世界一予約の取れないレストランであるイタリアの「オステリア・フランチェスカーナ」が2025年9月9日(火)から14日(日)の期間限定でホテルニュー オータニ大阪に登場した。これは「大阪来てなキャンペーン“Top Chef in OSAKA 2025”」の一環で、大阪産の食材でメニューを構成することで大阪産の食材をPRするとともに、生産者や料理人をはじめとした大阪の食業界の活性化にも貢献するプロジェクトだ。

イベント初日の2025年9月9日、会場となったホテルニュー オータニ大阪18階にある「SAKURA」でディナー開始を待っているとほどなくしてボットゥーラ・シェフが会場に現れた。日本通として知られるボットゥーラ・シェフだが、大阪に来るのは実はこれが初めて。今回は全ての料理に大阪食材を使用するということで、イベント開始直前までレシピの微調整に取り組んだそうだが、果たしてどのような構成になるのか。記念すべき初日のディナーは満席、華やかなイベントはボットゥーラ・シェフのスピーチで幕を開けた

「わたしはすでに何十回も日本に来ていますが、実は大阪に来るのは今回が初めてです。皆さんご存知のようにわたしは日本が大好きですし、日本人スタッフとは何十年も一緒に働いています。彼らから聞いた大阪のイメージとは笑いと笑顔の街。ですから今回のメニューには大阪と瀬戸内の食材を使うだけでなく、思わず笑みがこぼれるようなユーモアとウィットにとんだ料理をお出しします。それこそがわたしが考える大阪なのです」

(写真)「オステリア・フランチェスカーナ」オーナーシェフ マッシモ・ボットゥーラ(Massimo Bottura)氏。「Food for Soul」創設者。国連環境計画(UNEP) 親善大使。国連SDG推進大使。


大阪の食材が変貌する、創造性あふれる序盤の一皿たち。sen
pullman_01
「A Potato Waiting for a Truffle ー トリュフになりたい男爵いも」

それではこの夜のメニューをご紹介しよう。まず最初に登場する一口サイズのアミューズ「A Potato Waiting for a Truffle ー トリュフになりたい男爵いも」はサクサクの男爵芋のフリットに黒トリュフのトッピング。『◯◯になりたい◯◯』とはボットゥーラ・シェフが多用するコンセプトで「南イタリアになりたい北イタリア」などいくつかの名品があるが、いずれも、異なる2つのコンセプトをクロスオーバーさせた料理。トリュフになりたい男爵いも、とはジャガイモという身近な食材も調理法によってトリュフに匹敵する美味しさになる、というクチーナ・ポーヴェラ(簡素な料理)を具現化した料理だ。

pullman_01
「Seto - Uchi Fish Soup ー 瀬戸内の魚介スープ」

pullman_01
「From Gragnano to Osaka ー グラニャーノから大阪へ」

「Seto - Uchi Fish Soup ー 瀬戸内の魚介スープ」。瀬戸内のさまざまな海の幸を詰め込んだ、スープという名の、冷前菜。エビ、イカ、タイ、いくら、バジルソースのフレッシュさが魚介類によく合う。「From Gragnano to Osaka ー グラニャーノから大阪へ」。これは今回の大阪で初披露する新作。昨年ボットゥーラ・シェフが発表したパスタ「From Gragnano to Bangkok ー グラニャーノからバンコクへ」はさまざまな賞を受賞したが、今回はその大阪バージョン。ウニソースをカルボナーラに見立ててアサリの燻製でグアンチャーレを表現。ニンニクと唐辛子、レモンの効かせ方が絶妙。

pullman_01
「Melanzana ー メランザーナ」

「Melanzana ー メランザーナ」。賀茂ナスで肉のような食感をイメージしたとボットゥーラ・シェフが語る一皿。一見シンプルな見た目だが、ディル、ほうれん草、パセリのソースは複雑かつ美味。今宵のハイライトはここからだ。

ボットゥーラ氏の真骨頂。世界を魅了した代表作が大阪で蘇る。sen
pullman_01
「The Crunchy Part of the Lasagna ー ラザニアの端っこのカリカリ部分」

「The Crunchy Part of the Lasagna ー ラザニアの端っこのカリカリ部分」は、ボットゥーラ・シェフが子供の頃に一番好きだったラザニアの焦げた部分をイメージし、再現した料理。パスタ生地を赤・白・緑のイタリア国旗に仕立て、パルミジャーノをたっぷり使ったラグーソースにディップしながらいただく。大人はもちろん、子供も気に入るであろうイタリアの味だ。

salvatore_cuomo13「Beautiful, Psychedelic, Spin-painted Wagyu, Charcoal Grilled with Glorious Colors as a Painting ー ビューティフル・サイケデリック」

メイン料理「Beautiful, Psychedelic, Spin-painted Wagyu, Charcoal Grilled with Glorious Colors as a Painting ー ビューティフル・サイケデリック」では、ソースパンを手にボットゥーラ・シェフが登場した。「ビューティフル・サイケデリック」とは、現代アーティスト、ダミアン・ハーストの連作「The Beautiful Paintings」をイメージした料理である。炭をまとわせた黒毛和牛の周囲に、アクション・ペインティングさながら6色のソースを皿に描いていく。ゲストも思わず席を立ち、ボットゥーラ・シェフの気迫あふれる盛り付けに固唾を飲む。そのパフォーマンスはもちろんのこと、何よりも6種類の野菜から作られたソースは、どれも素材の味がはっきりとわかる。ナイフがいらないほど柔らかい和牛フィレ肉にこのソースを絡めて食べると、イタリア料理の根底に流れる「素材重視」というメッセージがひしひしと伝わってくる。

salvatore_cuomo13「Not Warhol, Not Cattelan, Just Banana and Yuzu ー ウォーホルでもカッテランでもない、そんなバナナ」

アンディ・ウォーホルやマウリツィオ・カッテランの作品「バナナ」をイメージした「Not Warhol, Not Cattelan, Just Banana and Yuzu ー ウォーホルでもカッテランでもない、そんなバナナ」が登場すると、会場からは笑いがこぼれた。「ジョークが好きな大阪人のためのプレ・デセール」とボットゥーラ・シェフは語る。見た目は長さ5センチほどの小さなバナナだが、実はゆずとバナナのピューレを凍らせた冷たいデザートである。

salvatore_cuomo13「Oops! I Dropped the Lemon Tart ー おっと!レモンタルトを落としちゃった」

そして最後を飾るのは、ボットゥーラ・シェフの代表作「Oops! I Dropped the Lemon Tart ー おっと!レモンタルトを落としちゃった」だ。盛り付けの最中にスタッフがタルトを落として割ってしまったことから生まれた一皿であり、その“不完全さこそが芸術である”というボットゥーラ・シェフの哲学を象徴している。爽やかなレモンタルトは、アバンギャルドな見た目とは裏腹にクラシックなイタリアの伝統の味わいをもたらす。まさに形而上学的料理とでもいおうか。ボットゥーラ・シェフの言葉「最上の食材は常に頭の中にある」が示すように、単なる美味しさを超え、強いメッセージとともに記憶に残る感動を与えてくれるのだ。

全ての料理を出し終えたボットゥーラ・シェフは、最後のスピーチでこう語った。「現代料理とは素材の素晴らしさや秀逸なアイデアだけにとどまりません。美味しいだけの料理とは、次の日に別の美味しい料理を食べたら忘れられてしまうものだからです。しかし、わたしは料理を通じて感動を伝えたい。わたしが作る料理とは劇場のような総合芸術です。料理とは人の記憶、文化、ユーモアなど心の深い部分に届くべきだと思います。それこそが『オステリア・フランチェスカーナ』が世界中のどのレストランとも異なる点だと思います。」と締めくくると、会場からは割れんばかりの盛大な拍手が湧き起こった。

最後にテーブルを訪れたボットゥーラ・シェフと挨拶を交わす。「料理はどうだった?」「最高でした」と答えると、ボットゥーラ・シェフは満足そうにうなずき、「今日の料理が大阪の人々の記憶に残ればとても嬉しい」と微笑むと、例によってあっという間に去っていった。常に思考を止めないボットゥーラ・シェフの頭の中には、すでに次の料理のアイデア、仕事へのイメージがフル回転していることだろう。それこそが、ミシュラン三つ星や「世界のベストレストラン50」で世界一に輝いた、「世界一のレストラン」と呼ばれる『オステリア・フランチェスカーナ』を率いるマッシモ・ボットゥーラの日常の姿なのだ。

text & photo by Masakatsu Ikeda

profile


271193336_218304717066079_9175347463668159402_n
池田匡克
ジャーナリスト/イタリア国立ジャーナリスト協会会員

1967年東京生まれ。1998年よりイタリア、フィレンツェ在住。イタリア料理文化に造詣が深く、イタリア語を駆使してシェフ・インタビュー、料理撮影、執筆活動を行う。著書に『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』『シチリア美食の王国へ』『イタリアの老舗料理店』『世界一のレストラン オステリア・フランチェスカーナ』など多数。2014年イタリアで行われた国際料理コンテスト「ジロトンノ」「クスクス・フェスタ」などに唯一の日本人審査員として参加。2017年イタリア料理文化の普及に貢献したジャーナリストに贈られる「レポーター・デル・グスト」受賞。2023年、日本全国の北海道から沖縄まで100店の高級イタリア料理店が参加する大型レストランイベント「ITALIAN WEEK 100」のディレクターに就任。