2025年10月3日、白金高輪駅前に新たなモダンビストロノミーレストラン「Sillage(シヤージュ)」がグランドオープンした。店名はフランス語で“香りの余韻”を意味し、目には見えずとも、味わいや香りが記憶に残る体験を提供したいという想いが込められている。

南仏ニームを思わせる世界観に、日本の発酵文化と四季の恵みを重ね合わせた料理がこの店の持ち味だ。とりわけ印象的なのは、発酵を活かした調理法に加え、炭火や燻製といった香りの技法を巧みに重ねることで生まれる、香りの奥行きである。単なる風味づけにとどまらず、香りそのものが記憶に残る体験となり、「Sillage(香りの余韻)」という店名が体現されている。
(写真)左/宗定和輝シェフの出身地・岡山の野菜を中心に、選び抜かれた食材を用い、モダンなフレンチの技法で丁寧に仕立てる。右/シェフの所作がほどよく視界に入る、臨場感あるレイアウト。

厨房を率いるのは、岡山出身の宗定和輝シェフ。神戸北野ホテルや南仏ニームのミシュラン星付き「Jérôme Nutile」にて本場の技と感性を磨いた後、東京の4年連続ミシュラン獲得のフレンチレストラン「L’ARGENT」でガストロノミーの現場を経験した実力派。店内は、南仏らしい植物や素朴なテラコッタ鉢、木材の質感を生かした落ち着きのある空間設計。客席からはカウンター越しにシェフの所作を間近に望むことができ、料理が生まれる瞬間を五感で楽しめるのも、この店ならではの魅力だ。

発酵や燻製の香りが重なり合い、季節の素材をより豊かに引き立てる。sen
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(写真)アミューズ(栗とさつまいも、秋刀魚)秋の香りを閉じ込めた、クロケットと秋刀魚のアミューズ。

この日のディナーコースの幕開けを飾ったのは、栗とサツマイモの甘みをたたえた熱々のクロケットと、旬の秋刀魚にショウガのエスプーマを添えたアミューズ。クロケットの上にさりげなく添えられたマヨネーズには、炭のスモーキーな香りが忍ばされており、ひと匙でその輪郭がぐっと際立つ。秋の気配を穏やかに感じさせる、小ぶりながらも印象深いひと皿である。
通常、パンはコースの構成に明記されることは少ないが、こちらの自家製カンパーニュは例外である。北海道産「キタノカオリ」とルヴァン種を用いた香ばしいパンに、その日に届いた野菜を使った自家製の発酵ペーストが添えられ、一皿としての完成度を持つ。メニューにあえてリストオンされているのも頷ける、確かな存在感だ。

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(写真)「キタアカリ/オリーブオイル/サステイナブルな野菜のペースト」北海道産小麦「キタノカオリ」とルヴァン種で焼き上げた自家製カンパーニュに、その日に届いた野菜で仕立てた発酵ペーストを添えた一皿。

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(写真)左/「戻りガツオ/発酵パプリカ/すだち」桜チップの煙とともに立ち上がる、香りの余韻。右/「発酵舞茸/じゃがいも/卵黄」。桜桜チップの燻製香が全体を包み込み、舞茸の奥深さと卵黄の濃厚さが重なり合う一品。

続くのは、高知県産の戻りガツオに、2種の発酵パプリカソースとすだちを添えた一皿。脂ののったカツオの甘みを、発酵由来の酸味が支え、すだちの爽やかな酸が全体を引き締める。桜チップで燻製にし、テーブルでガラスの覆いを外すと、ふわりと立ち上る香りがまず感覚を刺激する。視覚と嗅覚に訴える演出も、この店ならではの余韻を印象づける。
「発酵舞茸/じゃがいも/卵黄」は、発酵させた舞茸をベースに、5種のきのことじゃがいも、卵黄を重ねることで、素材の旨味をひとつに閉じ込めたような一皿。じゃがいもはなめらかなエスプーマ状に仕立てられ、その中には温泉卵を思わせる卵黄のコンフィが忍ばされている。香ばしいヘーゼルナッツが食感のアクセントとなり、まろやかな旨味に心地よい輪郭を与えている。


(写真)「鱧/秋茄子/発酵トマト」。和の椀物をイメージしたモダンなひと皿。発酵の酸味と季節の旨味が、伝統の形に新しい表情を与える。

(写真)「甘鯛/菊/ヴァンジョーヌ」。香ばしく焼き上げた甘鯛に、菊のほろ苦さとヴァンジョーヌの芳醇な香りが重なる、秋を映す一皿。

続く「鱧/秋茄子/発酵トマト」は、和食の椀物を思わせる一品だが、食してみると「和のニュアンス」と「洋の厚み」が重なり合う絶妙な一品。昆布締めした鱧に、茄子と出汁のやさしい旨味、発酵トマトのほのかな酸味が寄り添い、中に忍ばせたフォアグラが、その輪郭に厚みとコクを加えている。
魚料理には、うろこをパリッと香ばしく焼き上げた甘鯛を主役に据えた一皿。下には蕪のローストを敷き、仕上げに菊の花をあしらうことで、和の季節感を織り込んでいる。ソースにはヴァンジョーヌを用い、香り高い酸味とコクが加わることで、穏やかな和の構成にフランスらしいアクセントが添えられている。

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(写真)メインディッシュ「岩中豚SPF」。きめ細かな肉質の旨味を、発酵マッシュルームのソースが奥行きある味わいへと引き立てるメインディッシュ。

メインには、岩中豚 SPF を使った一品をぜひ味わいたい。宗定シェフが出身のミシュラン一つ星レストラン「L’ARGENT」で培った経験を背景に、発酵マッシュルームのソースを添えたスペシャリテである。厚みのある岩中豚の旨味に、発酵マッシュルームの複雑な香味が重なり、記憶に残る味わいに仕上がっている。なお、メインディッシュはこのほかにも、近江鴨や黒毛和牛イチボ(+1,650円)からの選択も可能で、いずれも甲乙つけがたい味わいだ。

salvatore_cuomo13(写真)軽やかな洋梨にナッツのコクとカカオの深みを添えて。味わいのグラデーションが余韻を引く。

デザートの一皿にも、「L’ARGENT」の流儀を感じ取ったのは筆者だけではないはずだ。「洋梨/落花生/カカオ」という意外性のある組み合わせが見事に調和し、締めくくりに添えられた、焼きたてのホームメイド風フィナンシェに至るまで、心のこもったもてなしに満たされる時間となった。

なお、この日のディナーコースには、メインディッシュのあとにもう一皿、メニューには記されていない“サプライズ”が用意されていた。その詳細に触れたい気持ちは山々だが、この一皿は、実際に店を訪れて体験してこそ味わえる楽しみとして、ここではあえて語らずにおきたい。

香りは、実際にかがなければわからない。味もまた、口にしてはじめて心に残る。Sillage(シヤージュ)は、五感を通じた“実体験”にこそ価値を置く一軒だ。ぜひ、サプライズの一皿も含めて、その記憶に残る余韻を、自らの感覚で確かめてほしい。

photo by Masakatsu Ikeda

information


Sillage
所在地:東京都港区白金1丁目27-6 白金高輪ステーションビル 1 階
Tel:03-5793-5022
営業時間:ランチ:11:30~15:00 (L.O.14:00) ディナー:18:00~21:30 (L.O.20:00)
定休日:水曜日
予約サイト:https://www.tablecheck.com/shops/sillage/reserve
Instagram:https://www.instagram.com/sillage_shirokane/
X(Twitter):https://x.com/Sillage_platine/

取材協力:ジェイズ株式会社