(写真)障子を開けると一面北山杉の林が眺められる中尾山宗蓮寺。
北山杉とは、京都市北西部の山間部で人工的に育成されている杉のこと。その歴史は古く、いまを遡ること約600年前の室町時代に開始されたとされ、千利休による「茶の湯文化」を支える茶室や数寄屋作りに欠かせない建築用材として広く用いられてきた。それは日本最古の林業といわれており、千利休が手がけた日本最古の茶室建造物である国宝「待庵」にも使用された。日本が誇る最高級銘木のひとつ、それが北山杉なのだ。 また建材としての美しさと重要性はもとより、天を突くかのように真っ直ぐに伸びたその樹形は景観としても非常に美しく、昭和41年には京都府の県木に指定されたほど。

 北山杉の代表的、樹齢600年の母樹と樹齢450年の大台杉


fukui_01ph01(写真)左:北山にある中川八幡宮。右:樹齢600年の母樹「八幡宮大杉」。

北山杉といえば川端康成の小説「古都」が真っ先に思い浮かぶ人も多いことだろう。これは別々の人生を歩んできた二人の姉妹の物語で、京都の呉服屋の娘として育った千重子と北山杉の村で働く娘、苗子は祇園祭の夜に運命的に出会う。何度も映画やドラマ化されており、その都度美しい北山杉の風景が描かれてきた。川端康成と親交が深かった日本画家東山魁夷は北山杉をモチーフとした作品「冬の花」を川端に贈るとこれが「古都」初版の口絵として掲載されて一躍有名になる。また、川端のノーベル賞受賞祝いに雪化粧した北山の景観を描いた「北山初雪」を贈ったエピソードも有名だ。

京都市内中心部から車を走らせること約40分。実際に北山を訪れてみるとまず整然と美しく並ぶ北山杉が山を埋め尽くす、その光景に息を呑むことだろう。北山を訪れたならば必ず見ておきたいのが台杉だ。これは手のひらを返したような杉の木を台座としてそこから垂直に伸びる木=垂木を剪定して育成する育林方法で14世紀頃に確立したといわれている。中でも樹齢450年の「大台杉」は今も多くの垂木を育てており、その圧倒的な生命力にはきっと感動を覚えることだろう。また「大台杉」の近くにはパワースポットとしても名高い樹齢600年の母樹「八幡宮大杉」もある。北山杉はこれまで交配による品種改良は行わず、良質な親木を選び、その枝から挿し木を繰り返して育成する事が600年の間繰り返されたてきた。その始祖の一つがこの母樹なのだ。

 名工中村外二工務店による北山杉を使った「鶴屋吉信本店」茶室
 

kitayamasugi_05(写真)左:数寄屋作りの名工「中村外二工務店」三代目中村公治氏が建材としての北山杉の魅力を解説してくれた。右:「中村外二工務店」が手がけた京都・上京区にある老舗菓子店「鶴屋吉信」の茶室。
kitayamasugi_06(写真)左:「鶴屋吉信」2階にある茶寮では、特製の和菓子がいただける。右:丹頂鶴が描かれた「鶴屋吉信」の店内。

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鶴屋吉信 本店 茶寮
所在地:京都府京都市上京区今出川通堀川西入る
Tel:075-441-0105
営業時間の詳細は“こちら
休業日:水曜日(臨時営業あり)


 北山杉の建築例「ごはんや一芯」と建築家 辻村久信氏 
fukui_01ph01(写真)左:「北山杉」の磨き丸太を床材として再制作した「ごはんや一芯」京都店 右:「ごはんや一芯」を設計し「ムーンバランス」代表辻村久信氏。

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ごはんや一芯 京都店
所在地:京都府京都市中京区大黒町90 Dolce Vita 京都六角 B1F
Tel:075-606-5422
営業時間:昼 11:30~14:30(L.O.14:00)夜 17:00~22:00(L.O.21:00)
定休日:年末年始 12/31~1/5(6日は夜からの営業)、盆休み 8/15-17(8/18は夜からの営業)


 北山杉の産地中川の集落にある杉商家の古民家を改装した「山の麺どころ」 

kitayamasugi_03fukui_01ph01(写真)上段:北山杉生産の中心地、中川の集落にある「山のめんどころ」にある、かつて北山商人が使用した客間 下段左:「山のめんどころ」では季節の京野菜を囲炉裏で炙って提供 下段右:アワ、ヒエ、タピオカを使ったグルテンフリーの特製麺。

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山の麺どころ
所在地:京都府京都市北区中川北山町100‐1
Tel:090-3618-6561


 北山杉生産者組合での北山杉管理と生産の実演 
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(写真)かつて北山杉を冠する場所として使われた木造倉庫群。

川端康成や東山魁夷が愛した、その美しい景観はたゆまない人々の努力によって維持されている。北山杉は丁寧な枝打ちによって先端部にのみ葉を残し、細く長く育成させることで建材として上質なクオリティを保っている。枝打ちのあとや変色が少なく、木の曲がりや木の元末の直径差も少なく断面の真円に近い北山杉は皮を剥いだあとに、人の手によって目の細かい川砂で磨かれ「北山丸太」として製品化されるのだ。実はこの細かい砂にも伝説がある。その昔、旅の途中の僧侶が北山の村で行き倒れてしまい、これを村人たちが手厚く看病。やがて元気を取り戻した僧侶は「菩提の滝壺にある砂で丸太を磨くといい」といって立ち去る。村人たちが実際に滝壺の砂を手に取って丸太を磨くと美しい光沢が現れて高く売れるようになり、この「磨き丸太」の生産で村は大層栄えたのだ。

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(写真)左:「北山丸太生産協同組合」では熟練の職人が北山杉の枝打ちを実演してくれた 右:「北山丸太生産協同組合」に保管され、出荷を待つ北山杉の磨き丸太。

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京都北山丸太生産協同組合
所在地:京都府京都市北区中川川登74
Tel:075‐406‐2955
かつて栄えた北山杉も、近年では和室や和風住宅の減少により一時期ほどの活気は見られない。しかし人の手により育ててきた景観と文化を守ろうと日々努力している人々がいることも事実だ。北山杉が製品化されるまで約30〜40年かかるので、その間北山の人々は北山杉を健やかに育て、その成長を温かく見守る。もし、まだ北山杉を間近にみたことがなければ一度北山まで足を運んでみてほしい。そこには川端康成や東山魁夷が愛した美しい風景だけではなく、北山杉の伝統と文化を守り続ける北山の人々の姿がきっとそこにはあるはずなのだから。

Text & Photo by Masakatsu Ikeda


profile


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池田匡克
ジャーナリスト/イタリア国立ジャーナリスト協会会員

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。2023年、「ITALIAN WEEK 100」のディレクターに就任。