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(写真)岐阜県中部、美濃市「美濃和紙あかりアート館」。
岐阜県中部、関市と美濃市は古い伝統と文化が残る美しいエリアだ。関市、美濃市の伝統、観光の見どころといえば「美濃和紙」や「清流長良川の鮎」。ともに今も地元の人々がその匠の技を継承し、景観と伝統の保護に努めている。 また美濃市中心部にはかつて栄えた和紙商人たちの邸宅が並ぶ「うだつの上がる町並み」も綺麗に保存されており、江戸時代にタイムスリップしたかのような感覚にとらわれることだろう。
一方、関市といえば世界的に名高い「刃物のまち」で、織田信長によって保護された刀匠の後継者たちが今も伝統を継承し、日本刀を造り続けている刀鍛冶の里でもある。美しい長良川では宮内庁式部職の鵜匠たちによる伝統漁法の鵜飼が今も行われており、鮎とうなぎが世界に誇るグルメ食材で、歴史と美食、魅力に満ちた岐阜を旅する。


古民家が建ち並ぶ日本の原風景を訪れて。 sen

 うだつの上がる町並み散策 
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美濃市中心部、美濃町地区には和紙で栄えた旧商家の邸宅が並ぶ、美しい一画が今も残されている。東西2筋、南北4筋からなる碁盤の目状の町並みはそぞろ歩くだけでも楽しいが、ふと視線を上げてみれば、どの邸宅にも「うだつ」と呼ばれる美濃独特の装飾が施されているのが見えるはずだ。これは本来隣家の火事が燃え移らないように作られた防火壁だが、時代を経るごとに装飾的意味合いが強くなり、豪商になればなるほど「うだつ」の装飾に力を注いだことから裕福さの象徴となった。「うだつが上がらない」という表現の語源はこの「うだつ」のこと。うだつが上がる、つまり高々と立派なうだつを掲げた商家は商売も繁盛し、栄えているということに由来するのだ。

 美濃和紙あかりアート館 

美濃の手すき和紙は1300年の伝統を誇るが、うだつの上がる町並みに和紙を組み合わせたのが「美濃和紙あかりアート展」だ。今年で30年目になるこのアート展は、全国から集まった和紙を使った光のオブジェをうだつの上がる町並みの路上に展示し、夜の帷と共に町を照らす幽玄の灯りを楽しむイベント。毎年10月から11月にかけて、美しいオブジェと秋の夜長を楽しみに全国から和紙ファンが美濃に訪れるが、期間中以外でも過去の作品が楽しめるのが「美濃和紙あかりアート館」だ。これは旧美濃町産業会館を改装したギャラリースペースで、2階部分には過去の大賞受賞作品はじめ、美しいオブジェが展示されている。秋の本番、美濃市を訪れてうだつの上がる町並みと和紙アートの融合を体験するのももちろんいいが、「美濃和紙あかりアート館」で季節を問わず和紙アートを楽しむのもまたよいのでは。
fukui_01ph01(写真)美濃和紙あかりアート館。

 旧今井家住宅・美濃史料館(市指定文化財) 

美濃市中心部、うだつの上がる町並みにひときわ目立つ重厚な日本家屋がある。かつて和紙問屋として財を成した豪商今井家の旧住宅だ。今井家は美濃を代表する商家として名高く、江戸末期から昭和16年ごろまで美濃の庄屋を務めてきたほど。邸宅は東と西で様式が異なることから、江戸中期に建てられた後明治時代に増築されたといわれている。その間取りは古い家屋が連なる美濃市でも最大規模で、奥の6室は他より一段高くなった上段造りとなっており、これは身分の高い人のための部屋だ。住宅中央部には高さ3mの明かりとりがあり、季節によって太陽が作り出す微妙なニュアンスが楽しめる。奥座敷は当時の栄華をしのばせる豪華さで、現在では入手不可能な屋久杉の天井板など細部にまで趣向が凝らされており、中庭には、日本の音風景100選の水琴窟があり、その趣ある音色を求めて、遠方からも多くの人が訪れている。 fukui_01ph01(写真)旧今井家住宅・美濃史料館(市指定文化財)。

information


うだつの上がる町並み
所在地:岐阜県美濃市加治屋町(美濃市観光案内所)

美濃和紙あかりアート館
所在地:岐阜県美濃市本住町1901-3
Tel:0575-33-3772
営業時間(開館時間):4月~9月 9:00~16:30(最終入館 16:15)
定休日:火曜日(火曜日が祝日の場合はその翌日)
年末年始(12月29日~1月3日)・祝日の翌日
料金:大人(高校生以上):200円、団体(20名以上):150円、2館共通券:400円(旧今井家住宅、美濃和紙あかりアート館入館)、3館共通券:800円(旧今井家住宅、美濃和紙あかりアート館、美濃和紙の里会館入館)

旧今井家住宅・美濃史料館(市指定文化財)
所在地:岐阜県美濃市泉町1883
Tel:0575-33-0021
営業時間(開館時間):4月~9月  9:00~16:30(最終入館16:15)
10月~3月 9:00~16:00(最終入館15:45)
定休日:12月~2月の火曜日(火曜日が祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、年末年始
料金:大人(高校生以上):300円、団体(20名以上):250円、2館共通券:400円(旧今井家住宅、美濃和紙あかりアート館入館)、3館共通券:800円(旧今井家住宅、美濃和紙あかりアート館、美濃和紙の里会館入館)


世界に誇る美濃和紙の魅力、文化に触れる。sen

 美濃和紙の里会館 

1300年続く美濃和紙は、その原料となる質の良い楮(こうぞ)と長良川、板取川の清らかな水が育んできた貴重な伝統工芸だ。美濃には現在も17工房の職人が昔ながらの技法にのっとり、一枚一枚丹精込めて紙をすいている。紙すきに使用される特殊な道具もそれを作る職人たちが全て手作りしており、細部に至るまで匠の技とこだわりが込められている。職人が使うものと同じ道具を使い、原料にもこだわった紙すき体験ができるのが「美濃和紙の里会館」。伝統の流しすき技法で美濃判(約33cm x 約45cm)の和紙を作る体験コースは特に人気。スタッフの指導のもと紙をすき、一枚ずつ乾燥してくれる。紙の歴史や製造工程が分かる展示や、年数回入れ替えする企画展示室を見学し終わった頃には、先ほどすいた和紙ができあがっており、持って帰ることができる。
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(写真)左:手すき和紙が1枚から購入できる売店 右:紙すき体験で使う簀桁(すけた)

information


美濃和紙の里会館
所在地:岐阜県美濃市蕨生1851-3
Tel:0575-34-8111
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週火曜日・祝日の翌日(火曜日が祝日の場合はその翌日/祝日の翌日が土・日曜日の場合は開館)
料金:大人(高校生以上):500円、団体(20名以上):450円、小・中学生:250円、団体(20名以上):200円


 人気の景勝地「名もなき池(通称:モネの池)」 

近年急速に人気となった景勝地に「名もなき池(通称:モネの池)」がある。これは本来、関市板取にある根道神社脇の貯水池のことで、地元では単に池と呼ばれている名もない池だった。かつては雑草が生い茂っていたが、池に隣接する「フラワーパーク板取」の経営者である小林佐富朗氏が1999年に除草を行いスイレンやコウホネなどを植えて池を整備した。そこに地元の人々が自宅では飼えなくなったコイを放ったことなどの偶然が重なり、いつしかモネの名作「睡蓮」の連作群を彷彿とさせる美しい池へと姿を変えていった。

SNSの発達と共に2015年ごろからその美しい風景が話題になり、一気に情報が拡散。いまではこの名もなき美しい池を目指して多くの人々が日本中から集まる名所となった。湧水は常に清らかで美しい水をたたえ、コウホネは黄色やオレンジ、赤に染まり、季節や時間帯によって水の色も異なる、まさにモネが描いた池のようなそのたたずまいに出会えたなら感動を覚えるはずだ。また、モネの池の見学後に立ち寄りたいのが「道の駅 美濃にわか茶屋」。ここでは名物の飛騨牛はじめ岐阜の美味が味わえる。
fukui_01ph01(写真)関市板取にある根道神社脇の貯水池、通称「モネの池」。

information


名もなき池(通称:モネの池)
所在地:岐阜県関市板取白谷
Tel:0581-57-2111
料金:無料

fukui_01info道の駅 美濃にわか茶屋
所在地:岐阜県美濃市曽代2007
Tel:0575-33-5022
営業時間:8:30~18:00






 一千有余年の伝統、鵜飼の幻想的な世界観を体験する。 sen

 小瀬鵜飼  fukui_01ph01長良川の伝統、鵜飼は国の重要無形民俗文化財に指定された1300年以上の歴史を持つ古い漁法。古来より長良川の鮎は、その美味ゆえに時の権力者が保護し、織田信長は鵜飼を業とする者たちに「鵜匠」という地位を与えて保護したといわれる。また、徳川家康は岐阜の鮎鮨を江戸まで運ばせ、その味を堪能していたとされる。

現在長良川では、岐阜と小瀬の2か所で鵜飼が行われており、長良川における鵜飼は「宮内庁式部職鵜匠」として毎年8回御料鵜飼を行い、皇室に鮎を献上している。鵜飼が行われるのは日も暮れて長良川に夜の帷が降りたころ。鵜匠は篝火を灯して鵜舟に乗り込むと、10から12羽の鵜をあやつっては次々に鮎をとらえてゆく。小瀬鵜飼は、そうした鵜匠たちの仕事ぶりを間近でみられるのが最大の特徴。鵜たちが鵜匠の号令のもと、次々に川に飛び込んでいく姿は実に見応えがある。静かな長良川に鵜の息遣いや鵜匠の掛け声のみが響くその光景は、太古の昔から何も変わっていない。この日鵜飼を披露してくれたのは鵜匠ジュウノジ18代の足立陽一郎氏。代々親から子へと受け継がれてきた世襲制の鵜匠は、現在小瀬に3人、岐阜に6人しかいない、貴重な伝統文化の継承者たちだ。

information


関遊船株式会社
所在地:岐阜県関市小瀬76-3
Tel:0575-22-2506
乗船時間:<1部>6月16日~8月15日 19:10、8月16日~9月15日 19:00、9月16日~10月15日 18:30(時間はあくまで目安です。時季、天候などで変更になります。)
<2部>1部(乗船約70分)終了後。(諸事情により変更になることがあります。)
※乗船時間の30分前までに、関遊船事務所で受付。


長良川の清流を眺めながら、夏の旬、鮎を食す。 sen

 関観光ホテルの鮎会席 

小瀬で鮎料理を堪能したいならば「関観光ホテル」の鮎会席がいいだろう。緩やかに弧を描く長良川沿いに立つこのホテルでは、長良川の美しい風景とともに鮎料理が楽しめる。鮎を揚げてから甘酢に漬け込んだ南蛮漬けは小ぶりの稚鮎がなんとも上品。塩焼きはややおおぶりの鮎に炭火でじっくりを火を入れて皮はパリパリ。ワタのほろ苦さと頭や骨まで食べられる身の柔らかさは、一度食べたら忘れられない。実山椒と醤油で煮つけた鮎の甘露煮は甘すぎない大人の味付け。ハイライトはあゆ雑炊で、鮎からとった出汁とともに長良川の宝石を丸ごと味わい尽くす贅沢な一品だ。こうすると欲しくなるのが岐阜の日本酒。鮎に合う地元ならではのお気に入りの日本酒を是非発見してみてほしい。

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information


fukui_01info関観光ホテル
所在地:岐阜県関市池尻弥勒寺91-2
Tel:0120-884-109(総合受付)


世界三大刃物産地の関市、食名物は鰻料理。sen

 鰻料理 角丸 
fukui_01ph01(写真)明治7年創業の老舗「角丸」の鰻丼。

関市と鰻には深い歴史がある。今を遡ること800年以上前の鎌倉時代、刀匠たちが関に移り住み、侍に必須の武器である刀を作り始めたのが刀鍛冶の里としての始まり。ピーク時には300人以上の刀鍛冶がいたといわれるが、力仕事である刀作りの貴重なエネルギー源として鰻が食べられるようになり、商業としての刃物産業が栄えるようになると、取引先や来客をもてなす関の名物として鰻が食べられるようになった。鰻とは、鮎漁に欠かせない鵜が飲み込みにくいことから「うがなんぎする=うなぎ」と名付けられたとの説もあるほど。長良川流域の歴史を物語る面白いエピソードだ。

明治7年創業の老舗「角丸」は関市を代表する鰻料理の名店。関東と違って蒸さずに炭火で直焼する鰻は香ばしくてさくさくとした食感。関東が背開きなのに対して中部、関西では鰻は腹開きが基本。これは大阪の商人が「腹を割って話す」ことから始まったといわれるが、「刃物のまち」、関もまた昔から商人が多く、鰻は「腹割り」が伝統となっている。また、先が尖っていない菜切り包丁に似た名古屋形と呼ばれる包丁を使うのも、「刃物のまち」ならではの伝統の一つだ。
fukui_01ph01(写真)「角丸」から徒歩10分ほどにある「せきてらす」は、関市の魅力を発見できる観光案内所。

information


fukui_01info角丸
所在地:岐阜県関市東門前町21
Tel:0575-22-0415
昼:11:00~14:00(L.O.13:30)
夜:17:00~20:30(L.O.19:30)
定休日:水曜日


FD_02写真提供:関市
せきてらす
所在地:岐阜県関市平和通4-12-1
Tel:0575-23-1670
開館時間:9:00〜17:00
休館日:火曜日・祝日の翌日。いずれも休日を除く。年末年始。



 関刃物ミュージアム「刃物屋三秀」 

関はドイツのゾーリンゲン、イギリスのシェフィールドと並ぶ世界三大刃物産地として名高く、その頭文字をとって「3S」とも呼ばれている。刃物やはさみ、ひげそり、つめきりなど日本全国の刃物生産のシェア第一位を維持しているほどだ。そんな関に実際に刀鍛冶体験ができるという、実にユニークな刃物ミュージアムがある。「刃物屋三秀」は現オーナーである3代目吉田和弘氏の祖父が始めた、軍刀・刀剣類の販売・修理を行う「吉田士魂刀製作所」がその前身。「刃物のまち」なのに小売店がなかった関で刃物の小売もはじめ、2018年に複合型体験施設として「関刃物ミュージアム」をオープンした。

館内では吉田氏自らが実演する居合切り見学や、25代・26代藤原兼房刀匠による日本刀鍛冶鍛錬見学ができる。藤原兼房刀匠は徳川家の刀を代々手掛けてきた室町時代から代々続く由緒正しい名工。第72代横綱稀勢の里が土俵入りに使った太刀をはじめ、歴代の相撲力士横綱の太刀を数多く手掛けてきた。刀匠が目の前で実際に大槌をふるう日本刀鍛冶鍛錬は迫力満点。火花を飛び散らせて刀をうつ、その光景は外国人客にも大人気となっている。
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information


刃物屋三秀
所在地:岐阜県関市小瀬950-1
Tel:0575-28-5147
営業時間:9:00~16:30
定休日:正月三が日不定休




 関善光寺の日本唯一の卍戒壇巡り 
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1750年代の宝暦年間、関の新屋広瀬家新太郎が祖父母の供養のために建てた大仏殿が関善光寺の始まりだ。正式には祖父母の戒名より山号を妙祐山、寺号を宗休寺と称する。その後寛政年間に信州善光寺大勧進等順大和尚が立ち寄り、1827年に10年余りの歳月をかけて落慶したのが現在の本堂。これは信州善光寺にそっくりで、大きさは約3分の1に縮小したいわばミニ善光寺。

有名なのが卍字型の戒壇回りだ。全国の寺院には戒壇回り(胎内巡り)ができる寺は50以上あるといわれるが、卍字型をした戒壇は日本広しといえどもこの関善光寺のみ。本堂「善光寺如来堂」の地下に下りていくと光が一切入らない真の暗闇に包まれる。左手でロープを握りしめながらすり足でゆっくりと進んでいくのは実に貴重な神秘体験。全長は49mあるが、これは人間が亡くなってから成仏するまでの49日になぞらえてある。この真の暗闇を歩くことで、心身が清められ阿弥陀に導かれて極楽浄土へといたる疑似体験ができるのだ。また、ロープをたどっていくと途中に仏性の鍵といわれる錠前があるのだが、これに触れることができた人は幸運に恵まれるといわれている。
fukui_01ph01(写真)境内にある「カフェ茶房宗休」のオリジナルブランドの珈琲をいただきながら一服。

information


fukui_01info関善光寺
所在地:岐阜県関市西日吉町35
Tel:0575₋22₋2159
営業時間:9:00〜17:00頃まで


fukui_01infoカフェ茶房宗休
所在地:関善光寺境内
Tel: 0575-46-9739
営業時間:8:30~16:00
定休日:水曜日・木曜日


Text & Photo by Masakatsu Ikeda
取材協力:岐阜県

profile


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池田匡克
ジャーナリスト/イタリア国立ジャーナリスト協会会員

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。2023年「ITALIAN WEEK 100」のディレクターに就任。