「サンペレグリノ ヤングシェフ」はコロナ禍でしばらく活動が途絶えていたものの今年10月にはミラノで「サンペレグリノ ヤングシェフ アカデミー コンペティション2022-23」と名称を新たにして復活。世界一の若手シェフを発掘するグローバルな才能を見つける場であり、未来のガストロノミーを発掘し、育成することを目的とした世界規模のコンクールだ。 2015年に初めて開催されて以来、回を重ねるごとに新たな賞を用意したり、メンター制度を強化するなど、常に進化を続けている。今年は世界15地区の予選を勝ち抜いたウイナーシェフたちによる決勝が10月にミラノで行われ、イベリア地区代表のネルソン・フレイタス氏が見事5代目の優勝者となったのだ。

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京都中心部からやや離れた鴨川沿いに、瀟酒な一軒家レストランがある。かつてイタリア領事が使用していた建物を改装し、2021年10月にオープンした「middle ミドル」だ。オーナーシェフの藤尾康浩氏はパリに留学中フランス料理に触れ、料理を目指すようになったという経歴の持ち主。「パッサージュ53」「ミラジュール」で研鑽を積んだ後帰国し、大阪「ラ・シーム」ではスーシェフを務めるようになる。転機が訪れたのは2018年。若手料理人の才能を発揮する国際料理コンクール「サンペレグリノヤングシェフ」で日本代表に選ばれるとミラノで行われた本戦に出場。本戦でも日本人として初めて優勝するという快挙を成し遂げたのだ。優勝の瞬間をミラノで見届けて以来早5年の月日が流れたが、その間藤尾シェフは同コンクール優勝シェフとして世界各地で料理イベントを行い、和食店での経験を経て「middle」をオープンしたのだ。

この日「middle」では「サンペレグリノ ヤングシェフ アカデミー コンペティション」再開を記念し、第3回目の優勝者である藤尾シェフがホストとなり、スペシャルランチパーティが開催された。

「サンペレグリノ ヤングシェフ」で優勝した藤尾シェフの進化。sen
優勝した当時の藤尾シェフはフランス料理の技術をベースに、日本的エッセンスを加えたイノベーティブ料理が評価されていたのだが、その後和食などさまざまな経験を積んだ藤尾シェフがどのように進化したのか、料理の現在到達点を知る非常に興味深いイベントとなった。

まず前菜は「せこ蟹、柚子釜、グラニースミス、サワークリーム」今が旬のせこ蟹(香箱蟹)を丁寧にほぐし、くり抜いた柚子の中に爽やかな酸味のグラニースミスとコクのあるサワークリーム、内子、外子とともに重ねた一皿。異なる酸味と甘味、そして蟹の旨味。さらに内子と外子というこの時期ならではの味わいを楽しむ。

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続く温かい料理は「エビイモのからあげ」で京都を代表する食材のひとつであるエビイモをコンソメで炊いた後、さっくりと揚げ、卵黄と酒粕のソースで仕上げた。ねっとりとしたエビイモの表面はかりかり、ソースは軽い酸味と薫香が印象的だった。

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メインの「網取りの真鴨」はレアに近い火入の鴨の胸肉をハツやキモ、砂肝、血を使ったペヴェラータ風のソース。どことなく和を感じるソースは濃厚かつ味わい深く、添えられたネギとの相性は黄金の組み合わせ。最後に登場したのは「ウイスキーマック」というカクテルをイメージした柿のデザートで、柿にジンジャーワインをプラスしたさっぱりとした後味の良いデザート。フランス料理からスタートし、「サンペレグリノ ヤングシェフ」の優勝後は世界中を回ってさまざまな料理やシェフに触れ、多くの経験や知識を吸収した藤尾シェフの料理は非常にナチュラルで、気負いを感じさせない、藤尾シェフの人柄そのもののような料理だった。

食後に久しぶりに藤尾シェフと話す。「サンペレグリノ ヤングシェフ」に優勝した時、将来は精進料理をベースにしたイノベーティブに興味があるといっていたのだが、現在の「middleの料理は?と問うと「精進料理への料理は常に持ち続けていますが、『middle』ではまずこの元イタリア領事が使われていた素晴らしい重厚な空間がありますので、器選びも含めこの空間にふさわしい料理とは?を常に考えていて、自分がいいと思った食材のよさを損なうことなくストレートに伝えるということを大切にしています。『middle』とは以前から気に入っていた言葉なのですが、それには美術作品と受け手の間の距離間とか、夕暮れと宵闇の間の時間とか、そうした言葉にできない何かと何かをつなぐという意味が込めてあります。」

伝統料理とは違う、シェフの独創性や個性が込められたイノベーティブな料理は、その奥に込められたメッセージを読み取る作業こそが楽しい。そう言った意味では藤尾シェフの料理は「行間を読むべき料理」ということになるのだろうか。和でも洋でもない中間の領域に料理人としての美学と見識が込められた料理。それが藤尾シェフの現在到達点、「middle」の料理なのだ。

ちなみに今回のランチ会の目的は「サンペレグリノヤングシェフ アカデミー」の活動内容の訴求と次年度以降、一人でも多くの次なる藤尾シェフを日本から排出すること。「日本は言葉の壁やメンタルバリアでなかなか海外に出て行く人が少ないけれど、料理という共通言語があるのだからもっと世界にチャレンジしていってもらいたい」と藤尾シェフ。高みを目指す次なるヤングシェフへ、世界への扉は常に開かれている。

来年早々には2025年度「サンペレグリノ ヤングシェフ アカデミー コンペティション」の募集も始まるので、我こそはと思う若きシェフは是非挑戦してみてほしい。

https://www.sanpellegrinoyoungchefacademy.com/

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住所:京都市左京区下鴨上川原町5-3
Tel:050 3187 3880


text & photo by Masakatsu Ikeda

profile


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池田匡克
ジャーナリスト/イタリア国立ジャーナリスト協会会員

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。2023年1月、「ITALIAN WEEK 100」のディレクターに就任。