追求しています」という。

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能田シェフのスペシャリティに、パスタの代りにジャガイモを使ったグルテンフリーの「ジャガイモのスパゲッティ」がある。これはローマの伝統料理であるパンの上にバターとアンチョビをのせた「パーネ・ブッロ・エ・アッチューゲ」にヒントをえた料理でグルテンアレルギーのゲストのために作ったのがきっかけだった。やがて「ファロ」を訪れたゲストから「自分はヴィーガンなんだけど能田シェフのジャガイモのスパゲッティが食べたい」というリクエストを受け、バターとコラトゥーラ(イタリアの魚醤)を何に置き換えるか?というヴィーガン・ガストロノミーへの挑戦がはじまったのだ。

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先日「ファロ」にて「ヴィーガン・ガストロノミー」の発表会が行われた際、能田シェフが著書の中から構成した、スペシャル・メニューを披露してくれたので紹介したい。まず前菜は「菜の花のタルト ビーツと梅ドーム ニンジンのタルト」菜の花のタルトはアーリオ・オーリオ・エ・ペペロチーノに見立ててトウガラシの発酵食品かんずりを使用。ビーツと梅ドームはビーツのピューレをトマトソースのゼリーで覆ってあり、金時ニンジンは蝋梅コンブチャでマリネ。花に見えるのはキンカンの皮だ。いずれも一口サイズの中にしっかりと野菜の旨味プラスアルファの酸味や奥深さがしのばせてある。
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次に運ばれてきたのは全て自家製という「ヴィーガン・チーズ」の盛り合わせ。通常はコースの最後にサーブし「ヴィーガンでここまでできるのか?」という驚きを伝えたかったと能田シェフ。カシューナッツを主原材料にチーズに似たフレーバーがあるニュートリシュナル・イーストを加え、スパイスやカビを混ぜてさまざまなヴィーガン・チーズを作っている。この日登場したのはプレーン、黒胡椒、パプリカ、白カビ、青カビ。いずれも本物を思わせる風味とコク、しかししつこくない上品さがとても印象的だ。
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ミートソースに見えるパスタは高野豆腐と大豆ミートを使った「タリアテッレ・ヴィーガン・ボロネーゼ」だ。香味野菜とトマトソース、さらにシイタケやポルチーニも加えたヴィーガン・ミートソースは食べ応えがあり「これが本当にヴィーガン?」と驚くはずだ。
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野菜を中心にしたヴィーガン・メニューではいかに美味しい料理が続いても、最後にもう少しボリュームあるメインが食べたくなるのも事実。能田シェフが用意したメインは「蓮根のロースト」だ。姫路産の蓮根を丸ごとローストし、外側はクリスピー、中はしっとりと異なる食感が楽しめ、穴の中にはフレーバーが異なる数種類の豆乳マヨネーズを詰めて油脂分をプラス。食べごたえもあり、満足感ある堂々たるメイン料理だった。

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シェフ・パティシエの加藤峰子氏が最後に運んできてくれたデザートは「チョコバナナサンデー」。これは資生堂パーラーの人気定番メニューへのオマージュで、豆乳とバニラのヴィーガン・クリームにバナナの皮を使ったコーヒー風味のジョコンド(チップス)、ヴィーガンチーズケーキとヘーゼルナッツ、そして加藤氏自らが現地に足を運んで見つけたという沖縄の銀バナナ。この日は一体何度「これもヴィーガン?」と自問自答したことだろう。最後のデザートもまた素晴らしく、一連のメニューでは動物性食品も乳製品も一切口にしていないというのにとても深い満足感が得られた。

能田シェフは日本のヴィーガン=精進料理の研究にも熱心で、高野山の「生身供(しょうじんく)」をテーマにしたオリエンタル・ヴィーガン・メニューも発表したことがある。生身供とは弘法大師に毎朝食事を供える重要な儀式で、高野山では1000年以上に渡り1日も欠かさずに行われている世界最古のヴィーガンメニューなのだ。イタリア料理をベースに精進料理の伝統のみならず、最新の技術や食材を駆使した能田シェフの「ヴィーガン・ガストロノミー」は体や環境に優しく、なおかつ驚きに満ちた美味なる料理の連続。その思考は独自の進化を続け、未だかつて誰も成し遂げたことがない前人未到のヴィーガン料理へと達しつつあるようだ。

text/photo by Masakatsu Ikeda

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池田匡克
ジャーナリスト/イタリア国立ジャーナリスト協会会員

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。2023年「ITALIAN WEEK 100」のディレクターに就任。