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イタリアのアルト・アディジェ(Alto Adige)。よほどのワイン好きでなければ、すぐに地図上でその場所を示すことはできないだろう。イタリア最北端に位置し、オーストリアやスイスと国境を接する山岳ワイン産地だ。行政区分としてはトレンティーノ=アルト・アディジェ州の北側にあたり、州都ボルツァーノを中心にブドウ畑が広がっている。イタリア全体のワイン生産量に占めるシェアは1%未満。しかし、その品質の高さと多様性から、世界中のワインのプロフェッショナルたちを魅了してきた産地でもある。

そういえば、以前あるイタリア料理店のシェフが、こんなことを言っていた。「アルト・アディジェのワインにハズレはない。知らない生産者でも、知らないブドウ品種でも、アルト・アディジェのワインを頼んでおけば間違いないよ」 その言葉の真意を、今回の滞在で確かめることになった。



知るほどに魅力が深まる、アルト・アディジェのワイン

aburuzzo3_ph12ミラノのマルペンサ空港から車で約4時間。この秋、筆者は初めてアルト・アディジェを訪れた。目的は、ワインだ。 アルト・アディジェは、第一次世界大戦まではオーストリア=ハンガリー帝国の領土だった。そのため、現在も「南チロル(シュッド・チロル)」と呼ばれ、公用語はイタリア語、ドイツ語、ラディン語(イタリア北部のドロミテで話されている言語。ドロミテ語とも呼ばれる)の3つ。住民の約7割がドイツ語を母語とし、ゲルマン文化が色濃く残る。実際、「ボンジョルノ」と挨拶される場面はほとんどなく、イタリアの他地域とは明らかに異なる空気を感じた。

ワインもまた、「ラテン系とゲルマン系のいいとこ取り」と評される。オーストリア的な勤勉さが高い品質基準を支え、そこにイタリアらしい柔軟さが加わる。その絶妙なバランスこそが、この地のワインの魅力だ。
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地理的にも、アルト・アディジェはワイン造りに理想的な条件が揃っている。寒冷なイメージがあるかもしれないが、年間の晴天日は約300日。ブドウ畑はアルプス山脈の支脈にあたる標高200〜1000mに広がり、その標高差が多様なブドウ品種の栽培を可能にしている。北側ではアルプス山脈が冷たい山風を遮り、南側からはガルダ湖や地中海由来の温かな風が吹き上げる。さらに昼夜の寒暖差も大きく、これらの条件がワインにしっかりとした骨格とふくよかさ、そしてきりりとした清涼感をもたらす。なお、アルト・アディジェのワインは生産量の約98%がDOC(統制原産地呼称)に認定されている。品種や栽培方法に関する厳格な規定が守られている証だ。「アルト・アディジェのワインにハズレなし」という言葉には、確かな根拠があるのだ。
aburuzzo3_ph01 アルト・アディジェでは、土着品種と国際品種を合わせて約20種のブドウが栽培されている。生産量の約6割は白ワインで、ピノ・グリージョ、ゲヴュルツトラミネール、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランなどが中心だ。なかでもピノ・ビアンコ(ピノ・ブラン)は、DOC全体の約10%を占める主要品種で、地元でも「最もアルト・アディジェらしい」と評されている。一般的には「ミネラル感が豊かで後味がクリア、柑橘のニュアンスを持つ」と説明されるピノ・ビアンコだが、実際にはワイナリーごと、さらには同じ造り手でも畑によって表情が大きく異なる。食中酒として万能とされる一方で、個性の際立つ一本に出会えるのも、この地ならではの面白さだ。
aburuzzo3_ph01 この土地で印象的だったのが、燻製生ハムのスペックとピノ・ビアンコを合わせるアペリティーヴォ。スペックは南チロルを代表する食材で、豚もも肉を塩漬けし、ハーブやスパイスで風味付けした後、低温で燻製・熟成させたものだ。脂の旨みとスモーキーな香りが、すっきりとしたミネラル感を持つピノ・ビアンコと見事に調和する。作り手によって味わいが異なる点も、ワインと共通している。連日ピノ・ビアンコを味わううち、日本との相性の良さも実感した。料理を選ばない懐の深さと爽やかな飲み口は、蒸し暑い日本の夏にも心地よく寄り添ってくれそうだ。
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ピノ・ビアンコだけではない。芳醇で華やかな香りを持つゲヴュルツトラミネールや、標高200〜300mの比較的低い畑で栽培されるピノ・グリージョ(ピノ・グリ)も人気が高い。冷涼な気候に適したピノ・ネーロ(ピノ・ノワール)も、高品質なものが揃う。土着品種では、スキアーヴァ(ヴェルナッシュ)とラグレインという2つの黒ブドウが双璧をなす。スキアーヴァは、黒ブドウの中で最も多く栽培されている品種で、軽やかなタンニンと優しい飲み口のライトからミディアムボディに仕上がる。少し冷やして楽しむのもおすすめだ。一方、ラグレインは対照的に、濃厚な色調としっかりしたタンニン、野性味のあるベリーの風味を備えている。



産地の個性を映す、アルト・アディジェの造り手たち

いくつかのワイナリーを訪れたなかで、特に印象に残ったのが次に紹介する3ワイナリーだ。

女性醸造家が率いる家族経営のワイナリー「エレナ・ヴァルヒ(ELENA WALCH)」
aburuzzo3_ph01 女性醸造家が率いる家族経営のワイナリー、エレナ・ヴァルヒ(ELENA WALCH)。アルト・アディジェにおける高品質ワイン造りを牽引してきた存在で、なかでもゲヴュルツトラミネールの名声は高い。ワイナリーとして使用されているのは、1620年にハプスブルク家が狩猟用の別邸として建てたリングベルグ城。その城を取り囲む、カルダロ湖から続く緩斜面と急斜面が交互に現れる畑は「カステル・リングベルグ」と呼ばれ、この地を代表する銘醸畑として知られている。

INFO:
Elena Walch
Via Andreas Hofer, 1, 39040 Termeno sulla Strada del Vino BZ, Italy
Tel:+39 0471 860 172



ラグレインの名手、修道院ワイナリー「ムリ=グリ(Muri-Gries)」
aburuzzo3_ph01 「ムリ=グリ(Muri-Gries)」は、1845年からワイン造りを続けるラグレインの名手。白ワイン主体のアルト・アディジェにあって、生産量の約80%を赤ワインが占めるという稀有な存在だ。ふくよかさと上品さを併せ持ちながら、しっかりとした骨格を備えたラグレインは、ジビエなど力強い味わいの肉料理とも好相性だと感じた。

INFO:
Muri-Gries
Piazza Gries, 21, 39100 Bolzano BZ, Italy
Tel:+39 0471 282287



ボルツァーノ近郊の「ナルス マルグライド(Nals Margreid)」
aburuzzo3_ph01 「ナルス マルグライド(Nals Margreid)」は、1932年、アルト・アディジェの都市ボルツァーノ近郊に位置するナルス村とマルグライド村の協同組合(コーポラティブ)として創業したワイナリーだ。アルト・アディジェでは、平均1ヘクタール前後という小規模な畑を所有する栽培農家が多く、古くから協同組合によるワイン造りが機能してきた。「ナルス・マルグライド」も、そうした地域の特性を体現する存在のひとつである。
新進気鋭の建築家が手がけたモダンなワイナリーを構え、現在は250軒以上の契約農家が約160ヘクタールの畑を管理。その畑は標高200〜900メートルに広がり、多様なテロワールを形成している。生産されるワインの約80%は白ワインで、ピノ・ビアンコ、シャルドネ、ピノ・グリージョ、ソーヴィニヨン・ブランなどの国際品種が中心だ。なかでも、石灰質土壌由来のミネラル感が際立つピノ・ビアンコが印象に残った。

INFO:
Nals Margreid
Via Heiligenberg, 2, 39010 Nalles BZ, Italy
Tel:+39 0471 678 626

実際に足を運ぶまではそれほど意識していなかったが、帰国後、日本でもアルト・アディジェのワインに出合う機会が増えた。「イタリア全体のワイン生産量の1%未満」という数字を考えると、思いのほか存在感がある。近い将来、日本でも本格的に注目を集める日が来るのではないだろうか。料理との相性の良さや、すっきりとした味わいは、日本人の嗜好に確実に合う。その時は、「アルト・アディジェに行ったことがある」と、少し誇らしく語りたくなる気がする。

Text by Aya Hasegawa
協力:アルト・アディジェ・ワイン協会(Alto Adige Wine Consortium / Konsortium Südtiroler Wein)